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第1章

赤の姫君 3

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「ご無事ですか?」

自分の身長より大きな盾を構えた少女が振り返る。

ゆるふわな桃色の髪はお尻にまで届いており、毛先を赤いリボンで束ねている。大きな瞳は綺麗な赤色で、先の尖った可愛い耳が桃色の髪の隙間から飛び出ていた。

ノースリーブの革鎧に革のショートパンツ、それから革のショートブーツを身に着けており、クラスの女子の平均身長より少し小さい亜衣よりも、もうひとつ小さな少女であった。

「…誰?」

突然の助っ人に、アイは少しだけ警戒する。

「先程は危ないところを助けていただき、ありがとうございました。私はフランと申します」

フランがふんわりと微笑んだ。

「助けた…?」

「はい。私、荷馬車の中にいてましたので」

「あなただったのね…荷馬車の入り口を守っていたのは」

おキクは苦痛に顔を歪めながら、先程の光景を思い出す。

「ちょ…ちょっと見せてください!」

そのときフランがおキクの負傷に気付き、慌てたように駆け寄った。

「苦手ですが、少し癒しの魔法キュアが使えます。良ければ治療させてください」

「キュア!?」

アイの瞳が期待に輝く。サカシタの言ってた、癒しの魔法だ。

「お願い、おキクを助けて!」

「勿論です、任せてください!」

フランが自分の右手をおキクの傷の上にかざし、目を閉じて「キュア」と唱える。するとフランの右手から小さな魔法陣が広がり、おキクの傷口が優しい光に包まれた。

だんだんとおキクの表情が和らいでいく。それを見て、アイは「ホッ」と一安心した。

「ああ、ごめんなさい!」

しかし突然フランが両手を地面に付き、嘆くようにうな垂れる。

「私、エルフの血が流れてるのに、とても魔法が下手なんです」

フランは心底申し訳なさそうに、何度も何度も頭を下げた。

「今も何とか止血は出来ましたが、傷口の方は全然治らなくて…本当にごめんなさい」

「あ、いや……」

アイは頬を掻いて、返答に困る。

原因はおそらく、自分たちが『アバター』だからだと思うのだが、それをどう説明すればいいのか分からなかった。

   ~~~

「アイ、弾速が必要な相手なら、風のバレットを推奨します」

いきなりセーレーの声が、アイの耳元で響く。

「…風?」

「5秒後、右方向。3、2、1」

「え?え?」

アイは意味も分からずに、言われるがまま右手を右方向に差し向けた。

「今!」

「バーストバレット!」

その瞬間「ゴォッ」と突風が吹き抜けた。風に正対するように魔法陣が描き出され、正四面体が浮かび上がる。

アイは透かさず正四面体を掴み取り、SDカードに変換させた。

「でも、あんな速いヤツにどうやって当てたら…」

SDカードを握る拳を見つめながら、アイは悔しそうに顔を伏せる。

「アイ」

おキクはアイの握った拳にそっと触れた。

「アイなら出来るよ。私には分かる」

「おキク?」

「防御は任せてください。必ずおふたりを守ってみせます」

フランもアイの拳に自分の手を添える。

アイはおキクとフランの顔を交互に見た。ふたりの力強い眼差しには、不安の色は一切ない。

これで応えなきゃ女が廃る。アイは瞳を閉じると、一度大きく深呼吸をした。

それからパッと目を見開くと、アイは風のバレットをグリップエンドに差し込んだ。途端に短銃が、まばゆい光に包まれる。

「任せて!この一撃で決めるから!」

アイは短銃を空に向かって構えると、両手でしっかり握り締めた。そうして風切鳥の素早い動きを、銃口で懸命に追いかけ始める。

時折り風切鳥はアイを目掛けて襲いかかるが、フランが全てを弾き返す。魔物の動きに集中していたアイは、身じろぎひとつしなかった。

フランがアイを信じたように、アイもフランを信じたのだ。今会ったばかりとは思えない、完璧な信頼関係である。

そんな中、アイのなかに何やら不思議な違和感が生まれた。いや…正確には既視感か。

(この動き、私知ってる?)

そばにいない筈の伊緒の声が、横から聞こえてくるような…そんな気がした。

アイは伊緒の言葉をなぞるように、口の中で復唱する。

(ここでこう動いたら、コッチに行く)
「ここでこう動いたら、コッチに行く」

とうとうアイの銃口の狙い先が、風切鳥の動きを先行し始めた。

(こう動いたあと、縦に旋回したら)
「こう動いたあと、縦に旋回したら」

アイは自信満々で、声を大いに張り上げた。

(チャンスだ!)
「チャンスだ!」

透かさずアイが、引金トリガーを引く。

銃口から直径3cm程のエネルギー光線が真っ直ぐ放射され、瞬時に空の彼方に消え去った。

遅れて風切鳥から影が一気に噴き出し、何かに吸い込まれるように消滅していく。

しばらくの沈黙…

続いて3人同時に顔を見合わせた。

「や…やったー!」

それから3人一緒に抱き合うと、声を揃えて大きな歓声をあげた。
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