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第二話 ぼくのこと
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ぼくは昔から霊感がある。
しかも、かなり強い。
それを知ったのは4歳のときだ。
まだ、こんなに怖がりじゃなかった頃になる。
──幼稚園の夏休み、父方の祖父母に預けられていたぼくは、家庭菜園に群がる蝶をとろうと励んでいた。
兄は近くの木を揺らして、カブトムシが落ちないかがんばっていたように思う。
そんなぼくらを祖父は作物の手入れをしながら、眺めていた。
ぼくがモンシロチョウを網ですくおうと飛び跳ねたとき、目の前に人が立っていることに気づいた。
にっこり笑ったおじさんに、ぼくは教えられた通りにあいさつをする。
「かずなりおじちゃん、こんにちは!」
ぼくは祖父に用があるのだと気づき、かずなりおじちゃんを指さし、叫んだ。
「じいちゃーん、かずなりおじちゃん、きてるよー」
ぼくの声に、祖父が驚きと困った顔で駆け寄ってきた。
「凌、和成が、見えるのか……」
うなずいたぼくだけど、兄が言う。
「りょう、そこに、だれもいないし! うそつくなよっ」
「いるもん! ここにかずなりおじちゃん、いるもん!」
ケンカをはじめたぼくらの手を取り、祖父は家へと戻りだした。
手を振るかずなりおじちゃんにぼくは手を振りかえすのを祖父はすこし悲しげな目で見下ろしていたのを覚えている。
家に戻り、ぼくらは縁側に腰をおろす。
兄は座ってからも「いなかった」とゆずらない。
これはぼくだってゆずれなかった。
だって、いたもん!
祖父はいそいそと家に上がり、夕食の用意をしていた祖母の元へ走っていく。
ぼくらは再び「いた」「いない」のケンカをはじめだしたとき、麦茶とスイカを持った祖母が現れた。
「凌はばあちゃんに、似ちゃったんだねぇ」
ぼくと兄の間に座った祖母は、ぼくらに麦茶を手渡し、飲みなさいといった。
汗のかいたコップの麦茶が飲み終わっても祖母の話はおわらなかったけど、わかったことは、祖母はオバケが見える人だってことだった。
最初、意味がわからなかった。
なんでそんな話をするんだろうって。
そこに新聞が出てくる。
「おくやみ、って書いてあるのわかる?」
ぼくと兄はいっしょに覗きこんで、うんと頷いた。
「お悔やみっていうのは、死んだ人の名前が載るの。ここにね、ほら、和成さんの名前があるの」
日付を見ると、ちょうど1週間前の新聞だ。
おじちゃんは、死んでいた……?
困惑に目を丸くするぼくに、しわくちゃの手でぼくの顔を祖母はやさしくなでる。
「子どもを産んでからぱったりと見なくなったんだけど、まさか凌がねぇ……」
兄はしきりに、なんで自分には見えないのかと祖母を問い詰めたが、それには祖父が答えてくれた。
「わしは見えんが、将棋が得意だ。新は運動が得意じゃろ?」
「得意だけど」
「そういうことだ。みんな得意なことがあって、できることがある。逆もまたあって、苦手なことがあって、できないことがある」
「でも、オレもりょうとおなじのみてみたい!」
祖父はガハハと笑う。
「わしだって、新みたいに走ってみたいが、できると思うか?」
祖父の声に、兄は口を尖らせ、足を振る。
「諦めなきゃならんもんもある」
兄はふてくされながら、スイカにかじりつく。
ぼくもスイカを頬張ったけど、兄にできないことができることが、ちょっと嬉しかった。
……でも、それは一瞬で消えた。
視えることのデメリットが大きすぎたんだ。
大半の人は『オバケを見ることができない』という。
それは逆に、見えても信じてくれない、ということでもある。
「だから、見えてもすぐに見えたと言わないほうがいい。嘘つきだと思われちゃうから」
嘘つき。
これが一番怖かった。
嘘をよくつくみさきちゃんは、みんなから嫌われているのを知っている。
ぼくはみさきちゃんみたいになりたくない!
