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「ねぇ先生。何考えてるの?」
ドキリ、とした。すぐ後ろで、藤堂君の気配が佇む。
「別に、何も。今日は紅茶でいい?」
振り返れない。
普段はすぐにソファへと座り込むのに、今日に限って、離れる様子がなかった。
「なんで俺から目、逸らせんの?」
不安そうな声。
「俺の事、嫌いになった?」
「何、バカな事言って」
笑いを零したが、それは空虚なモノでしかなかった。
「――なら。またあいつと、したの?」
唐突な指摘。
低く問いかける声に、ピクリと体が震えてしまう。
気まずい空気だけが、僕等を包んだ。
「否定しないんだ?」
失笑を含んだ言葉が、胸に突き刺さる。
「先生。こっち向いて」
この前のように、飛び出して行ったりはしない。その代わり、いつもより低い、大人びた声で僕に命じた。
ゆっくりと振り返る。その途端に、藤堂君の指がネクタイに掛かった。
「ちょ、ちょっと……」
止めようとする僕の手を振り払い、黙々と手を動かす。無表情な顔、怒気を含んだ指の動きに、手が出せなくなった。
ネクタイを解いて、ボタンを1つ1つ外していく。そして『あの場所』に、赤い痕を見つけると手を止めた。
「何? 休診日の前の日は、こーゆう事する日とでも決まってんの?」
嘲笑を含んで震えた声が、俯いたままで吐き出された。
そしてガンッと、強く握った両拳で僕の胸を叩く。
「――もう、勘弁してくれよ。こんなの」
弱々しい声。顔を埋める彼の拳が、震えていた。
踵を返した彼は力なく、教科書類を手に取った。
「どこ行くの?」
「どこでも。ここじゃない場所」
もういつものような覇気はない。心底疲れた様子で、廊下へと向かった。
「僕の事、嫌いになったの?」
追いかけるように声をかける。
「…………」
目の前に立っても、彼は俯いたままで顔を上げなかった。
「もう顔も、見たくないの?」
「…………」
「ねぇ、もう口も」
ききたくない? と続こうとした台詞に、バッと顔を上げた。
「じゃあなんでッ、こんな事すんだよッ!」
叫ぶと同時に、涙が溢れ出す。頬を伝うのも気にせず、教科書を床へと叩きつけた。
「あいつは夢にも思ってないって言ったじゃないか! あれも嘘なのかよッ!」
その台詞に、カッと一瞬にして頭に血が上る。
「しょうがないだろッ! 思い出してたんだからッ!」
君が言わなかったら、夢だと思ったままだったかもしれないのに――。
その言葉を言わないだけの、理性が残っているのだけが、まだ救いだった。
「しょーがないって何? 思い出してたから! しょーがないから! またやったとでも言う気?」
「違うよ」
「じゃあ、やりたくてやったんだなッ?」
「そうじゃないけどッ」
「じゃあ何ッ? 俺が言った事、解ってくれてたんじゃねぇのかよッ?」
バカ野郎ッ! と叫ぶ彼の声に目を剥く。
「君の考えを、僕に押し付けないでくれッ」
2人共興奮して、まともな話が出来ない。
お互いの怒鳴り声だけが、凶器のように互いを傷つけ合っていた。
違う、違う。言いたいのはこんな事じゃない、と声を落とした。
「そうじゃないけど。……でもずっと、好きだった人なんだもの」
驚愕に、藤堂君の目が見開かれたのが判った。
驚きだけなのか、侮蔑の色が含まれるのか。
知りたくなくて、視線を落とす。
沈黙の中。
ポトリとそれは、確かに聞こえた。
絨毯へと落ちた涙に、思わず視線を上げる。ゴシゴシと袖で拭った目は、それでも溢れる涙で、すぐに濡れてしまう。
先程よりも多く流れる涙に戸惑っていると、潤んだ瞳が僕を睨み付けた。泣いていても人は、こんなにも強い視線を向けられるものなんだと、初めて知った。
「じゃあなんで。俺に、あんな事したんだ」
感情を抑え込んだ、低い声。
それがキスしようとした事だというのは、すぐに判った。
判ったが、答えられない。
この前のように、判らないフリで誤魔化す事も出来ない。
だって。なんて言ったらいい? 昔好きだった初恋の人に、君が似ていたからだとでも?
そんな事を言ったら、初恋の相手すらも男だとバレてしまうじゃない。
君は、気持ち悪がるんだろう?
きっと「女って気持ち悪い」と言った時と同じ顔で、僕を見るんだろう?
