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彼が口を開いた、その瞬間。
まるで僕達の喧嘩を止めるかのように、唐突にパトカーのサイレンが響いた。
藤堂君は口を開いたまま、僕は彼を見つめたまま、2人共、動きを止める。
まさか僕達の怒鳴り合いで、なんて事はないだろうが、その音は段々と近付いてきていた。
どうしてだか、僕等に無関係だとは思えない。
このドキドキが、何故なのか解らない。
お互いに見つめ合いながら、神経を耳に集中する。
「うそ。停まった」
それは正に、僕達のマンションの前で停まったようだった。
弾かれるようにして、藤堂君がベランダへと走り寄る。窓を開け、ベランダから身を乗り出した。
「このマンション?」
ベランダ用のサンダルを彼に取られた為、窓から首を伸ばす。
「よく判んない。でもマンションの前で停まったのは、間違いないみたいだ」
マンションの正面側ではない為よくは見えないが、パトカーの回転するランプがチラチラと周りに反射していた。
「――俺達じゃ、ないよね?」
ピシャリと窓を閉めながら、藤堂君が確認してくる。
隣や上下の住人に声は聞こえていたかもしれないが、れっきとしたマンション。警察を呼ばれる程響いてはいなかった筈だ。
「違うと思うけど」
答えながらも落ち着かない。
嫌な予感を、拭い去る事が出来ないでいる。それは、藤堂君も同じなようだった。
2人共、ただ突っ立ったままでいた。ゾクリと寒さを感じて、暖房を入れていない事に気付く。
リモコンを持ち上げ、ピッと電源を入れると同時に、今度は救急車のサイレンが響きだした。
「な、なんだよ」
又もや近付いてくる。不安を煽る音に、藤堂君が擦り寄るように身を寄せてきた。
もう、喧嘩どころではない。
訳の解らない重圧が、圧し掛かってきているようだった。
「――見に行ってみる?」
案の定。マンションの前に停まったらしい救急車に、堪らず藤堂君に訊く。
「う……ん…」
迷っていたようだったが、決心したように「よし」と頷くと、玄関へと向かった。
玄関を開けた途端、人の話し声が聞こえてくる。それは決して大きな声ではなかったが、時間が夜中だった事もあり、ここまで聞こえてきていた。
「まさか……」
手すりから身を乗り出し、上を見上げた藤堂君が、駆け出す。目の前の階段を駆け上がった彼の後を、すぐさま追った。
階を上がって行く途中で、彼の呟きの意味が解ってくる。話し声は12階、彼の家がある階でしていた。
「母さんッ!」
12階に着いた途端、藤堂君が声を張りあげた。
夜中だというのに、人や警察で溢れ返っている廊下。その人達が一斉にこちらを振り返った。
その中に、救急隊員に挟まれるようにして、女性が1人立っていた。
ぼさぼさに乱れた髪。血に塗れたタオルを、額に押し当てている。
「お前ッ! なんて事してくれてんだッ!」
彼女の姿を見止めた途端、1人の男性に飛び掛かっていく。
「ちょっ……、藤堂君っ!」
間に合わなかった僕の代わりに、男性の隣にいた警官が、藤堂君を押し留める。
「孝太! やめなッ」
女性の鋭い声が、辺りに響く。
驚いて女性を振り返った藤堂君の左頬を、さらりと優しい手が撫でた。
「腫れてるじゃない」
その言葉を聞いて、藤堂君が一瞬泣きだしそうな顔をする。
「これは……。また、友達とケンカ、して――」
俯いた藤堂君の台詞を遮るように、頬を撫でていた手がポンッと頭へと移った。
「バカだね。母さんに任せときな」
そして余裕に微笑むと、僕へと顔を向け、母親の顔で頭を下げた。藤堂君の頭を撫でてから、歩いて行く。
救急隊員と共に、女性がエレベーターへと乗り込んだ。
「えーっと、息子さん?」
僕と同年代の、藤堂君を押し留めた警官が彼に話しかける。
