上 下
32 / 63

チートでセックスをする。

しおりを挟む
ノエルと固く手を繋ぎ、俺の部屋の扉を二人で開ける。
そう、俺達は大人の扉を開けるのだ。
俺は今日、ノエルとセックスをする!

そして。
決意を胸に部屋に入ると、何故か薄汚い寝巻姿のベスおばが俺のベッドで寝転んで本を読んでいた。
あ、このBBA、人のベッドの上でポリポリ何かを摘まんでいる!

「あら? お邪魔でしたかしら?」

ベスおばが不思議そうな顔でこちらを一瞥した、…直後。
ノエルが飛び出してしまった。

【チートさんにこんな年上の恋人が居たなんて、ショック!!】

ちょ! 違ッ!!
慌てて追いかけるも、ノエルは物凄い速度で階段を駆け下りると泣きながら工房から飛び出る。
俺も足が遅いなりに頑張るが、全然追いつけない。

【あの女の人、職場の意地悪なお局様に目つきが似てて生理的に無理!!!!】

わかる!
わかるぞノエル!
俺もあのBBAは生理的に無理だ!
だから待ってくれ!

結局、ノエルは物凄い速度で消え去ってしまった。
あの速度を維持したまま走る事が出来たなら、東門まで1時間掛からずに到達してしまうだろう。
走り疲れた俺は無様に居酒屋の看板の隣に倒れ込んだ。


『ハアハア!  ハアハア!』


駄目だ。
解体屋を手伝いだしてから少しは体力が付いた気がしていたが…
…我ながら情けない。

事態が目まぐるしく進展し過ぎて頭が追い付かない。
あれ?
俺、今日何をしてたんだっだか?
きっと虚ろな目をしているであろう俺はブツブツと呟き出す。


『朝、防疫剤を冒険者ギルドに持って行って。
あ、そうか。
正門にも置いて貰えるようになったのか…
それで何だっけ。
ああ、そうだ。
結局、色々調べて居たら感染症の原因は(地球と同じく)ネズミだって本に書いてたから…
そうそうネズミ対策を調べてたんだ。
えっと、最初は殺鼠剤を作れるか調べようとしたんだけど、俺の手持ちの書籍に殺鼠剤が記載されていなかったから…
そうだそうだ、【ロブスキー将軍の籠城指南】に《角を落としたホーンラビットにネズミ捕りをさせるのが好ましい》って書いてあったから、ドレークギルド長に相談しようと思ってたんだ。
ああ、そんなこと考えてたらノエルが怒鳴り込んで来て。
宥めてたらセックスの雰囲気になって、ノエルも心の中で【処女を捧げる!】って言ってくれて…
二人で俺の部屋に行ったら何故かベスおばが寝転がってて、誤解したノエルが飛び出していったんだ…』


「店の前でブツブツうるさいんだよお!」 


ザブーンという音がして、俺の顔にバケツ一杯の水が掛けられる。

『ゴハッ!  ゴホッ!』

俺はヨロヨロと立ち上がると、辺りを見渡した。
薄暗くなっているので、わかりにくいが恐らくは中央区と工業区の境目あたりだろう。
頭痛もするし…
一旦帰ろう。

そうだ、今日は朝からずっとスキルを発動させていた。
スキル全開で古書を【読み】、その後要領の得ないノエルの【心をずっと読んで】いた。
その上、(下手をすると人生初の)全力疾走を強いられ、この肌寒い中に水を掛けられた…
あ、やば。
頭が痛い。
遮断! 遮断!
俺はまるで水道の蛇口でも閉めるようにスキルを強く遮断する。
今、うっかり発動させてしまうと冗談抜きで死に兼ねない。
くっそ、人力車が通れば…
あ、駄目だ。
財布持ってきてない…

結局。
俺は1時間以上を掛けて工房の近くまで戻って来た。
惨め過ぎるので涙と鼻水が止まらなかった。

「おいチートがいたぞ!」

ドランさんの声が聞こえ、ラルフ君や師匠らしき声が聞こえて来る。

「兄弟子、ずぶ濡れじゃないですか!」

「結構熱もあるよ!?」

ああ、心配してくれてるんだ。
仲間っていいなあ…

『リビングにポーションとエーテルを置いてあるので…
それさえ飲めば…
すぐに回復します…』

工房の一階に辿り着いた俺が壁にもたれかかっていると、ラルフ君が階段を駆け下りて来てポーションを飲ませてくれた。

『ごはっ!』

「兄弟子!」
「チート!!」

『ハアハア…
助かりましたよ。』


流石に冒険者が命綱にしているだけあってポーションの効き目は抜群だった。
呼吸こそ整わないものの、筋肉や肺の疲労感が消えていく。
ただ頭痛はくっきりと残っていたので、ラルフ君が渡してくれたエーテルを飲み干す。
…ああ、効能凄いな。
眠気はするが、頭痛が徐々に引いていくのがわかった。


