老舗カフェ「R」〜モノクロの料理が色づくまで〜

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第52話 ひとり営業日

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 いつものように朝、目が覚めたが、今日は様子が違う。
 確かに2回目。
 だが、慣れない。慣れるわけがない。

 美麗なエルフと精霊が、大口を開けて寝ているのだから……。

「……ぐっすりですねぇ……」

 莉子はそっとベッドから抜け出し、ささっとシャワーを浴びると、厨房へ降りていく。
 ゆっくりドアを開けたが、いつものコーヒーの香りはしない。
 ……イウォールが、いないからだ。

「なんか、慣れちゃったんでしょうか……」

 朝の支度を整え、モーニングをオープンさせたところで、エリシャとカーレンが起きてきた。
 今日は2人ともスーツ姿だ。
 2人は靖といっしょにエリシャたちは食事を摂ることに。

「今日は美人といっしょでいい日だねぇ」

 靖は朝から機嫌がいい。
 コーヒーをすすり、本をめくる手が楽しそうだ。
 エルフ語だが、賑やかに喋る2人の、その雰囲気がいいようだ。

「莉子ちゃん、2人は朝から楽しそうだねぇ」
「ええ。昨日、ここで食事会があったんですが、それが楽しかったって話をしてます」
「へぇ。いいねぇ。エルフ語かぁ……莉子ちゃんはまた世界が広がったね。素敵だね」

 靖は笑いかけ、また本に目を落とす。
 確かに世界が広がったのだ。
 この世界は、トゥーマとアキラたちが来てくれなければ始まらなかった。

「本当に、素敵な世界です……」

 そして、その始まった世界を楽しく彩ってくれたのは、間違いなく、イウォールだと莉子は思う。

 だが、彼が、今いない───

 なぜか、もう会えないのではと思ってしまう。
 あの去り際の目の奥の冷たさが、脳裏をよぎる。

「……そんなことはない、よね」
「リコ、どうかした? 何か心配事?」
「……いえ、大丈夫です、エリシャさん」

 朝食を食べ終えると、エリシャは今日も国王の元へ、カーレンも今日はエリシャについて動くという。

「リコ、家の周りにたくさん罠を設置しておいたから、引っかかったらすぐ来るから!」
「……リコ、ごめん……ついてられなくて」
「大丈夫ですって!」

 そんな折、ドアベルが鳴る。
 逆光なのだが、いつもの人影とちがって、かなり小柄な影だ。

「リコ、遊びに来たぞ!」

 そう声をあげたのは、猫耳と尻尾が揺れる、ミーだ。

「ぼくもいるよ」

 ジェイもひょっこり顔をした。
 エリシャとカーレンと入れ替わるようにやってきた2人は、カウンターの椅子によいしょと座ると、

「ブラックコーヒー、2つ、お願いな、リコ。ミルクも砂糖も必要ないからな!」
「朝はやっぱりブラックコーヒーだよね、ミー」
「そうだよな、ジェイ」

 莉子は水を差し出し、注文のブレンドコーヒーを入れていく。
 珍客の登場に靖は驚いた顔をするが、すぐに視線が本へと戻った。
 今、かなりいいシーンなのかもしれない。口元が緩んでいる。

「はい、コーヒーどうぞ」

 小さく切ったガトーショコラも添えて2人に差し出すと、目をきゅるんと丸くし、飲み出した。
 靖のコーヒーカップにも注ぎ足すと、「ありがと」小さな返事が聞こえてくる。

「リコ、アレ、使っただろ」

 莉子はアレとは何のことだと一瞬考えたが、

「砂のことですか……?」

 気付くまで、少し時間がかかってしまった。

「つかったばっかだろ? 全く」

 ミーはぶつくさと言葉を捨てるが、それを拾っていてもしょうがないので、莉子は続きを待つ。
 ガトーショコラを嬉しそうに頬張ったジェイがつないでいく。

「ぼくら、魔力がある者はね、自分が魔力を込めたものが壊れると、認識できるんだよ」
「だから、あの小瓶が使われたのは、すぐにわかった」
「……それで?」

 ミーが小さな握り拳から下げたのは、半透明の白い石がつけられたペンダントだ。
 オパールにも似ているそれは、指の爪ほどの大きさだ。そこに銀だろうか、花弁を象とりながら石を包んでいる。小さく揺れるだけでチラチラ光る。

「きれいですね」
「ああ。ちゃんとおれがデザインした! これをやる。護身用だ」
「え、でも、」
「ラハはしつこい。1回狙った獲物は仕留めるまで来る」

 ジェイの声は真剣だ。
 一段と低くなった声が嘘ではないと念を押された気さえする。

「これはな、手で握って、『アタック』って思うと、電気が走る。ちょっと痛い静電気ぐらいなもんだから」
「3回まで電気が走るから、うまく使うんだよ?」

 莉子を手招きし、2人でペンダントを莉子の首に下げると、ピコンと耳を立てた。

「「よし、似合ってるっ」」

 2人はにっこり笑いあうと、再びよいしょと椅子を降りた。

「コーヒーと等価交換、な。……はぁ、今日は大口の客の予約あるから、面倒だなぁ……」
「今度はランチ、食べに来るね! またあのシチューがいいなぁ」

 ミーは背を向けたまま、ジェイは小さな手を振りながら帰っていく。
 いきなりのやりとりに莉子は追いかけることすらできなかった。

「……仕事前に来てくれたの……?」

 ペンダントの石をつまみ、眺めるが、どうみても電気が走る石には見えない。
 身に余ることに、莉子はどう彼らにお礼をしようか考えてると、靖が莉子を見て、笑っている。

「かわいいお客さんだったね。わざわざ学校行く前にプレゼント持ってきてくれるなんて。かわいいねぇ。でも言葉がわからなかったから、もしかして、あの子たちもエルフなのかい?」
「あ、ええ、異世界からこちらへ来て、雑貨屋を営んでるんです」
「へぇ! お店をやってるの。あんなに小さいのに。へぇ……異世界の人はわからんもんだね」

 靖は冷めたコーヒーを飲み干し、指を差し込んだページを開き直した。

「……でも、莉子ちゃんに仲間ができて、嬉しいよ。いいね、輪が広がってくのは……」

 ゆっくりとページがめくられる。
 莉子はその言葉の重みを全身で受けていた。
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