老舗カフェ「R」〜モノクロの料理が色づくまで〜

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第51話 暑い日は、辛い食べ物で

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 まず、国王3人が感動したのは、料理に色が付いていることに、だ。
 元の世界であれば、いつも通りに色がつく。
 そのため、パッと見、気づかなかったのだ。

「……なあ、この料理、みんな色がついているよな、イタル」

 声を震わせながら喋るガンディアに、至は笑う。

「そうだぞ、チュウニ。こんなカフェが消されそうなんだぞ? わかってるのか?」
「そへはためへふ(それはだめです)」
「エスガル、はしたないですよ」

 すでに食べているエスガルの手をパチリと叩いたスルニスの横から、莉子が鉄板を持って現れた。

「お待たせしましたー」

 油が跳ねる鉄板に乗せらているのは、チヂミだ。
 ごま油の香りとともり、ピリリとした風味も届く。

「青唐辛子とニラのチヂミです」

 莉子の伸ばした腕からチヂミがテーブルへと流れていく。
 その莉子の空いた手に掴まされたのは、シャンパングラスだ。

「じゃ、乾杯は、ガンディア様」

 イウォールの声に、ガンディアが頷く。

「よーし! 今日はたくさん飲むぞー! 息抜きだ! リコ、ジャガイモ料理ありがとう! かんぱーいっ!」

 各々にガラスを鳴らしていくが、イウォールと莉子だけは、うまくグラスを鳴らせない。
 全員の舌打ちが鳴るが、鍋の音と、ジューと鳴る豚肉の音がかき消してしまう。
 が、この際、この光景すら肴にしてやろう。そう思う男性陣たちだが、料理を見ているだけで、汗が吹き出てくる。

「しっかし、辛いもん、ばっかだな、こりゃ……ま、国王たちは好物だからいいんだろうけど……」

 ケレヴがぼやくが、数々の赤い料理は、コチュジャンと唐辛子で色づいている。
 今、カフェの中は、ニンニクと唐辛子の匂いで充満していることだろう。

「色がついた料理は本当においしいな! 芋がほくほく、甘くて辛いっ」

 さっそくカムジャタンに箸を伸ばしたガンディアは、ふうふう言いながら頬張っている。

「この、お好み焼きみたいなの、とってもおいしいわ、リコ」

 そう言うのはスルニスだ。
 チヂミも気に入ってもらえたようで、莉子の頬が緩んでくる。
 隣ではカーレンも頬張っているが、カーレンの目が皿しか見つめていない。こう言う顔は、真剣に美味しいときの顔だと、最近学んだ。
 だがエリシャはあまり辛いのが得意ではないようで、必死に水を飲んでいる。

「辛すぎるわ、リコ」
「こういうときは、炭酸の方がいいですよ、エリシャさん」

 莉子がすかさずシャンパンを注ぎ足すと、エリシャはたまらず飲みほしてしまう。

「……あら、辛味がひいてくわ……イケるわね」
「そうなんです。辛いものには炭酸がいいですよ?」

 ケレヴは勝手にビールを飲み、肉を頬張り、ナムルをつまむ。あまり辛いものが得意ではないようだ。うまく辛くない食べ物で酒を飲み続けている。
 彼の横ではイウォールがロゼを飲みながら、サムギョプサル風焼き肉を頬張っていた。丁寧にサラダ菜にナムルを置き、焼いた豚肉、コチュジャンに青唐辛子をトッピングし、口に放り込むと、すぐにワインを飲み込む。

「……辛いものにもワイン、合うんだな……驚いた」
「本当ですね、マスター・イウォール。ロゼワインがいいんでしょう。ぜんぜん邪魔してきません。アメリカのロゼは味が強いですねぇ」

 アキラもイウォールの真似をしながら食べているよう。
 莉子はサラダ菜の減りをみて足していく。チシャ菜が入らなかった今日を残念に思いながら……。
 ガンディアは汗をかきながら鍋をすするが、ふとイウォールの元へ移動すると、

「イウォール、予定がずれた。天皇との会食が、明日になった」
「……は?」

 唐突な会話に、イウォールの手からグラスが滑りそうになる。

「明日、頼んだぞ。あ、ケレヴとトゥーマ、アキラもな」
「ちょっと待ってよ、ガンディア。今日、酒、飲めないじゃんっ」

 1人ブチキレたのはトゥーマだ。
 それを笑うのはエスガルである。

「お前、知ってたんなら、先に言えよな!」
「昨日逃げたからだよー」

 瓶ビールを煽りながら、ケレヴはぼやく。

「お飾りの警備って、めっちゃ面倒……はぁ……リコ、ビール」
「はいはい、どうぞどうぞ」

 カウンターから瓶ビールを手渡す莉子だが、あまりにフランクすぎる空気感に少しついていけない。だいたい、それぞれの仕事にやる気が見えない。
 どういうことだろうと思っていると、フォローしてくれたのはアキラだった。

「みんなやる気なくてびっくりでしょ? 実は、今回僕らの出番、全然ないんです。だけど、日本は『人数がいること』が大切みたいで……だからケレヴとか、ちゃんと警備してます的に参加しなきゃいけなくって。ま、僕は通訳だから必要なんですけど」
「どういうことです? 出番が少ない……?」
「今回はスルニス様も来られているので」
「スルニス様がいると楽になるんですか?」
「えっと、スルニス様は我が国で一番の魔術師でもあります。殺意を持って近づくだけで、簡単に相手は呪われちゃうんです」
「なんですか、それ」
「呪いと魔術は意外と密接な関係なんです。おいおいリコさんも学んでいきましょう」
「そっか、私も魔力がある、のか」
「そうよ、リコ。魔力のことなら、なんでも聞いて! 私が教えてあげるわ!」
「……リコ、精霊のこと、もっと、教える……だから、今度、向こうに行こう……連れてくから」
「ありがとうございます、エリシャさん、カーレンさん」

 3人で笑いあっていたのだが、どうしてか、エリシャとカーレンに押され、イウォールの横へ移動している。
 莉子が焦れば、イウォールも焦る始末。
 2人の状況は、すでに収集がつけづらいところにいるのかもしれない。

「……あ、リコ、すまない、明日は1日、空けることになる」
「も、問題ないです。大丈夫ですよ、イウォールさん。そうだ。明日は、あたし、夜、友だちと出かける予定があるんで」
「友だち?」
「はい。高校からの唯一の友人なんです。セナっていって、背もスラって高くて、カッコいいんですよ? 会わせてあげたいです」

 ───莉子は眠れなかった昨夜、延々と返信の来ないなか、メッセを送っていたのだ。
 おおよその莉子の言葉は、『ヤバイ』『悩む』『しぬ』の3語で構成されていた。
 そんなメッセに、昼頃セナから律儀に返信があり、

『そんなに言うなら、明日の夜、開けてやる。来いよ?』

 と返信が!
 すがる思いで『お願いします!』と莉子は返信していた───

「セナ……セナか……」
「どうかしましたか、イウォールさん」
「いや……あ、今日から自宅に泊まることにする……代わりにエリシャが泊まってくれるだろう。ここの問題はこちらで片付けておくから、安心してくれ」

 イウォールはそれだけ言うと、すぐに離れていった。
 視線の温度が一気に下がった気がする。
 突き放された感が、どことなく漂ってくる……。

 自分が何かしただろうか───

 莉子は思うが、思い当たることはない。
 イウォールから話を聞いただろうエリシャが隣に来て、莉子の腕をとると、

「今月は毎日パジャマパーティーできるわね! カーレンもいっしょよ!」
「……たのしみ!」
「ええ、楽しそう、です……」

 莉子の声がどこかか細い。
 その雰囲気に、エリシャとカーレンは首をかしげる。

 だが莉子の様子はすぐに戻り、その日は楽しく夜が更けていった。
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