上 下
60 / 77

012. 逃亡

しおりを挟む
 街の外から身を守るために逃げてくる者がいる。特区には戸籍のような人間を管理するものがない。人一人が増えても減っても気にするものは誰もいないのだった。

 その朝、男は自宅に来た二人の警察官を振り切った。その後、警察官はもとより、組織の人間や仲間だった同僚、親にまで狙われ、追われているのだった。

 懸賞金がかかっている。男は組織を裏切り、外で罪を犯したのだ。男をすべての人間が血眼で探す。男は逃亡先として、隠れ蓑になると思った特区に入りこんだ。

 特区は犯罪者にとっての天国ではない。特区には特区の難がある。

 侵入して最初、男は電柱に手をかけた。追手から全速力で逃げた。息が切れていた。

 間髪入れず、電柱が悲鳴を上げる。声を上げるはずのない無機質なコンクリートが。瞬く間に、巨大な女の身体が男の手に触れていた。

 痴漢よ! と叫ばれ、男は狼狽した。

 路地裏に逃げる。さらに息が上がる。とにかく、今はこの場から逃げなければ。落ち着かない呼吸で路地の奥へ、奥へ。

 その先に、少年が座り込んでいた。こんなところに……、と疑問を生じる余裕はない。金品でも奪ってここから逃げよう。まずは安全の確保。それが第一だった。

 まさか、特区に入りこんですぐにトラブルに巻き込まれるとは思ってもみなかった。

 おい、声をかけ近寄った。よく見れば美しい顔をしていた。

 その顔の下で腰から先が溶けて、なくなっていた。白くも青くも見える身体。スライムだ。

「ちょうどよかった。水もってない?」

 見たこともない美しい顔が何事もないように話しかけてくる。

 悲鳴を上げてその場を去った。どこをどう逃げたかわからない。

 閉まった商店街の扉を横目にひたすら走る。朝はどうやらモンスターの巣窟らしいその通りは大小様々、見たこともない生き物が男の疾走を眺めていた。

 捕食者の目線。

 振り切った先に、かつての仲間が立っていた。

 外か、中か。どちらが安全か、判断する余裕を男を失っていた。

 銃声。背後に聞こえる。振り切った。

 角をまがった先には暗闇が広がっていた。とにかく何もかもからにげなければ、と男は何も考えすにその中に飛び込んだ。

 同時に、穴も男のことを吸い込んだ。

 暗い滑り台のようなつるつるとした表面をすべる。おい! という声は上から降ってきたが、やがて聞こえなくなった。

 俺は逃げられたのか……? いや、逃げたと言えるだろうか。この特区の中でも最悪な状況と言える、何が起こるかわからない穴に飛び込んでしまって。

 果てしなく暗いところを落ちていく。この先に何があるのか。生きて出られるのか。いや、この浮遊感。すでに死んでいるのかと思った。

 気が付けば自宅のベッドに寝ていた。チャイムが鳴る。朝、男を逮捕しようとしていた警察官が二人、ドアの外に立っている。

 男は過去に戻っていた。あの恐ろしい特区から脱出することができたのだ。

 

 男は進んで警察官に身柄を明け渡した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。

イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。 きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。 そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……? ※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。 ※他サイトにも掲載しています。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

先生と生徒のいかがわしいシリーズ

夏緒
恋愛
①先生とイケナイ授業、する?  保健室の先生と男子生徒です。 ②生徒会長さまの思惑  生徒会長と新任女性教師です。 ③悪い先生だな、あんた  体育教師と男子生徒です。これはBLです。 どんな理由があろうが学校でいかがわしいことをしてはいけませんよ〜! これ全部、やったらダメですからねっ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...