幻想百題

かわかみに

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027. 歌

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 物心ついた時から一人だった。覚えているのはへたくそなこもりうた。いつしか聞こえなくなったその歌は誰が歌っていたのだろう。

 自分が歌う歌もその記憶のこもりうたに似て下手くそな歌だった。どこが下手なのか説明できないが自分の喉から発せられる音色は壊滅的だった。

 それでも歌はいい。特区に住んでいると遭遇する悲惨な状況を忘れさせてくれるから。

 特区は嫌いじゃない。それでも、好きと言うだけでは生活していくことはできない。保護をする大人のいない子供がここで生きていくのは難しい。男であれば反自治勢力の下で窃盗や万引きみたいな軽犯罪の実行犯にさせられ、薬漬けにされて売らされたりする。もちろん、女は売春だ。 この年まで五体満足なのは運が良かった。それだけだ。

 その日も路地を歩いていた。ぐちゃぐちゃの路地。数年前の怪物の襲撃でその一帯は壊滅状態だった。今もその仲間と思われる似たような化け物がうろうろと徘徊しているし、そのためか犯罪が絶えない。

 頼まれた清掃の仕事まで時間があった。適当な路地で時間を潰すことにした。口寂しく、やはり歌を口ずさむ。相変わらず下手な歌だった。

 だから、よお、と声をかけられた時、心臓が止まった。

 声がした方、上方を向くとアパートの二階とも言えない空間に人がいた。目つきの悪い黒髪の少年がニヤニヤと笑っている。

「聞いてたの⁉」

 恥ずかしかった。下手くそなのがわかっていたから。誰か聞いていたなら歌わなかったのに。

「勝手に聞くなんてひどい!」

「悪いな、上手だったからさ」

 少年が身軽に下りてきた。同じくらいの年齢だった。

「お前、歌が上手いな」

「え?」

「顔も悪くない」

「は?」

「身長は――そのうち、伸びるだろ」

「何の話を」

 じろじろと品定めをされるように距離を詰められ、壁際に追いやられた。

「お前、今日から俺のボーカルな」

 ***

 今まで、自分の歌声に特別な力があると知らなかったのはなぜだろう。恥ずべき歌と小さな声で歌っていたからだろうか。

 それとも、この特別な力はニカとの特訓で自分の中に眠っていた表現力が目覚めたからだろうか。

「思い当たる節はある」

 見たこともないほど汗だくでニカが座り込んでいる。晴臣を見上げて、お前は五体満足だな、と言った。

「それはそうだけど、何か関係がある?」

「僕たちが生まれてからの特区を生き抜いてきた孤児で、しかも東の端っこで、食うに困らずに五体満足で生き抜いた子供が何人いると思いですか?」

 汗こそかいていないが疲労がにじみ出ている。しかも、人間の子供が、とマナブが付け足した。

「晴臣と一緒に寝ている時、俺は怪物に襲われたことがない」

 おそらく、とニカが晴臣に語り掛ける。

「おそらく、お前には何かある。それが何かはわからねーけど、それが今日のライブで暴発したのは確かだ」

 メンバーを五人揃えての初めてのライブで晴臣は歌った。小さなライブハウスだったが、盛況でここまで興奮したのは初めてだ。歌った。力の限り。異変が生じたのはステージ上だ。

 まず、マナブに向かって怪異が突っ込んできた。彼でなければもっと被害は甚大だったはずだ。動揺しながらその怪異を叩き落としたその後ろで、今度はくろーに小さな化け物の群れが突っ込んでくる。同時にモーリスの下から肉食獣が現れ彼を襲う。その二つのハプニングをどう回避したかわからない。

「あっぶねえ」

 そう叫んだニカがドラムスティック先に得体のしれない円盤が浮きニカに向かって光線を吐く、そこにスティックが突き刺さった。

 もちろんライブハウスは出禁である。

「……今までなかったわけじゃない」

 モーリスが敗れたジャケットを放り捨てて続けた。

「練習中も思い当たる節があった」

 晴臣が歌った時だけに生じるその周囲への干渉。その干渉は晴臣を中心に渦のように伝わって、やがて周囲を巻き込んでいく。晴臣の背後でキーボードを弾いていたモーリスだけが気が付いていた兆候である。