――『今』 は君が好き。
だから、君のそんな視線には、僕はきっと耐えられない。
いつまでも答えを出せないままで、その沈黙を破ったのは、彼の大きな溜め息だった。
心底呆れたというように、首を振る。
「あんた。結局誰でもいいのかよ?」
投げやりな、冷たい台詞。
その言葉に、再び体温が上がる。
「そんな訳ないだろッ!」
怒鳴り返した僕に、彼は負けじと声を張りあげた。
「じゃあなんだ! 言ってみろッ!」
もうグチャグチャだ。
冷静な判断も、冷静な会話も、出来やしない。
『今は君が好き』
その言葉だけでも伝えたいのに、嫌われるのがイヤで、言葉に出来ない。
――今更。嫌われるも何も、ないのに。
自嘲に笑いが洩れる。しかしそれは、彼を煽るには絶大な効果があった。
ドキリ、とした。すぐ後ろで、藤堂君の気配が佇む。
「別に、何も。今日は紅茶でいい?」
振り返れない。
普段はすぐにソファへと座り込むのに、今日に限って、離れる様子がなかった。
「なんで俺から目、逸らせんの?」
不安そうな声。
「俺の事、嫌いになった?」
「何、バカな事言って」
笑いを零したが、それは空虚なモノでしかなかった。
「――なら。またあいつと、したの?」
唐突な指摘。
低く問いかける声に、ピクリと体が震えてしまう。
気まずい空気だけが、僕等を包んだ。
「否定しないんだ?」
失笑を含んだ言葉が、胸に突き刺さる。
「先生。こっち向いて」
この前のように、飛び出して行ったりはしない。その代わり、いつもより低い、大人びた声で僕に命じた。
ゆっくりと振り返る。その途端に、藤堂君の指がネクタイに掛かった。
「ちょ、ちょっと……」
止めようとする僕の手を振り払い、黙々と手を動かす。無表情な顔、怒気を含んだ指の動きに、手が出せなくなった。
ネクタイを解いて、ボタンを1つ1つ外していく。そして『あの場所』に、赤い痕を見つけると手を止めた。
「何? 休診日の前の日は、こーゆう事する日とでも決まってんの?」
嘲笑を含んで震えた声が、俯いたままで吐き出された。
そしてガンッと、強く握った両拳で僕の胸を叩く。
「――もう、勘弁してくれよ。こんなの」
弱々しい声。顔を埋める彼の拳が、震えていた。
踵を返した彼は力なく、教科書類を手に取った。
「どこ行くの?」
「どこでも。ここじゃない場所」
もういつものような覇気はない。心底疲れた様子で、廊下へと向かった。
「僕の事、嫌いになったの?」
追いかけるように声をかける。
「…………」
目の前に立っても、彼は俯いたままで顔を上げなかった。
「もう顔も、見たくないの?」
「…………」
「ねぇ、もう口も」
ききたくない? と続こうとした台詞に、バッと顔を上げた。
「じゃあなんでッ、こんな事すんだよッ!」
叫ぶと同時に、涙が溢れ出す。頬を伝うのも気にせず、教科書を床へと叩きつけた。
「あいつは夢にも思ってないって言ったじゃないか! あれも嘘なのかよッ!」
その台詞に、カッと一瞬にして頭に血が上る。
「しょうがないだろッ! 思い出してたんだからッ!」
君が言わなかったら、夢だと思ったままだったかもしれないのに――。
その言葉を言わないだけの、理性が残っているのだけが、まだ救いだった。
「しょーがないって何? 思い出してたから! しょーがないから! またやったとでも言う気?」
「違うよ」
「じゃあ、やりたくてやったんだなッ?」
「そうじゃないけどッ」
「じゃあ何ッ? 俺が言った事、解ってくれてたんじゃねぇのかよッ?」
バカ野郎ッ! と叫ぶ彼の声に目を剥く。
「君の考えを、僕に押し付けないでくれッ」
2人共興奮して、まともな話が出来ない。
お互いの怒鳴り声だけが、凶器のように互いを傷つけ合っていた。
違う、違う。言いたいのはこんな事じゃない、と声を落とした。
「そうじゃないけど。……でもずっと、好きだった人なんだもの」
驚愕に、藤堂君の目が見開かれたのが判った。
驚きだけなのか、侮蔑の色が含まれるのか。
知りたくなくて、視線を落とす。
沈黙の中。
ポトリとそれは、確かに聞こえた。
絨毯へと落ちた涙に、思わず視線を上げる。ゴシゴシと袖で拭った目は、それでも溢れる涙で、すぐに濡れてしまう。
先程よりも多く流れる涙に戸惑っていると、潤んだ瞳が僕を睨み付けた。泣いていても人は、こんなにも強い視線を向けられるものなんだと、初めて知った。
「じゃあなんで。俺に、あんな事したんだ」
感情を抑え込んだ、低い声。
それがキスしようとした事だというのは、すぐに判った。
判ったが、答えられない。
この前のように、判らないフリで誤魔化す事も出来ない。
だって。なんて言ったらいい? 昔好きだった初恋の人に、君が似ていたからだとでも?
そんな事を言ったら、初恋の相手すらも男だとバレてしまうじゃない。
君は、気持ち悪がるんだろう?
きっと「女って気持ち悪い」と言った時と同じ顔で、僕を見るんだろう?
――『今』 は君が好き。
だから、君のそんな視線には、僕はきっと耐えられない。
いつまでも答えを出せないままで、その沈黙を破ったのは、彼の大きな溜め息だった。
心底呆れたというように、首を振る。
「あんた。結局誰でもいいのかよ?」
投げやりな、冷たい台詞。
その言葉に、再び体温が上がる。
「そんな訳ないだろッ!」
怒鳴り返した僕に、彼は負けじと声を張りあげた。
「じゃあなんだ! 言ってみろッ!」
もうグチャグチャだ。
冷静な判断も、冷静な会話も、出来やしない。
『今は君が好き』
その言葉だけでも伝えたいのに、嫌われるのがイヤで、言葉に出来ない。
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