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第二十六話 水曜日 夕の刻 〜居残り
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「もうわしの手は限界だぞ、凌よ!」
冴鬼は泣き言をいうけれど、書写しをやってくれないと図書室にも行けない。
「がんばれ、冴鬼!」
「早く、早く!」
ぼくと橘で応援するので精一杯。
掃除当番だったのもあり、現在16時。
このままだと黄昏刻になっちゃう!
「まずいよ、冴鬼」
「とはいえ、これが終わらないと行けないではないか!」
冴鬼も必死だ。
でも今日を逃したらいけないって、ぼくの心が叫んでる……!
「ねぇ、凌くん、先に図書室に行くとかは?」
橘はもうぼくのことを名前で呼ぶと決めたよう。
ぼくは橘の提案にのりそうになるけど、少し想像してみる。
「……いや、ダメだよ。実行部隊の冴鬼がいないと、なんの作戦がいいとかもわかんないし」
冴鬼はぼくらの声が聞こえないほど、集中して書き写しをがんばってる。
ぼくは大きく深呼吸をした。
「ほら、橘も深呼吸」
「え? ……うん」
立ち上がって両腕を大きく広げて息をする。
肺いっぱいに、少しほこりっぽい教室の空気がはいってくるけど、それでも背筋はのびるし、頭もシャキッとするのがわかる。
「待とう。ぼくたちが今できることは、待つことだから」
「凌くんがそういうなら」
橘も納得したのか、すとんとイスに腰をおろした。
夏に向けての予行練習みたいに、熱量が高いひざしがささりこんでくる。
それをさえぎるカーテンの影に、冴鬼から目つぶしをくらったあの子がいる。
「コリないな、あの子……」
「なに、凌くん」
「あ、橘にいってもわかんないから」
瞬間、言葉をまちがえたことを、ぼくは理解した。
見る間に目がつりあがり、……やはりお得意の地団駄だ。
「いってみなさいよっ!」
「あーもう……わかったから!……そこのカーテンのうしろに、いるんだ」
「いるって?」
「中学生ぐらいの子がね、こっちをみてるの」
「ふぅーん」
橘はきょろきょろとカーテンをながめ、ついには立ち上がり、ずんずん近づいていく。
「ここ?」
「いや、もう少しうしろかな」
「へぇ」
くるりとこちらをむいた橘は笑顔だ。
「やっぱ、すごいね、凌くん」
そんな言葉がかえってくることは思わず、目が点になってしまう。
目つぶしの子はぼくをみてクスクス笑ってるけど、そこは我慢しよう。
「ぼくが嘘をついてるとか思わないの?」
「あたし、本当のこといってるか、嘘ついてるかわかるんだよね、昔から」
勘のするどさはこれか……
ぼくは納得するけど、そんな直感的なもので物事を判断しているなんて、言葉がでません。
「ね、今、ここにいる子はどんな感じ?」
「え? あ、ぼくみて笑ってる」
「こわっ!」
「ちがうちがう。ニヤニヤとかじゃなくて、小馬鹿にしてるかんじ」
伝えたとたん、彼女の右ストレートがカーテンへ飛んだ。
のけぞる目つぶしくん。
まさかこんなにカワイイ子がいきなり暴力をふるうとは思っていなかったんだろう。
ぼくも、そうだ。
「凌くんを笑うヤツは、殴る!」
「橘、物騒だしっ」
「でもあたしは見えないし!」
またビュンと右腕がのびていく。
そのたびに目つぶしくんは、すばやくよけるけど、目は怯えきってる……!
橘をみて、ぼくをみた。
なぜか首を横にふる目つぶしくん。
たぶん、「こいつは、ヤバい」そんな感じだろうか。
カーテンが大きくなびき、ひいたとき、もう彼は消えていた。
「橘、いっちゃったみたい」
「そ。あたしでも凌くんのこと、守れたりする?」
「なんで?」
「だって、ちょー怖がりじゃん」
確かにそうだ。
ぼくは怖がりを克服できてはいない。
昨日の夜の公園だって、冴鬼がいてくれたからできたことだし、今だってみんながいたから怖くなかった。
「……ごめん、橘」
イスに座りなおすと、橘がぼくのとなりに立って、腰に手をあてた。
「凌くん、作業分担、ってしってる?」
「しってる」
「それは言葉がわかってるっていうの。ね、できる人ができることをするって当たり前じゃない? 凌くんは見えないものが見えるから、あたしたちを守ることができるでしょ? あたしは見えないから凌くんを守ることができる。これって作業分担じゃない? もうさ、おんなじ隊員なんだし、そこらへん、遠慮しないでやろ? うちはユリちゃんとあたしで得意がちがうから、ちゃんと作業分担してるよ?」
女子って、大人だ。
橘のいっていることは、ごもっともすぎる!
