ストレイ・ラム【完結】

Motoki

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黒い幻影

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「でも、現にこいつは松岡に助けられて、今此処にいる訳だし……。こんだけ体が冷えきって震えてるヤツを、また雨ん中捨てに行くなんて、難しいでしょ。きっと簡単に死ぬって、判ってるのに」

 松岡に視線を返して、俺は諦めにも似た気持ちで溜め息を一つ吐いた。

 これで俺も、小山に目ェ付けられんの決定か。

「――だから。結論を言うと出来ません。それで授業受ける資格がないなら、俺等も出て行きますよ」

「その、通り!」

 ガッと松岡が教卓を蹴り飛ばした。俺から子犬を抓み上げ、自分の肩へと乗せる。

「簡単にな、命を捨てて来いとか言うんじゃねぇよ。――それから、教卓に謝っときな。こいつは、あんたの代わりに蹴られたんだからな」

「お前が謝れ」

「ハッ。ジョーダンだろ?」

 俺の背中を押して廊下に出た松岡は、ビシャンと後ろ手でドアを閉めた。ドア越しに、教室内のざわめきが聞こえてくる。

「静かにしろ!」

 廊下にまで響く、小山の怒鳴り声も。

「お前のお陰であいつ、命拾いしたな」

 それに対してもう機嫌の直っている松岡を、俺は少々呆れた目で見遣った。

「……そう見えたんだ……」

「なに?」

「いや、いい」

 一瞬不満げな表情を見せた松岡は、それでも黙って廊下を進んだ。暫くすると不意に足を止め、振り返って教室のドアをジッと見つめる。

「追って来ねぇな……」

 ボソリと呟いて、考え込むように顎に手をあてる。

「ホントだ。いつもなら、絶対追いかけて来んのに。それだけ向こうも、怒ってるって事なんじゃないの」

 言った俺の隣で、クスリと松岡が笑いを洩らす。

「――てか。もしかしたら……あいつ」

 ククッと笑った松岡は、子犬を掲げるようにして両手で高く持ち上げた。

「いーい事、気付いたな」

 そう言って、跳ねるように階段を上がり始める。

 ――あっ。

 その背中を見つめながら小さくあげた声に、松岡が不思議そうに振り返る。



 雨が、降っていたんだ……。



「思い出した。……あの時だ」

 松岡を見上げながら呟いた俺に、彼は一瞬目を見開いてから、ニヤリと唇の端を引き上げた。

「じゃあ、ゆっくりと聞かせてもらおうか。俺を見て思い出すっつー『あの時』の話を」
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