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一
徒歩、自転車、スケートボード、バイク、人力車、自家用車、朧車、火車、バス、電車……、特区には多種多様な移動手段がある。広くはない特区だが、目的の場所に行き着くには交通手段を駆使する必要がある。
***
電車のレールと並んで客待ちをしていると、若い女がきょろきょろとあたりを見渡しながら歩いてきた。レールとタクシーを交互に見やり、タクシーの運転手に声をかける。
「電車のレール十本分だけ行きたいんだけど」
「あと十分待てば、電車、きますけれども」
動く距離は同じだが、電車とタクシーではかかる時間が全く違う。十分違い早くで出発したとして、タクシーで同じ時刻ないし、早い時刻に辿り着けるだろうか。
電車で間に合わなかったら嫌だから乗せて欲しい、と女が言った。
「とりあえず、行ってはみるけど、間に合わなくても文句なしにしてね」
女に念を押して車を発射させる。
レール十本分の距離と言っても、真っすぐの線を走る電車と比べて、タクシーはくねくねと道路を走る。抜け道を通って早く到着することもあるのだが、今日の道は少し混んでいる。
女は不安そうだったが、次第に諦めた顔になっていった。
「申し訳ないけど間に合いそうにないから」
「そうですか」
落胆する。
「ちょっと下を通ってもいいかな?」
女ががっくりと肩を落としている様子が哀れだったのと、間に合わないのも癪だった。
特区のタクシーは高いだけで使い物にならないと言われているのも知っている。
角を数回まがり坂道に差し掛かった。
「息止めててね。蟲がでるから」
鉄の塊は急こう配を走り下がりながら、そのまま柔らかい土に突っ込んだ。
地面の下には音を感知する虫がうようよといる。タクシーの排気音は消していたが、人間の呼吸は止めることができない。蟲に気が付かれないように、息をひそめてどうにか目的地の近くに停車する。
タクシーは泥塗れだったが、女の要望通りの時間には目的地に着くことができた。
二
別の日。
西の日の入りまで、という薄いく間延びした影がタクシーを止めた。
もう十七時を過ぎている。夏と言え、日の入りに間に合うかどうか。
「空を飛んでも?」
「間に合うならば」
空を走るルートには運悪く蚊柱が数本立っていた。
「避けるんで、摑まってください」
客は何も反応しなかったが、タクシーは空中で横転旋回しながら蟲の大群を避けていく。
どうにか客の言う場所に間に合うことができた。
「間に合ったのは初めてだわ」
運転手さん、お上手だわね。
代金を貰おうと振り返ると影はいなくなっていた。
陽が沈み、月が夜の空に輝いている。
徒歩、自転車、スケートボード、バイク、人力車、自家用車、朧車、火車、バス、電車……、特区には多種多様な移動手段がある。広くはない特区だが、目的の場所に行き着くには交通手段を駆使する必要がある。
***
電車のレールと並んで客待ちをしていると、若い女がきょろきょろとあたりを見渡しながら歩いてきた。レールとタクシーを交互に見やり、タクシーの運転手に声をかける。
「電車のレール十本分だけ行きたいんだけど」
「あと十分待てば、電車、きますけれども」
動く距離は同じだが、電車とタクシーではかかる時間が全く違う。十分違い早くで出発したとして、タクシーで同じ時刻ないし、早い時刻に辿り着けるだろうか。
電車で間に合わなかったら嫌だから乗せて欲しい、と女が言った。
「とりあえず、行ってはみるけど、間に合わなくても文句なしにしてね」
女に念を押して車を発射させる。
レール十本分の距離と言っても、真っすぐの線を走る電車と比べて、タクシーはくねくねと道路を走る。抜け道を通って早く到着することもあるのだが、今日の道は少し混んでいる。
女は不安そうだったが、次第に諦めた顔になっていった。
「申し訳ないけど間に合いそうにないから」
「そうですか」
落胆する。
「ちょっと下を通ってもいいかな?」
女ががっくりと肩を落としている様子が哀れだったのと、間に合わないのも癪だった。
特区のタクシーは高いだけで使い物にならないと言われているのも知っている。
角を数回まがり坂道に差し掛かった。
「息止めててね。蟲がでるから」
鉄の塊は急こう配を走り下がりながら、そのまま柔らかい土に突っ込んだ。
地面の下には音を感知する虫がうようよといる。タクシーの排気音は消していたが、人間の呼吸は止めることができない。蟲に気が付かれないように、息をひそめてどうにか目的地の近くに停車する。
タクシーは泥塗れだったが、女の要望通りの時間には目的地に着くことができた。
二
別の日。
西の日の入りまで、という薄いく間延びした影がタクシーを止めた。
もう十七時を過ぎている。夏と言え、日の入りに間に合うかどうか。
「空を飛んでも?」
「間に合うならば」
空を走るルートには運悪く蚊柱が数本立っていた。
「避けるんで、摑まってください」
客は何も反応しなかったが、タクシーは空中で横転旋回しながら蟲の大群を避けていく。
どうにか客の言う場所に間に合うことができた。
「間に合ったのは初めてだわ」
運転手さん、お上手だわね。
代金を貰おうと振り返ると影はいなくなっていた。
陽が沈み、月が夜の空に輝いている。
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