【BL】その先には君がいる

Motoki

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「――なあ。…いいよな?」

 近付いてくる雅臣に、「何が?」なんて問い返したり出来なかったし、したくなかった。

 縺れるようにして、2人でベッドに上がる。

 体が熱くて、我を忘れて。

 服をどう脱いだのか、脱がされたのかも、憶えていなかった。

 熱い両手が僕の顔を手挟んで、あいつの肌を手で辿って、すぐに息があがる。

 お互いの荒い息だけが、部屋に充満していくようだった。

 互いの体に触れる手を何度もぶつけて、それでもじれったくて、互いを弄り合った。

 1つになった瞬間は、衝撃と苦痛と圧迫感とで、知らず、涙が零れていた。

「痛いか?」

 親指で頬を撫でるようにして、雅臣が涙を拭う。

 心配そうに顔を近付けてきた彼に、僕は首を横に振った。

「嘘つけ」

 吹き出した雅臣に、「嘘じゃない」と思わず頬を膨らます。すると彼は、口角を上げたまま僕の頬に唇で触れた。

「涙流しながら言われてもなぁ」

 そう耳元で囁いた雅臣が、力を抜いて覆い被さってくる。

「俺、今幸せかも」

「そだね」

 繋がったままでお互いを抱き締め合う。

 2人の体はしっとりと馴染んでいるように感じて、他には何もいらないとさえ、思った。

 それからの僕達は、何度も体を重ねた。行為になのか、相手になのか。そんな事はどうでもいいと思う位、どうしようもなくハマッてい た。

 抱かれている時のあいつの切なげな表情が愛しくて、攻めてくる時の欲望を含んだ瞳に恋をした。

 2学期が始まっても、みんなの『女』の話にも『経験値』にも、以前のような羨ましさは湧いてこなかった。

 それよりもその話の隙を付いて交し合う、雅臣との視線は刺激的で、密かな優越感さえ僕に感じさせた。

 女どころか、他の誰にも興味なんてなかった。

 ――だけど、高2の春。

 雅臣から突然、「彼女が出来た」と聞かされた。

 それは、今までの行為をもうやめよう、という意味合いも含んでいて……。

 その頃になると、2人のセックスはもう欲望を吐き出す為だけの行為となっていた。勿論僕はまだ雅臣を好きだったし、彼を求めてはいたけれど。

 だけど、交し合う視線はすぐ逸らされるようになって、2人になると当然のように只体を重ねるだけになった。

 あの、幸せで楽しい時間は消え失せていた。

「へえ、よかったね。おめでとう」

 口先だけでそう答えて、了承した。

 でも本当は、よかったとも、おめでとうとも、全然思ってはいなかった。

 涙なんて見せたくなかったし、女々しいと思われたくもなかった。

 雅臣の『彼女』は隣のクラスの子で、雅臣と話している処なんて、それまで1度も見た事がなかった。でも、僕から見てもとても可愛い子で、性格も良さそうだった。

 雅臣といる時は本当に幸せそうに笑っていて、『ああ、これが正しい事なんだな』なんて。悔しいクセに、達観したような気持ちになってい た。

 高2ではなんとか続いた僕達の友情は、高3になってクラスが別々になると、当たり前のように崩壊した。

 廊下で会う事もほとんどなくて、別々の友達と過ごすのが当然の事になっていた。

 そして高3の秋。

 休日に電車に乗り込んだ僕は、思わず足を止めてしまった。降りる仕草さえ、してしまっていたかもしれない。

 目の前には、驚いた表情を浮かべる、雅臣の姿があった。

 後ろに並んでいた人達に押されるようにして、仕方なく僕は雅臣の前に立った。

「……なんか、久しぶりだね」

「だな」

 そう言って雅臣は横にズレて、僕に吊り革を譲ってくれる。

「デート?」

「まあな。そっちは?」

「僕は男3人で映画だよ」

 お互い顔は見合わさず、「受験生にも休息は必要だよな」なんて笑いながら、ひたすら窓の外だけを見て話した。

「……映画って、どんな内容?」

「んー。地球滅亡? 的な」

「ありがちだな」

「まあね」

 聞きたくなかったので、雅臣へはどこに行くのかの話題は振らなかった。

 そしたら話す事なんてなくなって、僕等は黙って流れる街並みを眺めた。

 こうやって2人で並んでいると、あの夏の日の事を思い出す。あの時より近くて、少しの揺れで肩だって触れてしまうのに、2人の距離 は遠かった。

 無言で2駅を過ぎた頃、ボソリと雅臣が呟いた。

「……お前を、思い出す時がある」

 それはとても小さくて、意識を他に向けていれば聞こえないぐらいの声だった。

 短いその台詞は、だけど、どうしようもない程の威力を持っていて。

 ああ、僕はもう、彼にとって『過去の人間』になってしまったのか、と軽い眩暈さえ覚えた。

 ――僕達はもう、友達ですらないって事?

 そう雅臣に問いかけたかった。だけど、「とっくに友達じゃないだろ?」なんて台詞が返ってきそうで、言葉に出来なかった。

 僕達は、前の関係に戻るのは勿論、普通の友達にも戻れないって事なの?

 自嘲に少し笑って、そして何も言えなかった。

 只唇を噛み締めたまま、黙って吊り革にしがみ付いた。

 倒れ込んでしまわないように、涙を零してしまわないように、それだけを念じて……。

 それからどれぐらいの駅を過ぎたのか、どれ程の人の乗り降りがあったのか。記憶にも残らなかったけれど、気付けば雅臣が降りる素振りを見せていた。

「じゃな」

 僕の後ろを通り過ぎる時、雅臣の掌が背中を押した。

 それは決して強い力ではなかったのに、僕の体は衝撃を受ける。服の上からなのに、素肌に直接触れられたような錯覚まで起こした。

「……雅、臣」

 吐息と共に吐き出しされた僕の呟きは、彼には届かないようだった。1度も振り返る事なく、降りて行く。

 動き出した電車から彼を見つめても、雅臣はチラリともこちらに目を向けようとはしなかった。

「好き」

 その一言すら伝えられず、僕の初恋は終わった。



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