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第1章 入門編

女子高校生だって苦悩

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「そうですね、まずはお嬢様が養子であることから話しましょう───いえ、正確に言えば捨て子ですか」

「え…………?」



 切り出した話の最初の話題が『ユリアが捨て子』である。それなりの覚悟はしていたとはいえさすがに面食らってしまう。



「で、でもゴードンさんはお嬢様って呼んでますよね…………?」

「たとえ捨て子であっても、ご主人様のお子さんであることに変わりはないですし、何より私自身が彼女のことを慕っていますので」



 ゴードンさんは少し微笑んだ後、再度表情を戻す。



「お嬢様はあなたが彼女を助けたあの森、その更に奥で倒れていました。当時はまだ5歳ほどで、服もぼろぼろでかなり衰弱していました。なので、あの屋敷に養子として匿うことにしました。当時のセントヘレナ家は日本国内で十指に入るほどの富の持ち主だったそうで、この地域の事業のとりまとめを担っていたそうです。ですが、無論そのポストをねらっていた貴族は数多いたため、セントヘレナ家は敵も多かったのです。ご主人様はかなり優秀で寛容なお方だったためその度に跳ね除けてお嬢様、ご主人様、その奥さんは平穏な暮らしをしていたのです」



「ですか、遂にある貴族からの圧迫に負け、そのポストを奪われてからは一家の状況、さらにはご主人様自身も一変してしまいました。ご主人様は仕事の一切が手付かずになり、ただ酒に溺れるのみの廃人と化したのです。それに感化されたのか、奥さんも鬱のような状態になってしまいました。そして、二人そろってお嬢様を育てることを辞めてしまったのです。しばらく親の愛を受けることのない期間がしばらく続きました。そしてお嬢様が11歳の頃に、ご主人様と奥さんはお嬢様と大きな屋敷を捨ててどこかへ、逃げるように消えてしまいました。恐らく二人は別々に行方をくらましています。今となっては生きているのかすらも不明です」



「……………………」

 言葉がでなかった。

 を経験していたから───。



「あれでもかつて十指に入る貴族の一人娘ですので、私ひとりで出来る限り目立たないように育ててきました」

「ひとりで?何人かお手伝いがいますよね?」

「従者たちはもとから仕えていた人ではなく、かつて無職で路頭に迷っていた方達。お嬢様がお屋敷に無償で部屋を与えたのです。純粋な優しさももちろんあると思いますが、もしかしたら人の温もりというものを求めていたのかもしれません。そして時が経つにつれて彼女達も自主的に家事手伝いを行うようになり、今となっては立派な従者となってセントヘレナ家を支えてくれています」

「……………」



 今の彼女はそんな事を内に秘めたまま、それでもなお陽だまりのような笑顔を家族である従者達に向けていたのだ。

 そんな事は簡単に出来ることではない。親の愛を感じることなく生きる───その辛さは自分にも覚えがあるからわかる。



「そんなことがあったお方ですから、どうか「分かってます」



 ───そして、だからこそ。

 そんな人が欲しいものは、よく分かっているつもりだった。



「ユリアとは、仲良くしていきます。心配しないで下さい」

「………………感謝します」



 そういって深く礼をした。言いたいことは間違っていなかったらしい。



「これで話は終わりです。そろそろ晩ご飯にしましょう。みなさんが待っています」

 ふと窓をみると、日はもうほとんど沈んでいた。





 ー2012.04.09ー



 入学式の次の日だが、この日から普通に授業が始まった。しかもいきなり能力実習科目がある。能力実習科目とは文字通り能力の実習を行う時間であり、相変わらず能力はからっきしの俺にとっては不安しかないのだが、ゴードンさん曰わく───。



『入学したての頃はわずかに能力について齧っている程度で毎年能力が使えない人は何人かはおります。ですので特段気にする必要はないと思いますよ?』



 とのことだが、遅くても大体2、3ヶ月で覚醒するのだそうだ。もちろん、これが異世界から来た人にも適応できる数字なのかは知る由も無いが、ゴードンさんの知人も2ヶ月くらいで使えるようになったというので希望は残されていると信じたい…………。



 今日は昨日の話もあってユリアと一緒に登校することにした。ユリアは少し俯いた感じで俺の少し後ろを歩いている。つい昨日顔を合わせたばかりなのだ、共通の話題など知る由も無いので、しばらく無言で歩いていたが、どうやらユリアの方が痺れを切らしたようだ。



「そ、そう言えば、あの後叔父様とは何か話をしていたのですか?随分とご飯に来るのが遅かったみたいですけど…………」

「え?!えと…………」



 流石に『ユリアの事について話していた』と言ってしまうのは良くないよな………などと考えていると、諦めたようにフッと小さく笑った。



「……………………ごめんなさい、ホントはうっすらと分かってました。私の昔話でもしてたんですよね?」

「…………その通りだよ。正直、ユリアにそんな過去があったなんてな」

「うん、まあ驚くのも無理無いですよね。ハハハ…………。わたし、すごく寂しがり屋なんだと思います。一人でいると、時々、また捨てられちゃったのかなーなんて思っちゃうんです───とても、怖いんです」

「……………分かるよ」

「え…………?」

「詳しくは言えないけど、俺も同じようなこと経験してるからさ、分かるんだよ。一人の時の辛さも、心の支えがどれほど大切かってことも。だから、その…………」

「?」

「俺はぽんと見捨てたりはしないから、折角一緒の屋敷に住むわけだしその…………俺に頼ってくれてもいいからな?」

「……………………………………………………ふふっ」

「な、なんだ…………そんなに可笑しかったか?」

「いえ、……………………ありがとう、ございます」



 ユリアは、小さくそう言った。少し声かふるえていたのは、たぶん気のせいだろう。どんな状況でも、自分が誰かの支えになれるというのはとても誇らしいことだ。

 この感じなら特に問題ないだろう。この話はこれで終いにして、大人しく学校に向かうことにした。

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