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第42話 対峙
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昨日の疲れがまだ抜けていない───
莉子は目覚めたとき、すぐ自身の身体の疲労度合いを理解した。
だが、それでも今日は定休日ではない。
莉子は無理矢理体を持ち上げて、厨房へ転がるように降りていく。
コーヒーを一滴でも飲めれば、体は動いてくれる……!
扉に手をかけたとき、なぜか香ばしいコーヒーの香りが鼻をくすぐってくる。
そっと扉を開けると、新聞を手に取り、眼鏡をかけ直したイウォールの横顔が。
「……イウォール、さん?」
「早かったな、リコ。少し疲れたリコもかわいいな、健気でかわいいな」
「いやいや、いつ帰ってきたんですか?」
「3時頃にだが……」
「なら、休んでくださいよ!」
「大丈夫だ。私の特製スープを用意した。それを飲めば元気に」
「いやいや! それ、何か入ってません!?」
「リコは心配性だな」
莉子の頬を撫でる仕草はいつもと変わらないが、どこか雰囲気が違う。
莉子はそれが何かが言い表せない。
「……リコ、どうかしたか?」
「いえ! ……いえ、あの」
いつになく慎重にしゃべる莉子に、イウォールは微笑みかけた。
「リコは本当に心配性だな。なにも気にすることはない。私は絶対にリコを幸せにする。大丈夫」
「幸せにって……はぁ……いつもはぐらかされてる気がします」
「さ、リコ、スープを飲んで、少しゆっくりしたらいい。オープン準備は私がしておく」
「いえいえ! 少しゆっくりするのはイウォールさんですよ」
莉子はマグカップに注がれたスープをすすりながら、店内へ移動すると、ノックされるドアを開けに行く。
時計を見るとちょうど朝刊が届く頃だ。
「おはようござい」
ドアを開きながら言った声はそこで止まった。
目の前にいたのは、間違いない。
……エルフだ。それも、ラハ製薬の。
目の前の男は黒髪をかきあげながら見下ろしてくる。その後ろには2人のエルフがひかえていることから、間違いなく目の前の男はそれなりの地位の者なのだろう。
ただ青白い肌のせいか、イウォールたちと全く雰囲気が違う。柔らかい空気は微塵もなく、怒気すらはらむオーラに、莉子の足が一歩下がる。
「おはよう、店主殿。退去の準備は進んでいるかな……?」
黒髪をかきあげ直し、じっと見下ろす目は、青い目だが、熱がある。内臓をひっくり返すような、痛みを与える目つきだ。
「私はアムラス。ラハの社長だ。直々に来たのには理由がある。……さ、店主よ、退去への同意書にサインをしろ。今すぐにだっ!」
2メートルを超える身長で威圧しながら店内に踏み込んできた男は、茶封筒を胸ポケットから取り出した。
莉子にそれを突きつけるように目前に掲げるが、莉子はそれを黙って見つめる。
「どうした、エルフ語がわかるんじゃないのか? サイン、サイン! これならわかるか?」
莉子は両手で握ったマグカップに視線を落とし、もう一度向き直った。
「……最初は、もう仕方がないのだろうなと、思っていたんです……。……でもみんなのおかげで、諦めちゃいけないと学びました。……あたしはおばあちゃんになっても、ここでコーヒーを淹れていたい。だから、いくらお金を積まれても、退去はお断りしますっ」
莉子のはっきりとした声にアムラスは鼻で笑う。
「なら、もう一つ条件を足そうじゃないか。3億の他に、このラハが貴様の身の保証をしようじゃないか。……そうだな。ずっと私の元で、その、コーヒーというのをいれればいい。……人間を飼うのが私の夢だった。貴様は魔力のある人間らしいじゃないか。興味がある……」
細長い指が莉子の肩に触れる瞬間、その手が払われた。
「リコは私の伴侶となる人だ。勝手に触れることは許さない」
イウォールである。
「リコ、すまない。怖い思いをさせてしまった」
肩を抱き寄せるイウォールだが、言葉尻は優しいが目つきが違う。
怒りがある。
「……これはこれは、イウォール殿。そちらは今、関係ないのでは?」
「今、イリオ製薬が経営面でも協力している。関係ないことはない。それよりも強引なやりとりは関心しないな。それほど急がなければならない理由があるのか? 相変わらず、やり方が汚い上に、とても雑だな」
「……イウォール、貴様、口の利き方を改めろ……」
「私はこれでも宰相補佐だ。アムラスよ、貴様のほうが口の利き方を覚えた方がいいんじゃないか」
「ここでは、ここのルールだろ? 一塊の研究者風情がぁ!」
「黙れ、アムラス。国王に、この店が気に入られれば、それまでの話だ」
「……イウォール、何を言ってる」
「繰り返す。アムラス、ここは退去しない。話は終わりだ」
イウォールの足がじりりと前に出る。
それに押されて、アムラスの体が後ろへ傾いたが、それを隠すように背を向けた。
「また来る」
大きな舌打とともに去っていったアムラスだが、莉子の胸のざわざわはおさまらない。
莉子は目覚めたとき、すぐ自身の身体の疲労度合いを理解した。
だが、それでも今日は定休日ではない。
莉子は無理矢理体を持ち上げて、厨房へ転がるように降りていく。
コーヒーを一滴でも飲めれば、体は動いてくれる……!