ぼくは、
<自分にできること>
<自分にしかできないこと>
<相手にできること>
<相手にしかできないこと>
それをもっと注意深くみていかなきゃいけないのかも。
……でも橘先輩と作業分担って、なんなんだろ。
「わかった。橘に頼れるところは、頼らせてもらう」
「それでよし!」
橘の笑顔は人を元気にしてくれる。
底抜けに明るい空気がぼくを包む。
「ね、先輩と作業分担って、どんなことしてるの?」
「んー……」
「あ、ごめん、プライベートすぎた」
あわてたぼくに、橘は笑う。
「いや、いっか、凌くんなら」
橘はそっとスカートをなでてイスに座った。
「うち、家のこと、あたしとユリちゃんでしてるの。パパは建築デザイナーで世界中まわってて、ママはブティック経営してるから家にいるのは夜中ぐらい。コンビニ弁当も飽きたし、家政婦さんがご飯を作ってくれたりもしたけど、それもなんかで……だから料理するようになって。どっちかっていうと、あたしのほうが料理できるから料理はあたし。で、ユリちゃんが洗濯係。掃除は2人で。やってみたら結構大変だったけど、今じゃフツーな感じ」
だから料理は得意なの! 橘は笑顔でいうけど、昨日の帰り際、ちょっと目を伏せた理由がわかった気がする。
「じゃ、日曜日のカレー、めっちゃ楽しみにしてる」
「まかせといて!」
「カレー! 今日のカレーは本当においしかったなぁ! わしも楽しみだっ!」
「「冴鬼は宿題!!」」
声がかぶってしまい、つい笑ってしまう。
……このカレーのためにも、絶対に呪いはとかなきゃいけない。
兄のタイムリミットは、もうすぐそこだ───
冴鬼は泣き言をいうけれど、書写しをやってくれないと図書室にも行けない。
「がんばれ、冴鬼!」
「早く、早く!」
ぼくと橘で応援するので精一杯。
掃除当番だったのもあり、現在16時。
このままだと黄昏刻になっちゃう!
「まずいよ、冴鬼」
「とはいえ、これが終わらないと行けないではないか!」
冴鬼も必死だ。
でも今日を逃したらいけないって、ぼくの心が叫んでる……!
「ねぇ、凌くん、先に図書室に行くとかは?」
橘はもうぼくのことを名前で呼ぶと決めたよう。
ぼくは橘の提案にのりそうになるけど、少し想像してみる。
「……いや、ダメだよ。実行部隊の冴鬼がいないと、なんの作戦がいいとかもわかんないし」
冴鬼はぼくらの声が聞こえないほど、集中して書き写しをがんばってる。
ぼくは大きく深呼吸をした。
「ほら、橘も深呼吸」
「え? ……うん」
立ち上がって両腕を大きく広げて息をする。
肺いっぱいに、少しほこりっぽい教室の空気がはいってくるけど、それでも背筋はのびるし、頭もシャキッとするのがわかる。
「待とう。ぼくたちが今できることは、待つことだから」
「凌くんがそういうなら」
橘も納得したのか、すとんとイスに腰をおろした。
夏に向けての予行練習みたいに、熱量が高いひざしがささりこんでくる。
それをさえぎるカーテンの影に、冴鬼から目つぶしをくらったあの子がいる。
「コリないな、あの子……」
「なに、凌くん」
「あ、橘にいってもわかんないから」
瞬間、言葉をまちがえたことを、ぼくは理解した。
見る間に目がつりあがり、……やはりお得意の地団駄だ。
「いってみなさいよっ!」
「あーもう……わかったから!……そこのカーテンのうしろに、いるんだ」
「いるって?」
「中学生ぐらいの子がね、こっちをみてるの」
「ふぅーん」
橘はきょろきょろとカーテンをながめ、ついには立ち上がり、ずんずん近づいていく。
「ここ?」
「いや、もう少しうしろかな」
「へぇ」
くるりとこちらをむいた橘は笑顔だ。
「やっぱ、すごいね、凌くん」
そんな言葉がかえってくることは思わず、目が点になってしまう。
目つぶしの子はぼくをみてクスクス笑ってるけど、そこは我慢しよう。