「――はい」
返事をしながらも、再び戻って来たエレベーターへと乗り込む男性を睨みつけている。
よく見れば、男性の手には手錠が嵌められていた。挟むように、2人の警官に付き添われてドアが閉まる。
「君は、怪我とかはしていない?」
確かめるように藤堂君の体に視線を投げる。その視線はやはり左頬で止まり、ボードに挟まれた用紙へと何かを書き込んだ。
「はい。……家に、いなかったので」
「そう。あのね、ご近所の人から通報があって。お母さん、知り合いの男性から怪我負わされてしまったみたいなんだ」
優しい声。藤堂君を動揺させぬようにとの、気遣いが伝わってくる。
「さっきお話伺ったら、意識もしっかりしておられるし、すぐに病院で診てもらうから。そこは心配いらないからね」
「はい」
藤堂君の、下ろされたままの拳が震えている。
少しでも彼の支えになればと、隣に並んだ。
「今から君にも、少し話聞かせてもらう事になるけど。お母さんの病院にも、一緒に行くから」
ゆっくりと、言い聞かせるように言って、僕へと視線を向けた。
「――あなたは?」
「僕は……」
「この人は、関係ないんです。僕が通ってる歯医者の先生で、さっき偶然、廊下で会ったから」
だから、関係ないです、ともう1度藤堂君は繰り返した。
「このマンションに住んでおられます?」
「はい。612号室の久坂宙と言います」
警官はボールペンで用紙に記入すると、再び藤堂君へと視線を戻した。
「1人で大丈夫? 先生に付き添ってもらうか、もし、近所に親戚の方とかおられるようなら……」
「いえ。1人で大丈夫です」
僕の方は、付き添っても全然構わなかった。だが彼が、それを完全に拒絶した。
「先生、ご迷惑かけてすみませんでした。失礼します」
ペコリと僕に頭を下げて、警官と共に歩いて行く。エレベーターのドアが閉まるまで、彼は1度も僕を見ようとはしなかった。
まるで僕達の喧嘩を止めるかのように、唐突にパトカーのサイレンが響いた。
藤堂君は口を開いたまま、僕は彼を見つめたまま、2人共、動きを止める。
まさか僕達の怒鳴り合いで、なんて事はないだろうが、その音は段々と近付いてきていた。
どうしてだか、僕等に無関係だとは思えない。
このドキドキが、何故なのか解らない。
お互いに見つめ合いながら、神経を耳に集中する。
「うそ。停まった」
それは正に、僕達のマンションの前で停まったようだった。
弾かれるようにして、藤堂君がベランダへと走り寄る。窓を開け、ベランダから身を乗り出した。
「このマンション?」
ベランダ用のサンダルを彼に取られた為、窓から首を伸ばす。
「よく判んない。でもマンションの前で停まったのは、間違いないみたいだ」
マンションの正面側ではない為よくは見えないが、パトカーの回転するランプがチラチラと周りに反射していた。
「――俺達じゃ、ないよね?」
ピシャリと窓を閉めながら、藤堂君が確認してくる。
隣や上下の住人に声は聞こえていたかもしれないが、れっきとしたマンション。警察を呼ばれる程響いてはいなかった筈だ。
「違うと思うけど」
答えながらも落ち着かない。
嫌な予感を、拭い去る事が出来ないでいる。それは、藤堂君も同じなようだった。
2人共、ただ突っ立ったままでいた。ゾクリと寒さを感じて、暖房を入れていない事に気付く。
リモコンを持ち上げ、ピッと電源を入れると同時に、今度は救急車のサイレンが響きだした。
「な、なんだよ」
又もや近付いてくる。不安を煽る音に、藤堂君が擦り寄るように身を寄せてきた。
もう、喧嘩どころではない。
訳の解らない重圧が、圧し掛かってきているようだった。
「――見に行ってみる?」
案の定。マンションの前に停まったらしい救急車に、堪らず藤堂君に訊く。
「う……ん…」