扉に手をかけたとき、なぜか香ばしいコーヒーの香りが鼻をくすぐってくる。
そっと扉を開けると、新聞を手に取り、眼鏡をかけ直したイウォールの横顔が。
「……イウォール、さん?」
「早かったな、リコ。少し疲れたリコもかわいいな、健気でかわいいな」
「いやいや、いつ帰ってきたんですか?」
「3時頃にだが……」
「なら、休んでくださいよ!」
「大丈夫だ。私の特製スープを用意した。それを飲めば元気に」
「いやいや! それ、何か入ってません!?」
「リコは心配性だな」
莉子の頬を撫でる仕草はいつもと変わらないが、どこか雰囲気が違う。
莉子はそれが何かが言い表せない。
「……リコ、どうかしたか?」
「いえ! ……いえ、あの」
いつになく慎重にしゃべる莉子に、イウォールは微笑みかけた。
「リコは本当に心配性だな。なにも気にすることはない。私は絶対にリコを幸せにする。大丈夫」
「幸せにって……はぁ……いつもはぐらかされてる気がします」
「さ、リコ、スープを飲んで、少しゆっくりしたらいい。オープン準備は私がしておく」
「いえいえ! 少しゆっくりするのはイウォールさんですよ」
莉子はマグカップに注がれたスープをすすりながら、店内へ移動すると、ノックされるドアを開けに行く。
時計を見るとちょうど朝刊が届く頃だ。
「おはようござい」
ドアを開きながら言った声はそこで止まった。
目の前にいたのは、間違いない。
……エルフだ。それも、ラハ製薬の。
目の前の男は黒髪をかきあげながら見下ろしてくる。その後ろには2人のエルフがひかえていることから、間違いなく目の前の男はそれなりの地位の者なのだろう。
ただ青白い肌のせいか、イウォールたちと全く雰囲気が違う。柔らかい空気は微塵もなく、怒気すらはらむオーラに、莉子の足が一歩下がる。
「おはよう、店主殿。退去の準備は進んでいるかな……?」
黒髪をかきあげ直し、じっと見下ろす目は、青い目だが、熱がある。内臓をひっくり返すような、痛みを与える目つきだ。
「私はアムラス。ラハの社長だ。直々に来たのには理由がある。……さ、店主よ、退去への同意書にサインをしろ。今すぐにだっ!」
2メートルを超える身長で威圧しながら店内に踏み込んできた男は、茶封筒を胸ポケットから取り出した。
莉子にそれを突きつけるように目前に掲げるが、莉子はそれを黙って見つめる。
「どうした、エルフ語がわかるんじゃないのか? サイン、サイン! これならわかるか?」
莉子は両手で握ったマグカップに視線を落とし、もう一度向き直った。
「……最初は、もう仕方がないのだろうなと、思っていたんです……。……でもみんなのおかげで、諦めちゃいけないと学びました。……あたしはおばあちゃんになっても、ここでコーヒーを淹れていたい。だから、いくらお金を積まれても、退去はお断りしますっ」
莉子のはっきりとした声にアムラスは鼻で笑う。
「なら、もう一つ条件を足そうじゃないか。3億の他に、このラハが貴様の身の保証をしようじゃないか。……そうだな。ずっと私の元で、その、コーヒーというのをいれればいい。……人間を飼うのが私の夢だった。貴様は魔力のある人間らしいじゃないか。興味がある……」
細長い指が莉子の肩に触れる瞬間、その手が払われた。
「リコは私の伴侶となる人だ。勝手に触れることは許さない」
イウォールである。
「リコ、すまない。怖い思いをさせてしまった」
肩を抱き寄せるイウォールだが、言葉尻は優しいが目つきが違う。
怒りがある。
「……これはこれは、イウォール殿。そちらは今、関係ないのでは?」
「今、イリオ製薬が経営面でも協力している。関係ないことはない。それよりも強引なやりとりは関心しないな。それほど急がなければならない理由があるのか? 相変わらず、やり方が汚い上に、とても雑だな」
「……イウォール、貴様、口の利き方を改めろ……」
「私はこれでも宰相補佐だ。アムラスよ、貴様のほうが口の利き方を覚えた方がいいんじゃないか」
「ここでは、ここのルールだろ? 一塊の研究者風情がぁ!」
「黙れ、アムラス。国王に、この店が気に入られれば、それまでの話だ」
「……イウォール、何を言ってる」
「繰り返す。アムラス、ここは退去しない。話は終わりだ」
イウォールの足がじりりと前に出る。
それに押されて、アムラスの体が後ろへ傾いたが、それを隠すように背を向けた。
「また来る」
大きな舌打とともに去っていったアムラスだが、莉子の胸のざわざわはおさまらない。
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