祖母にどうしたらならないのか、四六時中聞いて回ったと思う。
だってとても心配で心配でたまらなかったから。
2週間後に帰る頃には、ぼくの質問に心底うんざりした祖母がいたけど、そこでぼくは生きている人と死んでいる人の見分ける方法や、危険な霊がいること、逆に協力したり守ってくれる霊がいること、人の霊の他にもアヤカシという大昔からいる妖怪の類がいることを聞いて学んだ。
だからか、ぼくはその頃から猫背だ。
ぼくは人の足を見ると、生きている人と死んでいる人の区別がつきやすい。
それに彼らを見つめすぎるてはよくない。
最初、まだ慣れなくて、見分けもつかないから、じっと見てしまって。
そのせいで話しかけられたり、あとをつけられたり、部屋に入られたり、もちろん寝てる間に上に乗られたり、人のカタチじゃない人もいたり……!
一時期、怖くて怖くて外に出られなくなったし。
ちなみに、ぼくの霊感のことは、祖父・祖母・兄とぼくの4人での秘密。両親はこのことを知らない。
特に母が怖がりだというのもあって、大事になることを避けることに決めた。
こう考えると、ぼくは母似、なのかも。
それを決めたのは祖母だ。
あのときの祖母の目は優しかったけど、すごく悲しそうな目だった。
──そんな祖父母は2年前、2人一緒に亡くなってしまった。
だから、今、ぼくの秘密を知っているのは兄だけだ。
来週の日曜日は2人の命日。
【兄ちゃんと絶対墓参りに行く! 今度はぼくが兄ちゃんを助ける!!】
ぼくは日記に殴り書いた。
今度はぼくがヒーローになるんだっ!
ピンチを救うヒーローになるんだ……!
小さい声でぼくは繰りかえす。
ぼくは、ヒーローなんだ……っ!
つぶやいていないと、つぶされそうだ。
となりの兄の部屋から感じる黒い空気。
それはじっとりと足元からはいあがってくる。
空気が冷たい。
背筋が震える。
胃が痛い。
ぼくはベッドにもぐり、まくらで耳をふさいだ。
うっすらと女の唄声が聞こえてくる。
怨みが練りこまれた、冷たい唄だ。
兄の呪いに気づいているのは、ぼくだけ、だ。
絶対に、助けるんだ……!
しかも、かなり強い。
それを知ったのは4歳のときだ。
まだ、こんなに怖がりじゃなかった頃になる。
──幼稚園の夏休み、父方の祖父母に預けられていたぼくは、家庭菜園に群がる蝶をとろうと励んでいた。
兄は近くの木を揺らして、カブトムシが落ちないかがんばっていたように思う。
そんなぼくらを祖父は作物の手入れをしながら、眺めていた。
ぼくがモンシロチョウを網ですくおうと飛び跳ねたとき、目の前に人が立っていることに気づいた。
にっこり笑ったおじさんに、ぼくは教えられた通りにあいさつをする。
「かずなりおじちゃん、こんにちは!」
ぼくは祖父に用があるのだと気づき、かずなりおじちゃんを指さし、叫んだ。
「じいちゃーん、かずなりおじちゃん、きてるよー」
ぼくの声に、祖父が驚きと困った顔で駆け寄ってきた。
「凌、和成が、見えるのか……」
うなずいたぼくだけど、兄が言う。
「りょう、そこに、だれもいないし! うそつくなよっ」
「いるもん! ここにかずなりおじちゃん、いるもん!」
ケンカをはじめたぼくらの手を取り、祖父は家へと戻りだした。
手を振るかずなりおじちゃんにぼくは手を振りかえすのを祖父はすこし悲しげな目で見下ろしていたのを覚えている。
家に戻り、ぼくらは縁側に腰をおろす。
兄は座ってからも「いなかった」とゆずらない。
これはぼくだってゆずれなかった。
だって、いたもん!
祖父はいそいそと家に上がり、夕食の用意をしていた祖母の元へ走っていく。
ぼくらは再び「いた」「いない」のケンカをはじめだしたとき、麦茶とスイカを持った祖母が現れた。
「凌はばあちゃんに、似ちゃったんだねぇ」
ぼくと兄の間に座った祖母は、ぼくらに麦茶を手渡し、飲みなさいといった。
汗のかいたコップの麦茶が飲み終わっても祖母の話はおわらなかったけど、わかったことは、祖母はオバケが見える人だってことだった。
最初、意味がわからなかった。
なんでそんな話をするんだろうって。
そこに新聞が出てくる。
「おくやみ、って書いてあるのわかる?」
ぼくと兄はいっしょに覗きこんで、うんと頷いた。
「お悔やみっていうのは、死んだ人の名前が載るの。ここにね、ほら、和成さんの名前があるの」
日付を見ると、ちょうど1週間前の新聞だ。
おじちゃんは、死んでいた……?
