【BL】その先には君がいる

Motoki

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 モール内の『そば処』。


 テーブルの上で車雑誌を捲りながら、想像を巡らせていた。

 孝太はどんな車が好きだろう、と。

 多分彼の事だから、乗れればどれでもいいと言うのに違いない。

 だがそれでも車によって、見せた時の反応が違うだろう。

「久坂先生、真剣ですね」

「こんなに難しい顔して車雑誌見る奴、初めて見たな」

 脇からコソコソと、話す声が聞こえてくる。

「先生、車買うんですかぁ?」

「彼女の為ですかね?」

「メロメロだな」

「えー、いいなー」

 雑誌をテーブルに置いて、3人を見回す。

「なんですか」

「いや。有意義な昼休みを過ごしてるなーと」

 食べ終わった丼を脇に押し遣って、先輩がトントンと雑誌を小突く。

「これなんかいいんじゃないか? あの子にピッタリだ」

 それは、スカイブルーのスポーツカー。

 車もだが、値段も勿論超一流の代物だ。

「これですか……」

 確かに孝太には、似合うかもしれない。

「すごーい! 高額ですねー」

「もう少し、女の子が喜ぶ色が良くないですか? せめて赤とか」

「赤いスポーツカー? ありがちだなー」

 先輩がゲンナリと肩を竦めてみせる。

「私ならオレンジの車がいいなー」

「君の意見は訊いていない。それに、乗るのは久坂なんだぞ」

「それじゃあ、この色じゃなくてもう少し落ち着いた色がよくないですか?」

 僕を差し置いて、三者三様の意見を交し合っている。

「あのね、みんな。貴重なご意見は有り難く拝聴するけれども、少し黙っててくれます?」

「絶対、これがいいって」

「――少し、派手過ぎなような…」

「いやいや。今の若い子はこれぐらいの方が喜ぶって。そして、たまに俺に貸してくれ」

「先輩が乗りたいだけじゃないですか」

「あ、バレた?」

 カラカラと笑っていた先輩が、ハタと動きを止める。上着の内ポケットから携帯を取り出して、耳へとあてた。

 席を立ちながらボソボソと話していた先輩が、突然頓狂な声を出す。

「は? 予定日は明日だろう。今からは無理だ。午後の診療がある」

 腕時計を見ながら、顔を顰めた。

「ああ、ああ。そりゃそうだ。兎に角、診療が終わったら寄るから」

 席に再び座る先輩に、声をかける。

「どうされたんですか?」

「ああ、おふくろからだ。智恵子が産気付いたらしい」

「ええぇっ?」

 大変じゃないですか、と騒ぐ僕達に、先輩は肩を竦めた。

「大丈夫だよ。もう既に入院してるし。向こうの母親が付いてるし、おふくろも今から向かうって言ってたから」

「どうして、先輩に連絡なかったんですか?」

「智恵子が止めたんだと。診療があるからって」

「ええーっ。でも、来てほしいんじゃないですかー?」

「私もそう思います」

 女性2人の意見に、眉間に皺を寄せる。彼も行きたいのは、山々なようだ。

「いいですよ。ひと目だけでも、見てきてあげて下さい。数時間くらいなら、僕頑張りますから」

「そうですね。初めてのお産ですもの。きっと奥様不安ですよ」

「そうですよー」

 しばらく迷っているようだったが、僕達3人の顔を見回して頷いた。

「じゃあ、ひと目だけ」

 そう言って立ち上がり、ワタワタと財布を取り出そうとする。

「いいですよ。僕出しときますから。事故らないようにだけ、気を付けて下さい」

「サンキュー、宙」

 ポンと僕の肩に手を置いて、2人にも目を向ける。

「丸山さんも、古谷さんも、ありがとう」

「奥様によろしく」

「写メ撮ってきて下さいねー」

「ああ。金曜は、みんな昼メシ奢るから!」

 スルリと肩から手が離れて、駆け出して行く。振り返り見送って、自然と笑いが零れた。

 どうやら、宙と呼ぶのが癖になってしまったようだ。それはふとした時に出てくる。そして心に、くすぐったいような、微かな幸せの余韻として、残っていた。

 ――孝太に聞かれたら、きっと目を剥くに違いないけれど……。

 クスクスと笑った僕に、2人が不思議そうに首を傾げる。

「どうしたんですか?」

「いや。院長の方がメロメロだと思って」

 3人で吹き出した。

「本当ですねー」

「確かにメロメロー」

 明日からは春休みだから、家に帰れば孝太が待っていてくれるに違いない。

 いつもは真っ暗な廊下とリビングにも、今日は煌々と電気が点いている事だろう。

 今までは当然だった暗い廊下も、虚しく響く鍵をかける音も、一度この幸せを知ってしまっては、もう堪えられないのかもしれない。

「おかえり」

 すぐにリビングのドアが開いて、その先には、君がいるんだ。

 満面の笑みを浮かべ、小走りに走って来てくれる。いつものように靴を揃えて、埃を払って……。



 そうして僕を、ずっと幸せに浸らせて。


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