47 / 81
024.雪
しおりを挟む
雪の季節にやって来る蟲はさまざまな姿に形を変える。
カーテンを開けると粉雪がちらちらと降り始めていた。今年は寒さが来るのが早い。まだ冬支度もしていないのに……、と苦笑しながら最低限の防寒をして玄関を出ると、それが雪ではないことに気が付く。
「あら、雪じゃないわ」
それはそうか、と納得する。確かに寒さは強くなっているが、まだ雪が降るまでのひと行事を済ませていない。
粉雪だと思ったものを掬うと、指の中で白い小さな羽を付けた蟲が細かく動き回っている。
特区の初冬に雪虫がやって来たのだった。
雪に似たその蟲は雪が降る前触れ。本格的な冬が来る前に大量に現れては雪が降る前にどこかに消えていくのである。
雪虫は様々な姿をして人を楽しませる。去年は巨大なリースを作り特区のメインストリ―トを大いに賑わせた。今年はどんなパフォーマンスを見せてくれるのだろうか。
***
無数の虫の出し物は羊の大群を模した行進だった。街を闊歩する羊――もとい雪虫を愛でる特区の住人たち。白いふわふわの感触と愛らしい羊の仕草は子供から怪異まで様々なものを引き寄せ楽しませる。
ところが、翌日、羊どころか雪虫が忽然と姿を消してしまう。
前代未聞の事だった。冬の最中、すべての期間に雪虫がいるわけではない。しかし、雪が降る前にいなくなることは今までなかったのである。
生態系が変わったのだろうか。心配する住人だったが、それが理由ならば無理やりに彼らを戻すことはできないだろう。
雪虫がいなくなって数日。寒さが強くなり、ここぞとばかりに、防寒具用品を売る個人商店が特区内に開店し始める。
質のいい羊の毛を使った商品が人気だ。これで今年の冬を越すこととしよう。
雪虫がいなくなったのを悲しみつつ、住人は各々、冬の支度を始めていく。
***
暫くして、特区西警備署にある住人が訪ねてきた。遺失物係への依頼は『雪虫を探してほしい』。
住人は署員にマフラーを差し出した。上等な羊の毛で編まれた白いマフラーの中に交ざる細い手足――それは、消えた蟲たちの手足。
開店した防寒具の店で売られているものは本物の羊の毛を使ったものではなかった。集まった雪虫は捕えられ、羊の毛の代わりとして利用されたのである。
冬の風物詩をそんな使い方するなんて……、住人は怒りを隠せなかった。
***
しかし、特区のモンスターを狩っただけでは、警備署が身柄を確保することは難しい。
警備署が額を寄せ集めているなか、立ち上がったのは特区の住人たちである。
直し屋が中心となり、マフラーにされた蟲の手足を集め、ひとつひとつ雪虫へと再生していく。できる限りの修理を施された雪虫の大群は、直し屋の窓からメインストリートへと向けて飛び立っていった。
***
小さな存在だった雪虫たちはいまや大きな復讐者となった。
雪虫の形を成した群れは、その大きな手足で商人を捕え、身体の中へと飲み込んでいく。無数の蟲の中で肉が引きちぎられ、血がまき散り、あっという間に黒い影に纏わりつかれて見えなくなった。
雪が降る。
商人の身体は食い散らかされ、死体は雪が積もってやがて見えなくなっていく。
雪虫はいつの間にか姿を消していた。
カーテンを開けると粉雪がちらちらと降り始めていた。今年は寒さが来るのが早い。まだ冬支度もしていないのに……、と苦笑しながら最低限の防寒をして玄関を出ると、それが雪ではないことに気が付く。
「あら、雪じゃないわ」
それはそうか、と納得する。確かに寒さは強くなっているが、まだ雪が降るまでのひと行事を済ませていない。
粉雪だと思ったものを掬うと、指の中で白い小さな羽を付けた蟲が細かく動き回っている。
特区の初冬に雪虫がやって来たのだった。
雪に似たその蟲は雪が降る前触れ。本格的な冬が来る前に大量に現れては雪が降る前にどこかに消えていくのである。
雪虫は様々な姿をして人を楽しませる。去年は巨大なリースを作り特区のメインストリ―トを大いに賑わせた。今年はどんなパフォーマンスを見せてくれるのだろうか。
***
無数の虫の出し物は羊の大群を模した行進だった。街を闊歩する羊――もとい雪虫を愛でる特区の住人たち。白いふわふわの感触と愛らしい羊の仕草は子供から怪異まで様々なものを引き寄せ楽しませる。
ところが、翌日、羊どころか雪虫が忽然と姿を消してしまう。
前代未聞の事だった。冬の最中、すべての期間に雪虫がいるわけではない。しかし、雪が降る前にいなくなることは今までなかったのである。
生態系が変わったのだろうか。心配する住人だったが、それが理由ならば無理やりに彼らを戻すことはできないだろう。
雪虫がいなくなって数日。寒さが強くなり、ここぞとばかりに、防寒具用品を売る個人商店が特区内に開店し始める。
質のいい羊の毛を使った商品が人気だ。これで今年の冬を越すこととしよう。
雪虫がいなくなったのを悲しみつつ、住人は各々、冬の支度を始めていく。
***
暫くして、特区西警備署にある住人が訪ねてきた。遺失物係への依頼は『雪虫を探してほしい』。
住人は署員にマフラーを差し出した。上等な羊の毛で編まれた白いマフラーの中に交ざる細い手足――それは、消えた蟲たちの手足。
開店した防寒具の店で売られているものは本物の羊の毛を使ったものではなかった。集まった雪虫は捕えられ、羊の毛の代わりとして利用されたのである。
冬の風物詩をそんな使い方するなんて……、住人は怒りを隠せなかった。
***
しかし、特区のモンスターを狩っただけでは、警備署が身柄を確保することは難しい。
警備署が額を寄せ集めているなか、立ち上がったのは特区の住人たちである。
直し屋が中心となり、マフラーにされた蟲の手足を集め、ひとつひとつ雪虫へと再生していく。できる限りの修理を施された雪虫の大群は、直し屋の窓からメインストリートへと向けて飛び立っていった。
***
小さな存在だった雪虫たちはいまや大きな復讐者となった。
雪虫の形を成した群れは、その大きな手足で商人を捕え、身体の中へと飲み込んでいく。無数の蟲の中で肉が引きちぎられ、血がまき散り、あっという間に黒い影に纏わりつかれて見えなくなった。
雪が降る。
商人の身体は食い散らかされ、死体は雪が積もってやがて見えなくなっていく。
雪虫はいつの間にか姿を消していた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる