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第2章 饗宴編

エンカウントⅡ

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 ~芦屋~

 開始の合図のアナウンスを皮切りに、静かに構える。目の前には一人の坊主頭、どうみてもDクラスの一員ではない。丁度相手の前にとばされたみたいだ。

「えっと、Dクラスの芦屋 道行です」
「私は、Bクラスの三川 蒼だ!よろしく!早速正々堂々闘おうじゃないか!いくぞ!」

 そういって蒼は手から水弾をとばしてくる。それを地面からせり立たせた柱で防ぎながら、芦屋は考える。

 (相手は水の能力か。となると接近戦は攻撃のバリエーションが多い相手の方が有利になるな。それに僕としても戦闘スタイル的に近接は避けたいな。ここは遠距離から……………!)

 芦屋は手を地面に当て、周囲の地面を操作して戦うスタイルだ。なので、相手が目の前にいるととても戦いづらい。
 地面に手をおき、地面から細い石柱を何本か出して相手に突っ込ませるようにのばす。蒼は石柱を全て氷の壁で受け止める。だが、その氷に少しずつ小さなひびが広がっていく。

 (よし!このまま押し切っ───

 その時。
 火球が数発とんできた。

 芦屋はとっさの判断で後ろに転がる。火球は右から左へとんでいき、建物にぶつかって爆発した。

「…………な、何だ今の…………!」
「ほお、これをかわしたか」

 手が地面から放れたことで石柱が砕けて崩れ去る。その先には小さく笑う蒼の姿があった。

 (………どういう事?明らかに別の方向から別の能力がとんできた。一体…………)

「ずいぶんと驚いているようだな!仕方ない。折角だから教えてやろう!」

 蒼は、今度はフンとふんぞり返って大きく叫ぶ。


「私は、3のだ!」


「………………え」

 有り得ない───芦屋は真っ先にそう思った。
 人間の持つ能力は原則1種類と教科書にも載っている。極稀に2種類の能力を持つレアな人間がいるようだと聞いたことはあるが、3種類なんて人は聞いたことがない。もしそれが事実なら、それをマスコミが黙っておらず、瞬く間に国際的なニュースとなって世界中を震撼させているだろう。
 そんな驚愕の事実を突き付けられて当惑している芦屋をよそに、三川蒼は語り続ける。

「先程の攻撃も氷の壁の横から火球を回り込ませてもらった!ふふふ、次はどう出るかな?」

 芦屋はこの言葉を皮切りに、思考を切り替える。

 (とりあえず、相手が能力を三つ使えるとしよう。だとすると、相手は水、火とあと一つ使えるはず。一撃目で、相手に雷があったなら氷を撃ち出すより雷撃を放った方が明らかに速い。だから雷は無し。あとは……………どうしよう、土と風の2択から絞れない!)
「どうした?来ないのなら…………」
「!?」

 思考の渦の中にいた芦屋を、蒼の声が引っぱり出す。

「こちらから行くぞ!」

 蒼は氷を撃ち出す。芦屋は、火球に回り込まれる危険を考えて土壁を作らずに横に走ってかわす。

「チッ!ならこれならどうだ!」

 蒼は放射状に大きく広がった大きな氷塊をとばしてくる。

「くっ…………!」

 さすがにこれはよけきれないと判断した芦屋は、地面に手を当てて壁を作る。氷塊は壁に衝突して動きを止めた。だが───

「まだまだだ!」

 右側から先程の火球とは違い、火炎放射のような形で炎が飛んできた。

 (…………………?)

 芦屋は僅かな違和感を覚えたが、そんなことにかまっている場合ではない。芦屋はもう片方の手を地面に当て、右側にも土壁を作る。土壁は火炎を受けて熱を帯び始める。芦屋は何とか二手からの攻撃に耐える、だが

「まだだぞ!」

 今度はとんできた。芦屋がすでに手一杯であったことと速度が全能力最速である雷であったことから、反応が追いつかなかった。

「な……………!?」

 雷撃はそのまま芦屋に直撃し、芦屋は自分が右側に作った土壁にぶつかる。

「がァ…………………っ!?」

 (どうなってるんだ?あんな高威力の能力を同時に3種類、しかも3方向から放ってくるなんて!あれじゃすぐに生命力がなくなるはず…………!)

「ハッハッハー!どうだ!このまま押し切ってやる!」
 (………まずい。このままじゃ…………)

 動揺する芦屋に向け、一直線に雷撃がとんでくる。


 ───そう、である。


 (……………!?まさか、そんな………)
 もうだめだ。そう思って目を瞑ってしまう。
 ───だが
 何かにぶつかる音はしたものの、芦屋に当たった衝撃はない。それどころか、右側の土壁にあった火炎による熱が無くなっている。


「誠に申し訳ない。僭越ながら助太刀させてもらった」
「こちらからも詫びさせてもらおう。これも私の仁義を通すためだ」


 固く瞑った目をそろっと開けると、目の前にポニーテールの女の子とがたいの良い男がいて、二人で丁度、土壁ごと氷を粉砕したところだった。

「…………あ、あなた達は確か…………」
「Cクラスの松原 楓と申す」
「リチャード・ケリー、Aクラスだ」
「申し訳ないと思いながらも、汝等の戦いは拝見させてもらった。汝とはよい勝負が出来そうだが、それよりもやるべき事が出来たのでな」
「…………松原 楓と言ったか、お主ともなかなか気が合いそうだな。それにしても許せん…………」

 楓は左に、ケリーは右に向かって───。


「「13」」


 楓は風の刃を、ケリーは雷撃を放った。
 左右共に何かに当たり土煙が舞う。そしてそれぞれの中から1人ずつ飛び出して蒼の両側に着地した。

「ふふふ、気づかれてしまっては仕方ない!教えてやろう!」

 3人が揃って立ち上がる。
 みんなそろって同じ顔、同じ体格、そして同じ坊主頭だった。

「長男、水の三川 蒼!」
「次男、火の三川 紅!」
「三男、雷の三川 黄!」


「「「三人揃って、三川3兄弟だ!」」」


「「………………………」」
「「「ふふふ……………驚きのあまり声も出ないか。無理もない!」」」

 (兄弟というより………………複製?そんなことはいいや)

 芦屋はいろいろ言っている3兄弟を無視してじっくりとこれまでの戦況を振り返る。今思い返せば違和感のある点はいくつかあった。まず『三川蒼が氷の能力を出すところしか見ていないこと』、それと『炎が必ず右側からしか飛んで来なかったとこ』だ。三川蒼が氷の能力を放出しているところは直に見ているが、自分作った壁や大きな氷に遮られて、三川蒼自身が炎の能力を放出するところを見ていない。さらに、炎は常に右側から飛んできていた。先ほどの違和感はこれらから来ていたもので、最後の雷が建物の陰から一直線に飛んできたことで、その違和感は確信となった。しかし、三人が協力していたのはさすがの芦屋も予想外だった。
 こんなことを考えている間にも会話は続いている。楓とケリーは相手を無視できない性分だったのか、一通り御託を聞き入れた上で応える。

「そんなこと、私の仁義には全く関係ない」
「その通りだ。これからやることは一切変わらん」


「「貴様等のその腐った性根を、この手で叩き直してやる!!」」
「……………………えーと」


 思わぬ仲間が出来てしまったものの、場の流れにあっさり取り残されてしまった芦屋であったが、ここに序盤で最大の激戦区が出来上がった。

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