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第1章

母の説得〜ふたりの場合〜

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亜衣は家に帰るとすぐに、リビングでテレビを観ている母に声をかけた。

「ただいま。お母さん、私バイトしたい!」

「いいよ」

母はテレビを観ながら簡単に返事をする。

「え…いいの?」

亜衣はちょっと呆気にとられた。

「アンタ家にいてもゴロゴロしてるだけでしょ。ハッキリ言って邪魔よ、邪魔!」

亜衣は「う…」と反論出来ずに口ごもった。母は相変わらずテレビから目を離さない。

「じゃあさ、明日、説明会あるから市役所についてきて」

「…バイトって、市役所なの?」

母は漸くテレビから目を離すと、亜衣の顔を真っ直ぐに見た。

「それなら余計に安心だわ。いいよ、ついてく」

母はにっこりと笑った。

亜衣は「やった!」と両手で小さくガッツポーズをすると、自分の部屋へと入っていく。

すると部屋の中にいた伊緒が、ゲーム画面を観ながら亜衣に声をかけてきた。

「亜衣姉ちゃん、バイトするの?」

「うん…て、伊緒くん勝手にゲームしてる!」

「これは元々、俺んだろ!」

伊緒は振り向くと、大きな声を出した。

「早く代わってよ!」

伊緒の反論など素知らぬふり顔で、亜衣が強引に催促する。

「分かった、分かったよ!」

伊緒には、折れる以外の選択肢はなかった。

亜衣は今や、ヘルモードのビギナーまで上がってきている。しかしここで停滞してしまった。

「なかなか上のランクに上がれないんだよね」

亜衣は悔しそうな声で言った。

「このレベルになると、敵を追いかけてるだけじゃダメだよ」

伊緒は亜衣の横に座ってアドバイスを始める。

「それぞれ特有の動きがあるから、動きを先読みするんだ」

こう動いたら、次はこう動くことが多い…等々、伊緒のアドバイスに、亜衣は画面に集中しながらウンウンと頷いた。

(…亜衣姉ちゃん、バイトするのか)

亜衣の横顔を見つめながら、伊緒は少しツマンナそうな顔をした。

   ~~~

お菊は夕食後の後片付けを手伝いながら、意を決して母に話しかけた。

「お母さん、私、アルバイトしてもいい?」

「アルバイト?」

母が驚いた顔になる。

「お小遣いなら、ちゃんと渡してるでしょう?足りてないの?」

「別にそういう訳じゃ…」

お菊はボソボソと口ごもる。

「何か欲しいものがあるの?必要なものなら、買ってあげるわよ」

「違うの!お金の話じゃないの!」

力の入ったお菊から、思わず大きな声が出た。

「亜衣と一緒に、やりたいこと見つけたの!」

母はお菊の声にキョトンとした。娘のこんな大きな声を聞いたのは、いつ以来のことだろうか。

「亜衣ちゃん…確か新しく出来たお友達ね」

「うん」

お菊は母の目を見ながら、大きく頷く。

「その子と一緒にするの?」

「うん」

「どんな仕事をするの?」

「市役所のお手伝い」

「市役所?」

母の肩の力が少し抜けたことに、お菊は気付いた。市役所の力、恐るべし。

「それでね、保護者の人にも仕事の内容を説明するから、明日来てほしいんだって」

「明日!?」

今度は母が大きな声を出した。

「そんな急に…お母さん仕事休めないわよっ」

「大丈夫。そのこと市役所の人に相談したら、この紙をくれた」

お菊はポケットから委任状を取り出すと、そのまま「ハイ」と手渡した。

「委任状…ね」

「亜衣のお母さんがOKなら、お母さんもOKで良いよね?」

「でも、どんな仕事かも分からないのに…」

「明日の説明会用の資料を、お母さんの分も用意してくれるって言ってたよ」

「そうなの?」

母は「うーん」と思案している。

(佐藤さんスゴイ!どんどんお母さんの逃げ道を塞いでる)

お菊は心の中で、佐藤に感謝した。

あとは自分のヤル気を見せるだけだ。

「私、絶対ゼッタイやりたいの!亜衣と一緒に頑張りたいの!」

お菊は母の目を真っ直ぐ見ながら、グッと身を乗り出した。

「分かった、降参」

母は言いながら両手を挙げる。

「近頃のアナタ、前よりずっと楽しそう。きっとその『亜衣ちゃん』のおかげなのね」

母は愛おしそうに優しく微笑んだ。
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