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第8話 魔法の時間

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「くそー、ゼロ美のやつめ」

 新さこ田駅に着いて改札を抜け、ゼロ介はもう何度目かの愚痴をこぼした。

 それはミレイとの待ち合わせに向かう直前、

「母さん、ちょっとこれから出掛けてくる」

 母ゼロ江との会話にさかのぼる。

「あら、ゼロ介。どこに行くの?」

「新さこ田駅」

「あらまあ、やっぱりゼロ介はお兄ちゃんね」

「……え?」

「ゼロ美のお迎えに、行くんでしょ?」

「…は?」

 どうやらゼロ美の修学旅行の解散場所が、新さこ田駅と言うことらしい。完全にしてやられた。

「五時半よ、お願いね」

 最終イベントのためだと自分に言い聞かせ、

「……おう」

 ゼロ介は全ての言葉を飲み込んだ。

 ~~~

 お昼の二時まで、あと十五分。よく考えたら、駅の何処で待ち合わせとか聞いてない。

 どうしようかと悩んでいたら、ゼロ介のスマホがブブブと激しく振動した。

 直ぐに画面を確認すると、

[これよりイベントを開始します。ただしイベント開始後は、何があっても眼鏡を外さないこと。眼鏡を外した時点でイベントは強制終了され、二度と再開出来ません]

 更には、

[イベント開始の準備が出来ましたら、MR眼鏡を装着してください]

 とメッセージが続く。

「何だかやけに物々しいけど、まあデータ処理の関係とかもあるのかな」

 自分なりに納得をして、ゼロ介は持ってきた眼鏡をスッと掛けた。

 すると目の前に透明な矢印が浮かび上がり、どうやらナビゲーションをしてくれるようだ。

 矢印に従って歩いていくと、大きな柱にもたれるように、ひとりの少女が立っていた。

 背中に届くくらいの綺麗な金髪。黒のキャスケットを深めにかぶり、特徴的な耳は隠れている。今日は黒のドレスは着ておらず、薄桃色のワンピースに白のカーディガンを羽織っていた。

「ミレイさん」

 ゼロ介が小走りに近寄ると、

「あ、おに…ゼロ介! 良い月夜だな」

 気付いたミレイが笑顔で出迎えた。

「まだ月は、出てませんけどね」

「…うるさいな。そこは、そうですねで良いだろ」

「そうですね」

 少し恥ずかしそうに口を尖らすミレイを見て、ゼロ介は思わず笑顔になる。しかしそこで、ひとつの疑問が浮かび上がった。

「あれ? そう言えばミレイさんは、太陽は大丈夫なんですか?」

「…ああ、そのこと」

 ミレイはパッと両手を広げると、自分の姿をゼロ介に見せる。

「今は見えなくしているが、夜のトバリを着ているからな。少しの時間なら大丈夫なんだ」

「そうなんですね」

「それよりも、ゼロ介!」

「は、はい」

 ミレイの突然の強い口調に、ゼロ介は思わず背筋を伸ばした。

「今日の私は『吸血鬼』ミレイではなく、ただのミレイだ。それ相応の扱いを…して欲しい」

「……?」

「だから、その…、昨日みたいに、呼び捨てで」

「…………あ!」

 そのとき、ゼロ介は思い出した。テンションがマックスだった昨夜のことを。

「あ、う…、じゃ、じゃあ……、ミレイ」

「ふふ。じゃあ私も、ゼロ介…くん」

 金色の瞳に見つめられ、ゼロ介は照れ臭くなって顔をそむける。

「…それじゃ行くよ、ゼロ介くん」

 やがてミレイがゼロ介の左手を掴み、引っ張るように前を歩き始めた。

 しばらく、そのまま付いて行って、

「⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」

 ゼロ介は声にならない叫び声をあげた。

「ミ、ミ、ミレイさん⁉︎ 手…手っ⁉︎」

「もしかして、イヤだった?」

「あ、違うくて…」

 手の感触があるんですよっ! なんて事を言える訳もなく黙っていると、

「だったら別に良いよね」

 無邪気に見せる笑顔とともに、更にはほんのりと良い匂いも漂ってきた。

 優しく甘いフローラルな香りに始まり、ホワイトムスクの余韻が更に追い打ちをかける。ゼロ介には判るはずもないが、女子に人気の香水だ。

「…まあ、いっか」

 こう言うのを、4Dと言うのだろうか。あまり知識のないゼロ介は、それで納得する事にした。

