11 / 115
黒い幻影
10
しおりを挟む
「では保。そのコーヒーを飲み終わったら、読書の時間だ。一時間でいいから、昨日の本の続きを読んでおいで」
「読書?」
訊き返した俺に、コーヒーをグイと飲み干した松岡がニヤリと笑う。
「お勉強さ。――俺が今読んでる本がどんなのか教えてやろうか?」
立ち上がった松岡は、少し身を屈めるようにして俺に囁いた。
「カラクリ人形の作り方と、その原理だよ。ま、学校の授業よりは役に立つ」
そうか? と眉を寄せた俺にハッハと笑うと、二階に続く階段を上がり始めた。
カラン、と鳴ったドアの音に振り返る。五十歳程の背広姿の男が落ち着きなく窓際の席へと座り、おしぼりと水を持って行った友也さんを胡乱に見上げた。
「『ストレイ・ラム』を、頼みたいのだが」
その言葉に、松岡はクルリと向きを変えて階段を下りて来た。振り返った友也さんに、依羅さんが無言で頷く。
「それではお客様、恐れ入ります。少々場所を移動致しますので、どうぞこちらへ」
友也さんの目配せを受け、松岡が客を案内して階段を上がる。
一瞬にして雰囲気の変わった店内に、ピンと張った空気が流れた。
「また出掛ける事になりそうだな」
サイフォンをセットしながら呟いた友也さんに、依羅さんはカウンターに肘をついて微かな溜め息を洩らした。
「せっかく、早めに切り上げて戻って来たってのに」
「――仕方ないな」
「まあな」
トントンと階段を下りて来る松岡の足音に、依羅さんは体を起こした。
「では友也。コーヒーが入ったら、二階まで運んで来てくれ」
「了解」
階段を上がって行く依羅さんを見送った松岡が、俺の隣に座る。
「『ストレイ・ラム』って、なんの事だ?」
「ああ。あれは、この店の裏メニュー。依羅さんに相談事を持ち込む奴等が使う、合言葉みたいなモンだ」
「……ふーん……」
――フツフツと、泡のように湧き上がる好奇心。
先程から何度も生まれるそれらは、店の雰囲気と混ざり合って、奇妙な居心地の良さを感じさせた。
拒絶するでなく、大袈裟に歓迎するでなく……。
此処にいるのが当たり前、みたいなさり気ない存在肯定。
そこが、気に入った。
「変なトコだらけだな、このサ店って」
笑いながらの俺の台詞に、カウンターに肘をついた松岡が顎を支える。
チラリと俺の顔を確認して上機嫌で肩を震わせると、窺うように友也さんを見上げた。
「これは褒め言葉に取っていいのかな。なぁ? 友也さん」
「読書?」
訊き返した俺に、コーヒーをグイと飲み干した松岡がニヤリと笑う。
「お勉強さ。――俺が今読んでる本がどんなのか教えてやろうか?」
立ち上がった松岡は、少し身を屈めるようにして俺に囁いた。
「カラクリ人形の作り方と、その原理だよ。ま、学校の授業よりは役に立つ」
そうか? と眉を寄せた俺にハッハと笑うと、二階に続く階段を上がり始めた。
カラン、と鳴ったドアの音に振り返る。五十歳程の背広姿の男が落ち着きなく窓際の席へと座り、おしぼりと水を持って行った友也さんを胡乱に見上げた。
「『ストレイ・ラム』を、頼みたいのだが」
その言葉に、松岡はクルリと向きを変えて階段を下りて来た。振り返った友也さんに、依羅さんが無言で頷く。
「それではお客様、恐れ入ります。少々場所を移動致しますので、どうぞこちらへ」
友也さんの目配せを受け、松岡が客を案内して階段を上がる。
一瞬にして雰囲気の変わった店内に、ピンと張った空気が流れた。
「また出掛ける事になりそうだな」
サイフォンをセットしながら呟いた友也さんに、依羅さんはカウンターに肘をついて微かな溜め息を洩らした。
「せっかく、早めに切り上げて戻って来たってのに」
「――仕方ないな」
「まあな」
トントンと階段を下りて来る松岡の足音に、依羅さんは体を起こした。
「では友也。コーヒーが入ったら、二階まで運んで来てくれ」
「了解」
階段を上がって行く依羅さんを見送った松岡が、俺の隣に座る。
「『ストレイ・ラム』って、なんの事だ?」
「ああ。あれは、この店の裏メニュー。依羅さんに相談事を持ち込む奴等が使う、合言葉みたいなモンだ」
「……ふーん……」
――フツフツと、泡のように湧き上がる好奇心。
先程から何度も生まれるそれらは、店の雰囲気と混ざり合って、奇妙な居心地の良さを感じさせた。
拒絶するでなく、大袈裟に歓迎するでなく……。
此処にいるのが当たり前、みたいなさり気ない存在肯定。
そこが、気に入った。
「変なトコだらけだな、このサ店って」
笑いながらの俺の台詞に、カウンターに肘をついた松岡が顎を支える。
チラリと俺の顔を確認して上機嫌で肩を震わせると、窺うように友也さんを見上げた。
「これは褒め言葉に取っていいのかな。なぁ? 友也さん」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷では不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
ビジョンゲーム
戸笠耕一
ミステリー
高校2年生の香西沙良は両親を死に追いやった真犯人JBの正体を掴むため、立てこもり事件を引き起こす。沙良は半年前に父義行と母雪絵をデパートからの帰り道で突っ込んできたトラックに巻き込まれて失っていた。沙良も背中に大きな火傷を負い復讐を決意した。見えない敵JBの正体を掴むため大切な友人を巻き込みながら、犠牲や後悔を背負いながら少女は備わっていた先を見通す力「ビジョン」を武器にJBに迫る。記憶と現実が織り交ざる頭脳ミステリーの行方は! SSシリーズ第一弾!
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
消された過去と消えた宝石
志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。
刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。
後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。
宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。
しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。
しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。
最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。
消えた宝石はどこに?
手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。
他サイトにも掲載しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACの作品を使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる