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チートで童貞を捨てる

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心底、【心を読む】能力があって良かったと思った。
女の支離滅裂な話を要旨だけ汲み取れるからだ。

ノエルが泣きながら工房に抗議しに来た時は、向こうも錯乱していて本当に何のことか分からなかったのだが要約するとこういう事だ。


【私は東門のスラムに住んでいることを深く恥じている!】
【私の父親が昔ゴミ処理場で働いていて、今でもたまに手伝いをしているのが我慢できない!】
【子供の頃は「ゴミ屋の娘」と呼ばれて苛められていた!】
【友達付き合いしてくれているアリサ達も裏では自分を笑っているのではないかと恐れている。】
【チートさんの事は徐々に異性として意識し始めていた!】
【仕事を振ってくれたのは本当に嬉しかったし、全力で役に立つつもりだった!】
【年下のエルザが婚約した事で、私もチートとの真剣交際を本気で意識していた!】
【でも、家庭環境を知られたら軽蔑されるのではないか、とずっと恐れて踏み込めなかった!】
【仕事にも手がつかず、最近は精神不安定だった!】

【なのに! 突然、私の家のすぐそばのゴミ処理場にやってきた!】
【父が言うには、処理場で談笑してみんなにお土産を配ったということ!】
【ひょっとして私の家庭環境を調べに来たの!?】
【職場の皆を買収して私の素性を確かめてる!?】
【私、臭い? チートさんも本当はそう思ってる?】


なるほどな。
俺がノエルの立場ならそう解釈するし、傷つくよな。
その上、ノエルはまだ17歳の女の子だ。
玄関でなだめていると、ラルフ君が気を利かせて扉を大きく開けて「中に入れろ」と合図してくれた。
工房に入るとノエルは黙り込んでしまったので、リビングで何か飲ませる事にする。

『もし誤解させて君を傷つけたなら謝るよ。
──ただ、アソコに行ったのは詮索してたとか、そんなのじゃなくて。
仕事なんだ。』

「嘘よ! 処理場なんかに用事がある訳ないじゃない!」

『疫病対策に薬を設置するのに協力して貰おうと思ってお願いしに行ったんだ。』

「薬? 疫病?」

『新しいダンジョンが発見されると、いっつも疫病が流行るって聞いてさ。
東門の辺り、いつも死人がいっぱい出るんだってな。
…この街に来る前、丁度俺の故郷で感染症が流行ってて、みんなが困ってたから。
何か力になれたらって、最近動き回ってた。』


話しているうちに誤解が徐々に解けたのか、ノエルは落ち着き、そして泣き出した。
一応、【心を読んで】いるが様々な感情が重なり合っていて、上手く整理出来ていないようだ。
羞恥とか後悔とか困惑とか自嘲とか、それらの感情が言葉にならずにノエルの心の中でただ渦巻いていた。

「…東門なんて放っておけばいいのに。」

『同じ街の仲間だし。
俺は彼らにお世話になってると思ってる。』

「…私、あの辺に住んでるの。
東門の外側の方。」

『そっか。』

「嫌いになったでしょ?」

『なんで?』

「私、子供の頃《ゴミ女》って呼ばれて
みんなからイジメられてたの。」

『それは酷いな。』

「一番悪質なのが、東門の外の同じスラムの奴ら。
自分達だって卑しい仕事にしか就けない癖に!
私、好きであんな場所に住んでる訳じゃない。」

『俺の家も貧乏でさ。
父親は働きもしない癖に、真面目に働いている人をいつも馬鹿にしていた。
職業差別も激しかった。
「あんな仕事は負け組。」
「底辺労働するくらいなら死んだ方がマシ。」
「賎業に就くのは恥。」
「働いたら負け。」
毎日聞かされてたから、俺も結構毒されててさ。
バラン師匠に会うまでは、俺も職業差別激しかったと思う。
今は…  父親の言っていた事は間違ってると思う。
貧困地区で育ったから、ノエルの言ってる事凄くわかるんだ。
恵まれてる人間ってあんまり酷い態度とらないけど…
そうじゃない奴らって確かに攻撃的だし、マウント取って来るよな…』

