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黒い幻影
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「では保。そのコーヒーを飲み終わったら、読書の時間だ。一時間でいいから、昨日の本の続きを読んでおいで」
「読書?」
訊き返した俺に、コーヒーをグイと飲み干した松岡がニヤリと笑う。
「お勉強さ。――俺が今読んでる本がどんなのか教えてやろうか?」
立ち上がった松岡は、少し身を屈めるようにして俺に囁いた。
「カラクリ人形の作り方と、その原理だよ。ま、学校の授業よりは役に立つ」
そうか? と眉を寄せた俺にハッハと笑うと、二階に続く階段を上がり始めた。
カラン、と鳴ったドアの音に振り返る。五十歳程の背広姿の男が落ち着きなく窓際の席へと座り、おしぼりと水を持って行った友也さんを胡乱に見上げた。
「『ストレイ・ラム』を、頼みたいのだが」
その言葉に、松岡はクルリと向きを変えて階段を下りて来た。振り返った友也さんに、依羅さんが無言で頷く。
「それではお客様、恐れ入ります。少々場所を移動致しますので、どうぞこちらへ」
友也さんの目配せを受け、松岡が客を案内して階段を上がる。
一瞬にして雰囲気の変わった店内に、ピンと張った空気が流れた。
「また出掛ける事になりそうだな」
サイフォンをセットしながら呟いた友也さんに、依羅さんはカウンターに肘をついて微かな溜め息を洩らした。
「せっかく、早めに切り上げて戻って来たってのに」
「――仕方ないな」
「まあな」
トントンと階段を下りて来る松岡の足音に、依羅さんは体を起こした。
「では友也。コーヒーが入ったら、二階まで運んで来てくれ」
「了解」
階段を上がって行く依羅さんを見送った松岡が、俺の隣に座る。
「『ストレイ・ラム』って、なんの事だ?」
「ああ。あれは、この店の裏メニュー。依羅さんに相談事を持ち込む奴等が使う、合言葉みたいなモンだ」
「……ふーん……」
――フツフツと、泡のように湧き上がる好奇心。
先程から何度も生まれるそれらは、店の雰囲気と混ざり合って、奇妙な居心地の良さを感じさせた。
拒絶するでなく、大袈裟に歓迎するでなく……。
此処にいるのが当たり前、みたいなさり気ない存在肯定。
そこが、気に入った。
「変なトコだらけだな、このサ店って」
笑いながらの俺の台詞に、カウンターに肘をついた松岡が顎を支える。
チラリと俺の顔を確認して上機嫌で肩を震わせると、窺うように友也さんを見上げた。
「これは褒め言葉に取っていいのかな。なぁ? 友也さん」
「読書?」
訊き返した俺に、コーヒーをグイと飲み干した松岡がニヤリと笑う。
「お勉強さ。――俺が今読んでる本がどんなのか教えてやろうか?」
立ち上がった松岡は、少し身を屈めるようにして俺に囁いた。
「カラクリ人形の作り方と、その原理だよ。ま、学校の授業よりは役に立つ」
そうか? と眉を寄せた俺にハッハと笑うと、二階に続く階段を上がり始めた。
カラン、と鳴ったドアの音に振り返る。五十歳程の背広姿の男が落ち着きなく窓際の席へと座り、おしぼりと水を持って行った友也さんを胡乱に見上げた。
「『ストレイ・ラム』を、頼みたいのだが」
その言葉に、松岡はクルリと向きを変えて階段を下りて来た。振り返った友也さんに、依羅さんが無言で頷く。
「それではお客様、恐れ入ります。少々場所を移動致しますので、どうぞこちらへ」
友也さんの目配せを受け、松岡が客を案内して階段を上がる。
一瞬にして雰囲気の変わった店内に、ピンと張った空気が流れた。
「また出掛ける事になりそうだな」
サイフォンをセットしながら呟いた友也さんに、依羅さんはカウンターに肘をついて微かな溜め息を洩らした。
「せっかく、早めに切り上げて戻って来たってのに」
「――仕方ないな」
「まあな」
トントンと階段を下りて来る松岡の足音に、依羅さんは体を起こした。
「では友也。コーヒーが入ったら、二階まで運んで来てくれ」
「了解」
階段を上がって行く依羅さんを見送った松岡が、俺の隣に座る。
「『ストレイ・ラム』って、なんの事だ?」
「ああ。あれは、この店の裏メニュー。依羅さんに相談事を持ち込む奴等が使う、合言葉みたいなモンだ」
「……ふーん……」
――フツフツと、泡のように湧き上がる好奇心。
先程から何度も生まれるそれらは、店の雰囲気と混ざり合って、奇妙な居心地の良さを感じさせた。
拒絶するでなく、大袈裟に歓迎するでなく……。
此処にいるのが当たり前、みたいなさり気ない存在肯定。
そこが、気に入った。
「変なトコだらけだな、このサ店って」
笑いながらの俺の台詞に、カウンターに肘をついた松岡が顎を支える。
チラリと俺の顔を確認して上機嫌で肩を震わせると、窺うように友也さんを見上げた。
「これは褒め言葉に取っていいのかな。なぁ? 友也さん」
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