「ぼくが嘘をついてるとか思わないの?」
「あたし、本当のこといってるか、嘘ついてるかわかるんだよね、昔から」
勘のするどさはこれか……
ぼくは納得するけど、そんな直感的なもので物事を判断しているなんて、言葉がでません。
「ね、今、ここにいる子はどんな感じ?」
「え? あ、ぼくみて笑ってる」
「こわっ!」
「ちがうちがう。ニヤニヤとかじゃなくて、小馬鹿にしてるかんじ」
伝えたとたん、彼女の右ストレートがカーテンへ飛んだ。
のけぞる目つぶしくん。
まさかこんなにカワイイ子がいきなり暴力をふるうとは思っていなかったんだろう。
ぼくも、そうだ。
「凌くんを笑うヤツは、殴る!」
「橘、物騒だしっ」
「でもあたしは見えないし!」
またビュンと右腕がのびていく。
そのたびに目つぶしくんは、すばやくよけるけど、目は怯えきってる……!
橘をみて、ぼくをみた。
なぜか首を横にふる目つぶしくん。
たぶん、「こいつは、ヤバい」そんな感じだろうか。
カーテンが大きくなびき、ひいたとき、もう彼は消えていた。
「橘、いっちゃったみたい」
「そ。あたしでも凌くんのこと、守れたりする?」
「なんで?」
「だって、ちょー怖がりじゃん」
確かにそうだ。
ぼくは怖がりを克服できてはいない。
昨日の夜の公園だって、冴鬼がいてくれたからできたことだし、今だってみんながいたから怖くなかった。
「……ごめん、橘」
イスに座りなおすと、橘がぼくのとなりに立って、腰に手をあてた。
「凌くん、作業分担、ってしってる?」
「しってる」
「それは言葉がわかってるっていうの。ね、できる人ができることをするって当たり前じゃない? 凌くんは見えないものが見えるから、あたしたちを守ることができるでしょ? あたしは見えないから凌くんを守ることができる。これって作業分担じゃない? もうさ、おんなじ隊員なんだし、そこらへん、遠慮しないでやろ? うちはユリちゃんとあたしで得意がちがうから、ちゃんと作業分担してるよ?」
女子って、大人だ。
橘のいっていることは、ごもっともすぎる!
ぼくは、
<自分にできること>
<自分にしかできないこと>
<相手にできること>
<相手にしかできないこと>
それをもっと注意深くみていかなきゃいけないのかも。
……でも橘先輩と作業分担って、なんなんだろ。
「わかった。橘に頼れるところは、頼らせてもらう」
「それでよし!」
橘の笑顔は人を元気にしてくれる。
底抜けに明るい空気がぼくを包む。
「ね、先輩と作業分担って、どんなことしてるの?」
「んー……」
「あ、ごめん、プライベートすぎた」
あわてたぼくに、橘は笑う。
「いや、いっか、凌くんなら」
橘はそっとスカートをなでてイスに座った。
「うち、家のこと、あたしとユリちゃんでしてるの。パパは建築デザイナーで世界中まわってて、ママはブティック経営してるから家にいるのは夜中ぐらい。コンビニ弁当も飽きたし、家政婦さんがご飯を作ってくれたりもしたけど、それもなんかで……だから料理するようになって。どっちかっていうと、あたしのほうが料理できるから料理はあたし。で、ユリちゃんが洗濯係。掃除は2人で。やってみたら結構大変だったけど、今じゃフツーな感じ」
だから料理は得意なの! 橘は笑顔でいうけど、昨日の帰り際、ちょっと目を伏せた理由がわかった気がする。
「じゃ、日曜日のカレー、めっちゃ楽しみにしてる」
「まかせといて!」
「カレー! 今日のカレーは本当においしかったなぁ! わしも楽しみだっ!」
「「冴鬼は宿題!!」」
声がかぶってしまい、つい笑ってしまう。
……このカレーのためにも、絶対に呪いはとかなきゃいけない。
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