困惑に目を丸くするぼくに、しわくちゃの手でぼくの顔を祖母はやさしくなでる。
「子どもを産んでからぱったりと見なくなったんだけど、まさか凌がねぇ……」
兄はしきりに、なんで自分には見えないのかと祖母を問い詰めたが、それには祖父が答えてくれた。
「わしは見えんが、将棋が得意だ。新は運動が得意じゃろ?」
「得意だけど」
「そういうことだ。みんな得意なことがあって、できることがある。逆もまたあって、苦手なことがあって、できないことがある」
「でも、オレもりょうとおなじのみてみたい!」
祖父はガハハと笑う。
「わしだって、新みたいに走ってみたいが、できると思うか?」
祖父の声に、兄は口を尖らせ、足を振る。
「諦めなきゃならんもんもある」
兄はふてくされながら、スイカにかじりつく。
ぼくもスイカを頬張ったけど、兄にできないことができることが、ちょっと嬉しかった。
……でも、それは一瞬で消えた。
視えることのデメリットが大きすぎたんだ。
大半の人は『オバケを見ることができない』という。
それは逆に、見えても信じてくれない、ということでもある。
「だから、見えてもすぐに見えたと言わないほうがいい。嘘つきだと思われちゃうから」
嘘つき。
これが一番怖かった。
嘘をよくつくみさきちゃんは、みんなから嫌われているのを知っている。
ぼくはみさきちゃんみたいになりたくない!
祖母にどうしたらならないのか、四六時中聞いて回ったと思う。
だってとても心配で心配でたまらなかったから。
2週間後に帰る頃には、ぼくの質問に心底うんざりした祖母がいたけど、そこでぼくは生きている人と死んでいる人の見分ける方法や、危険な霊がいること、逆に協力したり守ってくれる霊がいること、人の霊の他にもアヤカシという大昔からいる妖怪の類がいることを聞いて学んだ。
だからか、ぼくはその頃から猫背だ。
ぼくは人の足を見ると、生きている人と死んでいる人の区別がつきやすい。
それに彼らを見つめすぎるてはよくない。
最初、まだ慣れなくて、見分けもつかないから、じっと見てしまって。
そのせいで話しかけられたり、あとをつけられたり、部屋に入られたり、もちろん寝てる間に上に乗られたり、人のカタチじゃない人もいたり……!
一時期、怖くて怖くて外に出られなくなったし。
ちなみに、ぼくの霊感のことは、祖父・祖母・兄とぼくの4人での秘密。両親はこのことを知らない。
特に母が怖がりだというのもあって、大事になることを避けることに決めた。
こう考えると、ぼくは母似、なのかも。
それを決めたのは祖母だ。
あのときの祖母の目は優しかったけど、すごく悲しそうな目だった。
──そんな祖父母は2年前、2人一緒に亡くなってしまった。
だから、今、ぼくの秘密を知っているのは兄だけだ。
来週の日曜日は2人の命日。
【兄ちゃんと絶対墓参りに行く! 今度はぼくが兄ちゃんを助ける!!】
ぼくは日記に殴り書いた。
今度はぼくがヒーローになるんだっ!
ピンチを救うヒーローになるんだ……!
小さい声でぼくは繰りかえす。
ぼくは、ヒーローなんだ……っ!
つぶやいていないと、つぶされそうだ。
となりの兄の部屋から感じる黒い空気。
それはじっとりと足元からはいあがってくる。
空気が冷たい。
背筋が震える。
胃が痛い。
ぼくはベッドにもぐり、まくらで耳をふさいだ。
うっすらと女の唄声が聞こえてくる。
怨みが練りこまれた、冷たい唄だ。
兄の呪いに気づいているのは、ぼくだけ、だ。
絶対に、助けるんだ……!
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