上 下
36 / 77

029.cool

しおりを挟む
 一

 徒歩、自転車、スケートボード、バイク、人力車、自家用車、朧車、火車、バス、電車……、特区には多種多様な移動手段がある。広くはない特区だが、目的の場所に行き着くには交通手段を駆使する必要がある。

***

 電車のレールと並んで客待ちをしていると、若い女がきょろきょろとあたりを見渡しながら歩いてきた。レールとタクシーを交互に見やり、タクシーの運転手に声をかける。

「電車のレール十本分だけ行きたいんだけど」

「あと十分待てば、電車、きますけれども」

 動く距離は同じだが、電車とタクシーではかかる時間が全く違う。十分違い早くで出発したとして、タクシーで同じ時刻ないし、早い時刻に辿り着けるだろうか。

 電車で間に合わなかったら嫌だから乗せて欲しい、と女が言った。

「とりあえず、行ってはみるけど、間に合わなくても文句なしにしてね」

 女に念を押して車を発射させる。

 レール十本分の距離と言っても、真っすぐの線を走る電車と比べて、タクシーはくねくねと道路を走る。抜け道を通って早く到着することもあるのだが、今日の道は少し混んでいる。

 女は不安そうだったが、次第に諦めた顔になっていった。

「申し訳ないけど間に合いそうにないから」

「そうですか」

 落胆する。

「ちょっと下を通ってもいいかな?」

 女ががっくりと肩を落としている様子が哀れだったのと、間に合わないのも癪だった。

 特区のタクシーは高いだけで使い物にならないと言われているのも知っている。

 角を数回まがり坂道に差し掛かった。

「息止めててね。蟲がでるから」

 鉄の塊は急こう配を走り下がりながら、そのまま柔らかい土に突っ込んだ。

 地面の下には音を感知する虫がうようよといる。タクシーの排気音は消していたが、人間の呼吸は止めることができない。蟲に気が付かれないように、息をひそめてどうにか目的地の近くに停車する。

 タクシーは泥塗れだったが、女の要望通りの時間には目的地に着くことができた。

 二

 別の日。

 西の日の入りまで、という薄いく間延びした影がタクシーを止めた。

 もう十七時を過ぎている。夏と言え、日の入りに間に合うかどうか。

「空を飛んでも?」

「間に合うならば」

 空を走るルートには運悪く蚊柱が数本立っていた。

「避けるんで、摑まってください」

 客は何も反応しなかったが、タクシーは空中で横転旋回しながら蟲の大群を避けていく。

 どうにか客の言う場所に間に合うことができた。

「間に合ったのは初めてだわ」

 運転手さん、お上手だわね。

 代金を貰おうと振り返ると影はいなくなっていた。

 陽が沈み、月が夜の空に輝いている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。

イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。 きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。 そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……? ※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。 ※他サイトにも掲載しています。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

先生と生徒のいかがわしいシリーズ

夏緒
恋愛
①先生とイケナイ授業、する?  保健室の先生と男子生徒です。 ②生徒会長さまの思惑  生徒会長と新任女性教師です。 ③悪い先生だな、あんた  体育教師と男子生徒です。これはBLです。 どんな理由があろうが学校でいかがわしいことをしてはいけませんよ〜! これ全部、やったらダメですからねっ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...