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チートで抱き合う

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『ラルフ君…
こんな所まで良く来たね…
驚いたよ。』

「いえ、普段暮らしている街のすぐ外側にこんな場所があったなんて
世の中は広いと痛感しております。」


こんな所で立ち話もなんだ、ということになって
俺とラルフ君は城壁の上で話をすることにする。
彼は魚の匂いが苦手らしいので、ここら辺はさぞ苦痛だろう。

初め出逢った頃は如何にも新人職人といった雰囲気だったが…
この数か月で、ラルフ君には相当貫禄が出て来た。
やはり仕事を覚えて、更に女が出来た事が大きいのだろう。
俺より10歳年下とは思えないほどに落ち着いている。
(グランバルド暦はよく分からないのだが、体感的に俺は26歳になった筈だ。)

最南端の勝手門まで歩くと、そこにも一応門番っぽい老人が居た。
リザードが裏口から攻めてきた時に閂を下す使命を課せられているらしい。
聞くと、街の委託業者の三次請けらしい。
世界に冠たるグランバルド帝国も、最南端となるとこんなものだ。

老人にチップを渡して城壁に上らせて貰う。
手すりの無い狭い螺旋階段を見ていると、ここが城塞である事をようやく実感させられた。
都城制を採用しなかった国から来た俺には、巨大過ぎるこの街が防衛施設であると、今の今まで理解出来なかったのだ。

城壁の上は案外幅が広い。
後から聞いた話だが、グランバルドの城壁は例外なく軍隊が三列縦隊で行動出来るように設計されているようだ。
これは魔法も含めて攻城兵器が凶悪だったグランバルド史と関係があるのだろう。
強悍なリザード種族から身を護る為の城壁なのだから分厚くなくては困る。

俺とラルフ君はお互い無言で大河を眺めていた。
前線都市の三方を囲む大河にはリザード族の亀甲型の軍船が満遍なく配置されており、この光景を見ればどんな鈍感な人間にでもこの街の不動産価格が毎年安値を更新している理由が理解出来ることだろう。

遠目なので詳細は分からないが、動いているリザードの軍船はかなりの船速である。
いつか、この街に攻めて来る日もあるのだろうか?


『兄弟子。
伝えなければならない事があり過ぎて…
何から話して良いのかわからないのですが…』

「俺は…
ラルフ君には謝らなきゃって思ってたんだ。
一言も声掛けずに出て行ってゴメンな。」

『謝るのはボクの方ですよ!』


それまでずっと押し殺していた感情を爆発させるようにラルフ君が叫んだ。
悩んでそうな顔していたものな。
そこからは、ラルフ君は涙を流さんばかりの勢いで心中を吐露し始めた。

彼はずっと
《自分が後輩の分際で美人のアリサと結ばれ
ノエルが工房に来た時のセッティングに失敗し
その所為で俺がベスおばとセックスする状況に陥った事》
を苦悩していた。

そもそも職人の掟においては、弟弟子は兄弟子に女を譲るべきであり。
兄弟子が童貞なのに弟弟子が美人と恋仲になるなど言語道断であるそうなのだ。
ここまで厳格では無いだろうが、日本の職人界にも似たような作法があるのかも知れない。
特にラルフ君が気に病んだ点が
《アリサは元々俺に気があったにも関わらず、俺がラルフ君に花を持たす形で譲った》
という経緯についてである。
グランバルド的価値観においては、幾ら兄弟子の意向であってもこんな非道は許されないとのことである。
あくまでラルフ君の言だが。
「弟弟子たるもの、常に親方・兄弟子に女を譲り、彼らが身を固めた事を確認してから、彼らの伴侶より不細工な女を遠慮がちに獲得しなければならない」
とのこと。
俺、コイツの後輩じゃなくて本当に良かった…

ラルフ君はずっと俺に謝りたかったらしい。
彼は罪の意識を軽減させる為に、ベスおばの美点を探そうともした。
だが、見れば見るほど不細工であり、人間性も傲岸不遜・傍若無人でロクなものではなく。
「ああ、ブスは心までブスなんだな」
と再確認するに至ったそうなのだ。
同感。
すっごく、わかる。

気がつけば、ラルフ君は滝の様に涙を流し、胸を掻きむしって自らの非を悔いていた。
流石に彼にそこまでの責任があるとも思えなかったので、俺も宥める。
立場が逆なら、《俺が美人とセックスしてしまい、世話になっている職場の先輩に年増糞ブスを押し付けてしまった》場合なら。
申し訳ないとは思うし合わせる顔も無くなるだろうが、そこまでの苦悩はしないだろう。
この男は最初からそうであったように、真面目で誠実なのだ。
こんな素晴らしい男なのだから、きっとアリサは幸せになるだろう。

俺は自分の事を父親同様に冷笑的な人間だと認識していたが…
この数か月で情緒が育まれてしまっていたのかも知れない。
ラルフ君の真摯な姿を見ているうちに、胸が熱くなり気がつけば俺も嗚咽を漏らしていた…

これが涙か。
俺はこういう暑苦しい人間関係をずっと笑いものにしていたが…
ああ、単に知らなかっただけなんだな。

俺は激しく声を上げて泣いた。
もう言葉は要らなかった。
俺とラルフ君は固く抱き合い、ただ涙を流した。
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