 ~~~

 それから駅構内にある百貨店を、ミレイに手を引かれながら色々連れ回された。

 本屋にCD屋にアクセサリーショップ。

 そのどれもが店舗には入らずに表から眺めるだけだが、指を差して楽しそうに話すミレイに、ゼロ介は一緒になって楽しんだ。

 隣に建つ大型の家電量販店で、マッサージチェアに座った時なんか、

「あんっ、くすぐったい。ゼロ介くんも一回やってみなよ」

 艶めかしいミレイの声に耳を奪われ、返事を返すことも出来なかった。

「はー、ちょっと休憩」

 そうして歩き疲れた二人は、駅前の公園にある木陰のベンチに並んで腰を下ろした。

「さっき見つけた自販機で何か買ってくるけど、ミレイも何か飲む?」

「あー……、私は持ってるから」

 そう言ってミレイが、ポーチから小さな飲料水のペットボトルをサッと手に取る。

「そ…、そっか。なら俺、買いに行ってくる」

「うん。ここで待ってる」

 ゼロ介は慌てて立ち上がり、少し小走りにこの場を後にした。

「マジやべー。あまりにリアル過ぎて、これがゲームだって普通に忘れてたー」

 気恥ずかしさから落ち着くには、丁度よかった。

 思ったより遠かった自販機から急いで戻ると、ミレイが何処か遠くを見つめながら、一人でベンチに座っていた。

 その儚げな姿が今にも消えてしまいそうで、

「ミレイ!」

 ゼロ介は思わず、大きな声でその名を呼んだ。

「ゼロ介くん、おかえり」

 そのとき、振り向いたミレイの優しい笑顔に、ゼロ介はホッと安堵の吐息をついた。

「あ、そうだ! ゼロ介くん、あそこのキッチンカーで、クレープをひとつ買ってきてよ」

 ミレイの指差す先に視線を向けると、確かにピンク色のワゴン車がクレープを販売している。

「え、でも、俺ひとりで食べたって…」

 つまらないし、美味しくない。

「まあまあ。いいから、いいから」

 しかし半ば強引に押し切られ、ゼロ介は渋々ひとりで買いに行った。

 それから、生クリームと苺のクレープをひとつ買って戻ると、

「やっぱり、それだと思った」

 いつの間にかミレイの手に、ゼロ介と同じクレープが握られていた。

「ほら、一緒に食べよ」

 信じられないくらい幸せだった。女の子と付き合うと言うのは、こう言う事かと実感する。

 ゼロ介が、ひとり幸福感にひたっていると、

「ねえ、ゼロ介くん」

 ミレイがゼロ介の顔を、下からそっと覗き込んできた。

「昨日言ったこと、本気?」

「え、昨日…?」

「ほら、私のこと……好きって…」

「え……、あ…っ⁉︎」

 再び昨日のことを思い出し、ゼロ介の頬が真っ赤に染まる。

「本気だったら、もう一度、聞かせて欲しい」

 ミレイの金色の双眸に見つめられ、ゼロ介は思わず息を飲んだ。

 これはゲームだって、ちゃんと判ってる。

 だけど、今日一日ミレイと過ごして、自分の気持ちを存分に思い知らされた。

「俺は、ミレイが好きだよ」

 ゼロ介は視線を逸らさずに、真っ直ぐな気持ちを言葉にする。

 その瞬間、ミレイの顔全体が一瞬で、まるでリンゴのように真っ赤に染まった。

 それから慌ててうつむくと、

「あ、わ、私も……、ゼロ介くんのこと、好き…」

 必死にそれだけ絞り出す。

「あ、私…、ちょっと、おトイレ行ってくる」

 その後、素早く立ち上がり、ピューっと猛スピードで駆けて行った。

 ~~~

 あれから、十五分ほどが過ぎた。