俺は何を言ってるんだろう。
俺は何を言いたいんだろう。
ただ、ノエルは静かに話を聞いて、俺の主張を理解してくれようとしていた。
本当にいい子だ。

「チートさん、ごめんなさい。
私、突然押しかけて来ちゃって。」


『いや、俺もさ。
自分の行動、もっと普段からノエルに話しておけば良かったよ。
折角仕事を手伝ってくれるって言ってたのにな。』


チートスキルの所為だろうか、俺には単独行動が多い。
バラン師匠は黙認してくれているが、事後承諾や独断専決ばかりしている気がする。
きっと無意識のうちに増長していたのだろう。
そうだ、俺がいるグランバルドはゲームやラノベとは違う。
血の通った人間が住む世界なんだ。
だから、もっと周りの気持ちを考えなきゃ行けないな。


「チートさん─
職工ギルドの指示とか言ってるけど、本当は…」

『ああ。
俺が勝手にやってるだけだよ。』

「ひょっとして身銭を切ってるんじゃない?」

『そんなに大した金額でも無いよ。
この疫病対策もどこまで効果あるかわからないし。』

「でも、疫病を防ぐ薬は凄く高くって
帝都でしか使えないって、昔聞いた事あるよ。」

『新しい薬の調合方法が分かったんだ。
ひょっとすると、これからはどの街でも防疫剤を使える時代が来るかも知れない。
…いや、そんな世の中にしなくちゃいけないんだ。』

「…ごめんなさい。
私、自分のことばっかりで…
チートさんがそこまで考えて行動してるって知らなくて。」

『こちらこそごめんな。
これからはもっとノエルに小まめに近況報告するよ。』


俺とノエルは、いつしか近い距離で見つめ合っていた。
最初は驚いたが、互いにかなり深い自己開示が出来た気がする。
しばらく無言で見つめ合っていると、何気ない表情でリビング前を通り掛かったラルフ君が、何気なさを装って俺に言う。

「すみません兄弟子。
兄弟子の飲み物は全部、部屋に運んでしまってます。」

手短にそう言うと、気配を消してどこかに去ってしまう。
ラルフ君… アイツ、ひょっとして俺にアシストしてくれてるつもりなのか?
年下の癖に先輩が部屋に女を連れ込みやすいように気を遣ってくれたのか?
俺は自分が恥ずかしくなった。
ノエル…  
俺こそ自分のことばかりだよ

「チートさん、私…
喉が乾いちゃった。」

スキルはoffにしていた筈だが、ノエルの心の声が聞こえる。

【これも何かの縁だったんだ。
私の《初めて》をこの人に捧げよう。
女に…  なるんだ。】

いや!
決断早すぎだろう。
大体、キミ。
今日は抗議の為に来たんだよね?
何でいきなり処女喪失の話になるの?
え?
俺が童貞丸出しの反応なの?
お、俺はこの場合リードするべきなの?
いや、弟弟子のラルフ君がここまでお膳立てしてくれたんだ。
心意気に応えなきゃ兄弟子を名乗る資格はない!


『ごめんな。 大したお構いもせずに。
俺の部屋、大きめの食品用収納箱あるから。
最近、フルーツポーションに凝っててさ。
帝都で新発売のパッションサワー味もあるんだぜ。』

「…コクン♪」

俺とノエルは手を繋いで自室への階段を上った。
まさしく大人の階段を俺は昇ってるんだ。


前に交わした師匠との会話が突然フィードバックする。
披露宴が終わって、少しだけ俺がノエルと仲良くなったのを見て
「どうしてノエルちゃんなんだ? これまでそんなにだっただろ?」
と師匠に質問されたのだ。
俺は何て答えたんだったかな。
そうだ。
『俺は自堕落な生活を送っていたから、多少無茶でも向上心のある女の子に惹かれるのかも知れません。』
そんな風に答えたっけ
人間て自分に無いものを求める生き物だから…
そう。
だから俺は進歩や向上を貪欲に望み続ける女性に惹かれるのだろう。

俺とノエルは無言のまま…
扉に手を掛けた。

俺の名前は伊勢海地人。
25歳、バランギル工房勤務。
この日俺は生まれて初めてセックスをした。
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