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黒い幻影
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喫茶店『ストレイ、ラム』の階段を上がろうとしていた俺は、自分の名前を呼ぶ声に振り返った。小走りで近寄って来る新田に、「おはよう」と挨拶を交わす。
「どう? 武田の様子は?」
ドアを押し開けながら尋ねると、新田は微笑みながら頷いた。
「全然大丈夫って事はないけど、もう出ないっていう松岡の言葉に、少しは安心してるみたいだ」
中に入った俺達を最初に迎えたのは、テーブルを拭いていた友也さんだった。いつも通りの穏やかな笑顔を浮かべ、体を起こす。
「おはよう。保は事務所にいるよ」
「おはようございます」
二人同時に答えた俺達の声が聞こえたのか、カウンターの後ろにあるドアが開いて松岡が姿を現した。その手には、一昨日拾った子犬が乗っかっている。
「おはよう、松岡。昨日はありがとう」
それに片手を上げる事だけで応えた松岡は、不機嫌な顔のままカウンターの椅子に座った。
「ああ、その子犬。やっぱりまだ飼い主見つかんないのか」
頭を撫でようと伸ばした俺の手に子犬を乗せると、松岡はボソリとカウンターにうつ伏せた。
「綾香が飼ってくれる。後で取りに来るってよ」
「――あ、……そう……」
驚く俺の後ろから、クスクスと笑う友也さんの声が聞こえてくる。
「機嫌悪いんですか? こいつ」
松岡を指差す俺に、首を横に振る。
「只の寝不足だよ。どうやら明け方まで起きていたようだからね。此処に来た時からずっと、その調子なんだ」
半ば呆れた声で言った友也さんは、カウンターの中に入ると後ろの棚からコーヒー豆を取り出した。その中指には、見慣れぬ指輪が嵌められている。
「明け方まで、何してたんだ?」
松岡の隣に座った俺は、自分の膝の上に子犬を乗せた。頭だけを重たそうに持ち上げた松岡が、半分しか開かない目を俺に向ける。
「……ゲーム」
「は……?」
俺の隣で、クスッと新田が笑いを洩らす。それにチロリと眉を上げた松岡は、再びカウンターにうつ伏せた。
「――取り敢えず。お客が来るまでには、その頭はちゃんと起きてくれるのかな? 保」
友也さんの問いに、顔を上げずに寝惚けた声が答える。
「んー……。――っていうか、依羅さんが来るまでには、起きる」
コーヒーのいい香りが店の中に漂い始めた頃、友也さんはカウンターに肘を乗せて松岡に囁いた。
「ならば保。もう起きないといけないよ」
「どう? 武田の様子は?」
ドアを押し開けながら尋ねると、新田は微笑みながら頷いた。
「全然大丈夫って事はないけど、もう出ないっていう松岡の言葉に、少しは安心してるみたいだ」
中に入った俺達を最初に迎えたのは、テーブルを拭いていた友也さんだった。いつも通りの穏やかな笑顔を浮かべ、体を起こす。
「おはよう。保は事務所にいるよ」
「おはようございます」
二人同時に答えた俺達の声が聞こえたのか、カウンターの後ろにあるドアが開いて松岡が姿を現した。その手には、一昨日拾った子犬が乗っかっている。
「おはよう、松岡。昨日はありがとう」
それに片手を上げる事だけで応えた松岡は、不機嫌な顔のままカウンターの椅子に座った。
「ああ、その子犬。やっぱりまだ飼い主見つかんないのか」
頭を撫でようと伸ばした俺の手に子犬を乗せると、松岡はボソリとカウンターにうつ伏せた。
「綾香が飼ってくれる。後で取りに来るってよ」
「――あ、……そう……」
驚く俺の後ろから、クスクスと笑う友也さんの声が聞こえてくる。
「機嫌悪いんですか? こいつ」
松岡を指差す俺に、首を横に振る。
「只の寝不足だよ。どうやら明け方まで起きていたようだからね。此処に来た時からずっと、その調子なんだ」
半ば呆れた声で言った友也さんは、カウンターの中に入ると後ろの棚からコーヒー豆を取り出した。その中指には、見慣れぬ指輪が嵌められている。
「明け方まで、何してたんだ?」
松岡の隣に座った俺は、自分の膝の上に子犬を乗せた。頭だけを重たそうに持ち上げた松岡が、半分しか開かない目を俺に向ける。
「……ゲーム」
「は……?」
俺の隣で、クスッと新田が笑いを洩らす。それにチロリと眉を上げた松岡は、再びカウンターにうつ伏せた。
「――取り敢えず。お客が来るまでには、その頭はちゃんと起きてくれるのかな? 保」
友也さんの問いに、顔を上げずに寝惚けた声が答える。
「んー……。――っていうか、依羅さんが来るまでには、起きる」
コーヒーのいい香りが店の中に漂い始めた頃、友也さんはカウンターに肘を乗せて松岡に囁いた。
「ならば保。もう起きないといけないよ」
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