「おそらく、その渦が今日の不幸の正体だろうな」

 原因突き止めるかぁ、とニカがため息をつく。

「俺、ボーカル首にならないの?」

 ここまでの事故を引き起こしたのだから残念ながらバンドは解散になるのかと晴臣は考えていた。

「お前は俺のボーカル。他にいかせるわけないだろ」

 くろーが頷く。

 かくして、壊滅系バンド結成となったわけである。

 物心ついた時から一人だった。覚えているのはへたくそなこもりうた。いつしか聞こえなくなったその歌は誰が歌っていたのだろう。

 自分が歌う歌もその記憶のこもりうたに似て下手くそな歌だった。どこが下手なのか説明できないが自分の喉から発せられる音色は壊滅的だった。

 それでも歌はいい。特区に住んでいると遭遇する悲惨な状況を忘れさせてくれるから。

 特区は嫌いじゃない。それでも、好きと言うだけでは生活していくことはできない。保護をする大人のいない子供がここで生きていくのは難しい。男であれば反自治勢力の下で窃盗や万引きみたいな軽犯罪の実行犯にさせられ、薬漬けにされて売らされたりする。もちろん、女は売春だ。 この年まで五体満足なのは運が良かった。それだけだ。

 その日も路地を歩いていた。ぐちゃぐちゃの路地。数年前の怪物の襲撃でその一帯は壊滅状態だった。今もその仲間と思われる似たような化け物がうろうろと徘徊しているし、そのためか犯罪が絶えない。

 頼まれた清掃の仕事まで時間があった。適当な路地で時間を潰すことにした。口寂しく、やはり歌を口ずさむ。相変わらず下手な歌だった。

 だから、よお、と声をかけられた時、心臓が止まった。

 声がした方、上方を向くとアパートの二階とも言えない空間に人がいた。目つきの悪い黒髪の少年がニヤニヤと笑っている。

「聞いてたの⁉」

 恥ずかしかった。下手くそなのがわかっていたから。誰か聞いていたなら歌わなかったのに。

「勝手に聞くなんてひどい!」

「悪いな、上手だったからさ」

 少年が身軽に下りてきた。同じくらいの年齢だった。

「お前、歌が上手いな」

「え?」

「顔も悪くない」

「は?」

「身長は――そのうち、伸びるだろ」

「何の話を」

 じろじろと品定めをされるように距離を詰められ、壁際に追いやられた。

「お前、今日から俺のボーカルな」

 ***

 今まで、自分の歌声に特別な力があると知らなかったのはなぜだろう。恥ずべき歌と小さな声で歌っていたからだろうか。

 それとも、この特別な力はニカとの特訓で自分の中に眠っていた表現力が目覚めたからだろうか。

「思い当たる節はある」

 見たこともないほど汗だくでニカが座り込んでいる。晴臣を見上げて、お前は五体満足だな、と言った。

「それはそうだけど、何か関係がある?」

「僕たちが生まれてからの特区を生き抜いてきた孤児で、しかも東の端っこで、食うに困らずに五体満足で生き抜いた子供が何人いると思いですか?」

 汗こそかいていないが疲労がにじみ出ている。しかも、人間の子供が、とマナブが付け足した。

「晴臣と一緒に寝ている時、俺は怪物に襲われたことがない」

 おそらく、とニカが晴臣に語り掛ける。

「おそらく、お前には何かある。それが何かはわからねーけど、それが今日のライブで暴発したのは確かだ」

 メンバーを五人揃えての初めてのライブで晴臣は歌った。小さなライブハウスだったが、盛況でここまで興奮したのは初めてだ。歌った。力の限り。異変が生じたのはステージ上だ。

 まず、マナブに向かって怪異が突っ込んできた。彼でなければもっと被害は甚大だったはずだ。動揺しながらその怪異を叩き落としたその後ろで、今度はくろーに小さな化け物の群れが突っ込んでくる。同時にモーリスの下から肉食獣が現れ彼を襲う。その二つのハプニングをどう回避したかわからない。

「あっぶねえ」

 そう叫んだニカがドラムスティック先に得体のしれない円盤が浮きニカに向かって光線を吐く、そこにスティックが突き刺さった。

 もちろんライブハウスは出禁である。

「……今までなかったわけじゃない」

 モーリスが敗れたジャケットを放り捨てて続けた。

「練習中も思い当たる節があった」

 晴臣が歌った時だけに生じるその周囲への干渉。その干渉は晴臣を中心に渦のように伝わって、やがて周囲を巻き込んでいく。晴臣の背後でキーボードを弾いていたモーリスだけが気が付いていた兆候である。

「おそらく、その渦が今日の不幸の正体だろうな」

 原因突き止めるかぁ、とニカがため息をつく。

「俺、ボーカル首にならないの?」

 ここまでの事故を引き起こしたのだから残念ながらバンドは解散になるのかと晴臣は考えていた。

「お前は俺のボーカル。他にいかせるわけないだろ」

 くろーが頷く。

 かくして、壊滅系バンド結成となったわけである。

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