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黒い幻影
序
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俺が初めてそいつを意識したのは、この高校に転入してすぐの事だった。授業中にふと外のグラウンドを見ると、大量に降る雨の中。一人ポツンとグラウンドに立って、空を見上げる黒い影があった。その頃はまだクラス全員の顔も知らなくて、そいつが同じクラスなのだと知ったのは、その後びしょ濡れになった彼が、堂々と教室に入って来てからの事だった。
――松岡保。
それ以来、やけに目についてくれるそいつは、いつもつまらなさそうに学園に来てはろくに授業も聞かず、口をへの字にしてはきつい瞳で周りを威嚇していた。
俺はというと、別にそいつと話をするような事もなくて、日々ぼんやりとこちらもつまらない毎日を送っていた。
それは他の奴等も大差ないらしく、それぞれしょーもない学園生活をどう消化していくか、それが目下の悩みのように見えた。
そんな中でも奴は、最強最悪のふてぶてしさを体中から染み出させていたし、授業中に先生から当てられても、立ち上がりもしなけりゃ声を発しもしない。それでも先生が怒って「廊下に立ってろ」なんて今時言わない、勢いだけで言ってしまっただろう台詞にだけはちゃんと反応して、悠々と廊下に出て行ってしまったりする。それで廊下に立ってんのかと思いきや、鞄なんかは置きっぱなしで勝手に帰ってしまってたりするのだ。
そのうち先生達の方が根負けして、授業中はそいつの事をひたすら無視するという「そりゃ職務放棄だって」みたいな状態になっていた。
しかしその中で、唯一そいつの天敵とでも呼べそうな先生が約一名。小山という地理のオヤジティーチャーだけは懲りずに毎回そいつを当てるし、答えなきゃ怒るし、出て行きゃ追いかけて行くしで、地理の授業だけは嵐でも来たような騒々しさだった。
他の生徒から苦情が出れば、「お前等は自分さえ良ければそれでいいのか! 普通に授業受けたきゃ、あいつをクラス全員でなんとかしろ!」などと逆ギレしてしまう始末だった。
女子共はキャイキャイ騒ぐし、男子共はブーイングの嵐と化す。
――くだらない。こんなんなら、帰りてぇ……。
一人、俺だけが浮いた空間。こんな所に俺の存在意味なんてない。どうせなら一人、此処から飛び出して何処か遠くへと行ってしまいたかった。
久々に天気もいいのに、と梅雨の晴れ空を見上げる。
「俺も、同感だ」
不意に聞こえた声に顔を向けると、松岡が目の前に立っていた。俺のすぐ横にある窓をガラリと開け、不審に見上げる俺にチラリと視線を投げると、「よいしょ」と窓の桟に片足を乗せた。窓に掛けた両手で体を引き上げ、そのままの勢いでふわりと窓から飛び出す。
「バッ……! 此処二階――」
驚きに立ち上がった俺は、開いた窓にかじり付くようにして下を見下ろした。その横に、小山が続く。ガサガサと花壇から出て来た松岡は、歩きながらバタバタとズボンにくっ付いた葉っぱを掃っている。
「キサマァ、この俺をクビにする気かぁ! こんな所から飛び降りて、ケガでもしたらどーするつもりだ!」
腕を振り上げて怒鳴る小山の声に立ち止まった彼は、悪びれる様子など更々ない感じでこちらを見上げた。
「ザマーみろー、小山。来れるモンなら、此処まで追って来い!」
アハハッと初めて大きく笑ったそいつは、クルリと背中を向けた。ヒラヒラと手を振りながら、悠々と門へと向かって歩いて行く。
それを無言で見送った俺は、何故だか置いていかれた気分になって、歓喜に沸く教室でたった一人、ポツンと窓にしがみ付いていた。
――松岡保。
それ以来、やけに目についてくれるそいつは、いつもつまらなさそうに学園に来てはろくに授業も聞かず、口をへの字にしてはきつい瞳で周りを威嚇していた。
俺はというと、別にそいつと話をするような事もなくて、日々ぼんやりとこちらもつまらない毎日を送っていた。
それは他の奴等も大差ないらしく、それぞれしょーもない学園生活をどう消化していくか、それが目下の悩みのように見えた。
そんな中でも奴は、最強最悪のふてぶてしさを体中から染み出させていたし、授業中に先生から当てられても、立ち上がりもしなけりゃ声を発しもしない。それでも先生が怒って「廊下に立ってろ」なんて今時言わない、勢いだけで言ってしまっただろう台詞にだけはちゃんと反応して、悠々と廊下に出て行ってしまったりする。それで廊下に立ってんのかと思いきや、鞄なんかは置きっぱなしで勝手に帰ってしまってたりするのだ。
そのうち先生達の方が根負けして、授業中はそいつの事をひたすら無視するという「そりゃ職務放棄だって」みたいな状態になっていた。
しかしその中で、唯一そいつの天敵とでも呼べそうな先生が約一名。小山という地理のオヤジティーチャーだけは懲りずに毎回そいつを当てるし、答えなきゃ怒るし、出て行きゃ追いかけて行くしで、地理の授業だけは嵐でも来たような騒々しさだった。
他の生徒から苦情が出れば、「お前等は自分さえ良ければそれでいいのか! 普通に授業受けたきゃ、あいつをクラス全員でなんとかしろ!」などと逆ギレしてしまう始末だった。
女子共はキャイキャイ騒ぐし、男子共はブーイングの嵐と化す。
――くだらない。こんなんなら、帰りてぇ……。
一人、俺だけが浮いた空間。こんな所に俺の存在意味なんてない。どうせなら一人、此処から飛び出して何処か遠くへと行ってしまいたかった。
久々に天気もいいのに、と梅雨の晴れ空を見上げる。
「俺も、同感だ」
不意に聞こえた声に顔を向けると、松岡が目の前に立っていた。俺のすぐ横にある窓をガラリと開け、不審に見上げる俺にチラリと視線を投げると、「よいしょ」と窓の桟に片足を乗せた。窓に掛けた両手で体を引き上げ、そのままの勢いでふわりと窓から飛び出す。
「バッ……! 此処二階――」
驚きに立ち上がった俺は、開いた窓にかじり付くようにして下を見下ろした。その横に、小山が続く。ガサガサと花壇から出て来た松岡は、歩きながらバタバタとズボンにくっ付いた葉っぱを掃っている。
「キサマァ、この俺をクビにする気かぁ! こんな所から飛び降りて、ケガでもしたらどーするつもりだ!」
腕を振り上げて怒鳴る小山の声に立ち止まった彼は、悪びれる様子など更々ない感じでこちらを見上げた。
「ザマーみろー、小山。来れるモンなら、此処まで追って来い!」
アハハッと初めて大きく笑ったそいつは、クルリと背中を向けた。ヒラヒラと手を振りながら、悠々と門へと向かって歩いて行く。
それを無言で見送った俺は、何故だか置いていかれた気分になって、歓喜に沸く教室でたった一人、ポツンと窓にしがみ付いていた。
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