 何故だかミレイは戻って来ない。

 そんな時、ゼロ介のスマホがブブブと震えた。

 そこに表示されたのは、

『ゼロ介へ』

 ミレイからのメッセージだった。

『お前の気持ち嬉しかったぞ、ありがとうな。だけど私は吸血鬼だ。私がそばに居ることで、お前が危険な目に合うかもしれない。だからお前は、太陽の下で真っ当に生きろ。私は月の下で、お前の昼間せかいを必ず護る。しんみりした事が苦手でな、こんな別れになる事を許して欲しい。昼と夜が重なった、魔法の時間はもう終わり。だけどお前と過ごしたこの時間は、私の一生の宝物だ。短い間だったけど、本当にありがとう。愛してるぞ』

 メッセージを読み終わった後も、ゼロ介はしばらく動かなかった。

 ただボーッと、ベンチの背もたれに身体を預けて座っていた。

 眼前には、

[MR彼女と魔法の時間

 全てのイベントは終了しました]

 のメッセージ。

 どれほどの刻が経っただろうか。ゼロ介はMR眼鏡を外すと、おもむろにベンチから立ち上がる。

 それから、うーんと伸びをして、

「さ、可愛い妹を迎えに行きますか」

 晴れやかな笑顔で歩き出した。

 ~~~

「お兄ぃ、遅い!」

 ゼロ介が修学旅行の解散場所に到着すると、第一声で怒鳴られた。

 腰に手を当て、大股で仁王立ちするツインテールの妹は、薄桃色のワンピースに、いつもの白衣を羽織っている。

「遅いって、今が時間ピッタリなんだけど?」

「え…、あ、そう?」

「そうだよ。…ってか、他の皆んなはどうした? 何でお前ひとりなんだ?」

 そうなのだ。ここが解散場所のはずなのに、他に修学旅行生らしき人物が一人も居ないのだ。

「あ、ちょっと新幹線の時間が早まって、皆んなはもう帰ったんだ」

「だったら連絡くらい入れろよ」

「まあ、そうなんだけど…アハハ」

 何処かぎこちない態度に違和感を感じていると、妹のゼロ美から淡い香りが漂ってきた。

 記憶に新しい、この香りは…

「…ミレイ?」

 ゼロ介は無意識に、その名を呼んだ。

「な…なななな何、お兄ぃ。もしかして、私のゲームにどハマりしてる?」

「な、ちげーし、そんなんじゃねーよ」

 ゼロ美に肘で小脇を突かれ、ゼロ介は焦ったように誤魔化した。

「さあ、帰るぞ。それにしても、どんだけ荷物を詰め込んでるんだよ」

 パンパンに膨らんだキャリーケースに、ゼロ介は思わず辟易へきえきする。

「うるさい、お兄ぃ。女の子は荷物が多いの」

「へいへい。それは悪うござんした」

 そう言って前を歩くゼロ介のあとを、ゼロ美が真っ赤な顔して付いて行く。

「……魔法の時間は、もう終わりか」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもない!」

 そうして明日からも、ほんのりといつもの毎日が続いていく。




 ~おしまい~
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みんなの感想(1件)

柚木ゆず
2022.12.01 柚木ゆず

投稿をしてくださり、ありがとうございます……!

さこゼロ様の紡ぐ世界は、どれも本当に大好きですので。こちらで読むことができて、幸せです。
もちろん最後まで、お付き合いをさせていただきますね……!

解除

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