『ありがとう。
みんなのおかげで生き返ったよ。
今日の事は明日のランチ時にでも詳しく説明するから。』


「チート、今日はもう寝なさい。」

「兄弟子! 今は身体を休めることだけを考えて下さい。」

「そうだぞ、話は明日ゆっくり聞いてやるから。 もう上がれ。」


『すみません。  お先です。』


俺は肩を貸そうとしてくれたラルフ君に礼だけ述べ、一人で4階まで昇っていった。
明日、ワイアット靴工房が皮在庫の引き取りに来てくれる。
3人はその準備で忙しいのだ。
ただでさえ手伝っていない俺が時間まで奪う訳にはいかない。

今日はもう寝ようと思い、部屋に入るなり目を閉じてベッドに倒れ込む。
すると気色悪い異物感。

「…節操のない男ですこと。」

目を開けた俺の下にはジト目でこちらを見ているベスおばが居た。

『アンタ、俺に何の恨みがあって!』

思わず拳を叩き込もうとするが、紙一重で躱されてしまう。
くっそ、体調さえ万全なら!
いや万全であった所で俺のスペックの低さは如何ともしがたいが。

「ポーションやエーテルを飲んだ所で、心の消耗までは回復しませんのよ。」

他人事みたいに言いやがって!

『じゃあアンタの仕事なんか無意味じゃないか!
家賃代わりにそっちの薬も作っとけよ!
俺はオマエの所為でなあ!』

もう一発殴ろうと試みるが、拳を額の硬い部分で止められ逆にダメージを受ける。
ベスおばはジト目をピクリとも動かさない。
武術家かアンタは!
くっそ今変な音したぞ。
ポーション飲む前に殴るんだったこの不細工BBA!

「頼まれてた防疫剤、全部完成させておきましたの。
カイン君が鱗粉を持って来てくれたから予定を組み替えたのですのよ。」

『…それは助かった。
報酬を払いたいから後で請求書を提出してくれ。
後、新規に仕事を依頼したいから今週の予定も教えて欲しい。』

どんなに感情的になっていても、仕事の話をされると脳が仕事に戻ってしまう。
俺ってこんな奴だったか?
これ、何かの病気なんじゃないか?

「ねえ、伊勢海君。
貴方、朝から晩まで走り回っているみたいだけど。
それ、ワタクシの目から見ても病気よ。
工房の人達も心配しているから、少しはプライベートも充実させなさい。」

『さっき充実するはずだったんよ!』

また怒りがこみ上げる。
そう、俺はノエルとセックスをする予定だったのだ!
気がついたらベスおばを殴っていた。
何も考えずに殴ったせいか、ベスおばの唇が切れて血が出ている。

「…ああ、あのゴミ屋の娘。」

ベスおばが吐き捨てる様に鼻で溜息を吐いたので、俺の憎しみは頂点に達した。
この不細工女を殺してやろうと、何度も拳を叩き付けるのだが、さっきの一発はまぐれだったらしく、全てジト目のままのベスおばに躱されてしまった。
埒が明かないので首を絞めようとするが、相手の両腕に極められてしまい至近距離で身動きを取れなくされてしまう。
頭突きで顔を潰してやろうかと思い振りかぶるが、ベスおばは首を軽く曲げて頭突きの届かない距離をキープした。
達人かオマエは!!
男として恥ずべき行動だが…
噛みついてダメージを与えてやろうかと思い口を開けるが、その瞬間に引き寄せられてしまい、距離を殺される。

「…もう諦めたら。」

呆れた表情でこっちを眺めているベスおばに対する殺意がどうしても抑えられず、何とかしてダメージを与えてやろうかとバタバタ暴れているうちに…
いつの間にかベスおばとセックスしていた。
自分でも何が何だかわからない。


俺の名前は伊勢海地人。
25歳、バランギル工房勤務。
この日俺は生まれて初めてセックスをした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

処理中です...