迷っていたようだったが、決心したように「よし」と頷くと、玄関へと向かった。
玄関を開けた途端、人の話し声が聞こえてくる。それは決して大きな声ではなかったが、時間が夜中だった事もあり、ここまで聞こえてきていた。
「まさか……」
手すりから身を乗り出し、上を見上げた藤堂君が、駆け出す。目の前の階段を駆け上がった彼の後を、すぐさま追った。
階を上がって行く途中で、彼の呟きの意味が解ってくる。話し声は12階、彼の家がある階でしていた。
「母さんッ!」
12階に着いた途端、藤堂君が声を張りあげた。
夜中だというのに、人や警察で溢れ返っている廊下。その人達が一斉にこちらを振り返った。
その中に、救急隊員に挟まれるようにして、女性が1人立っていた。
ぼさぼさに乱れた髪。血に塗れたタオルを、額に押し当てている。
「お前ッ! なんて事してくれてんだッ!」
彼女の姿を見止めた途端、1人の男性に飛び掛かっていく。
「ちょっ……、藤堂君っ!」
間に合わなかった僕の代わりに、男性の隣にいた警官が、藤堂君を押し留める。
「孝太! やめなッ」
女性の鋭い声が、辺りに響く。
驚いて女性を振り返った藤堂君の左頬を、さらりと優しい手が撫でた。
「腫れてるじゃない」
その言葉を聞いて、藤堂君が一瞬泣きだしそうな顔をする。
「これは……。また、友達とケンカ、して――」
俯いた藤堂君の台詞を遮るように、頬を撫でていた手がポンッと頭へと移った。
「バカだね。母さんに任せときな」
そして余裕に微笑むと、僕へと顔を向け、母親の顔で頭を下げた。藤堂君の頭を撫でてから、歩いて行く。
救急隊員と共に、女性がエレベーターへと乗り込んだ。
「えーっと、息子さん?」
僕と同年代の、藤堂君を押し留めた警官が彼に話しかける。
「――はい」
返事をしながらも、再び戻って来たエレベーターへと乗り込む男性を睨みつけている。
よく見れば、男性の手には手錠が嵌められていた。挟むように、2人の警官に付き添われてドアが閉まる。
「君は、怪我とかはしていない?」
確かめるように藤堂君の体に視線を投げる。その視線はやはり左頬で止まり、ボードに挟まれた用紙へと何かを書き込んだ。
「はい。……家に、いなかったので」
「そう。あのね、ご近所の人から通報があって。お母さん、知り合いの男性から怪我負わされてしまったみたいなんだ」
優しい声。藤堂君を動揺させぬようにとの、気遣いが伝わってくる。
「さっきお話伺ったら、意識もしっかりしておられるし、すぐに病院で診てもらうから。そこは心配いらないからね」
「はい」
藤堂君の、下ろされたままの拳が震えている。
少しでも彼の支えになればと、隣に並んだ。
「今から君にも、少し話聞かせてもらう事になるけど。お母さんの病院にも、一緒に行くから」
ゆっくりと、言い聞かせるように言って、僕へと視線を向けた。
「――あなたは?」
「僕は……」
「この人は、関係ないんです。僕が通ってる歯医者の先生で、さっき偶然、廊下で会ったから」
だから、関係ないです、ともう1度藤堂君は繰り返した。
「このマンションに住んでおられます?」
「はい。612号室の久坂宙と言います」
警官はボールペンで用紙に記入すると、再び藤堂君へと視線を戻した。
「1人で大丈夫? 先生に付き添ってもらうか、もし、近所に親戚の方とかおられるようなら……」
「いえ。1人で大丈夫です」
僕の方は、付き添っても全然構わなかった。だが彼が、それを完全に拒絶した。
「先生、ご迷惑かけてすみませんでした。失礼します」
ペコリと僕に頭を下げて、警官と共に歩いて行く。エレベーターのドアが閉まるまで、彼は1度も僕を見ようとはしなかった。
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