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第40話 最終日突入!

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 バタバタと始まった2日目。
 やはりデザートメインなのもあって、女性同士で来られたり、それこそ莉子の予想通り家族づれもいる。小さな子どもの来店は、騒がしいが、微笑ましい光景だ。

 ドリンクをカウンターでも提供できるように準備していたのが功を奏した。子どもたちが親とはぐれることなくケーキを取り、ドリンクを選べ、楽しそうに過ごしてくれている。

「おねーさん、じゅーす」

 5歳ぐらいの女の子だ。莉子を見上げ、グラスを差し出した。
 エルフと人のハーフだからか、人間の子どもよりも体格差があるとは聞いている。
 言葉づかいから、3歳ぐらいにも感じるが、体格は4歳児でも通じるほど。
 これは『こども』というくくりで対応しようと、莉子は切り替える。

 莉子は目線を合わせて、グラスを受け取ると、

「なにがいいかな?」
「おれんじ」
「ちょっと待っててね」

 オレンジジュースを新しいグラスに入れて手渡したとき、この子の父親だろうエルフが莉子の前に立った。

「ユナちゃん、この人からもらっちゃダメ」
「なんでー?」
「もうすぐ向こうに帰るんだから、なにか菌をもらったら困るでしょ」

 エルフ語だから通じないと思っているのだろう。
 莉子は無表情で見ていた。
 彼の母親は人であるのにかかわらず、それをにこにこと眺めている。
 自分の妻は神聖な人で、それ以外は、いや、彼をとりまく人以外は、雑菌のようなものなのだろうか。
 莉子が背を向けると、もう一度声がした。

「やっぱ、人の店はダメね。エルフへの気配り、足りないもの」
「ホントだな。せっかく来たが、拍子抜けっていうか」
「期待しすぎたのかもねー」

 エルフ語だ。
 だが、莉子には理解できてしまう。

 拳を作るが、この怒りをどこに逃がせばいい……!

 みんなで作り上げたこの空間を貶す言葉は、絶対に許せない。
 莉子自身の、人への差別であれば、軽蔑という方法で否定すればいい。
 だが、今日まで準備をしてきたエルフの仲間に対して、それはない。……それはないだろう!

 莉子が振り返ったそのとき、たまたま外からドリンクを取りに来ていたカーレンがいた。
 だが、その家族を、じっと睨んでいる。

「……昨日のお客様、料理に色がついてるって喜んでた。お前ら、なに見てる」
「へ? 店員さん、なに言ってんの?」

 父親が立ち上がるが、カーレンは怯まない。

「……料理に色があるだけで、あったかい。とっても美味しいって言ってた。食器だって、エルフの目に優しいものになってる。みんな喜んでた。確かに至らないところもある。だが、それでも、喜んでた!」
「なに興奮してんの、店員さん……ちょっと、そこのお姉さん、止めてよっ」
「……リコ、来ないで。……許さない」

 止めようと腕を伸ばした瞬間、それは起こった。

 ───吹雪だ!

 その男性にだけ雪が吹き付けられていく。
 止めなければならないのだが、どうしていいかわからない!
 子どもは泣きだすし、他のお客様は立ち上がり、距離を取り始める。

「カーレン!」

 ぴしゃりとエリシャの声が響いた。

「ダメよ。ちゃんと言葉でやりとりしてっていったじゃないっ」
「……だって、こいつ、わかってない」
「わかってなくても、ダメなの」

 エリシャはまるでいつものことというように言うが、男は雪を払いながらカーレンとエリシャに怒鳴りだす。

「なんなんだ、お前ら! 殺す気か!」

 大声で騒ぎ立てるが、1人のエルフが怒鳴る父親の肩を掴む。

「やめておけ。彼女は精霊だ……」

 その言葉に、怒鳴っていた男は慌てながら店を飛び出していった。母親と子どもを置いてだ。
 それを追うように母親も立ち上がるが、母親の手を抜けて、子どもがカーレンに頭を下げた。

「パパがごめんね」
「……いい。……怒りすぎた。ごめん」
「ううん。ゆき、キレイ。おねーさん、スゴイね!」
「……ありがと」

 女の子は最後まで手を振っていたが、母親は誘拐犯のように彼女を抱きかかえ、走り去っていった。
 店内が静まり返るこの現状を、どうおさめればいいのか、莉子の頭がフル回転する。なのに、すぐにおかしい現実が始まりだす。

 エルフたちが、カーレンの前にひざまづいていく……

「……は?」

 思わず声が出る莉子だが、読み取れない現実に莉子の頭がショート寸前!
 いつの間にか横についてたケレヴが、息交じりに言った。

「精霊ってのは、俺らの世界じゃ神に近い存在なんだよ……俺も実は、最初ビビってた」

 ケレヴはおどけたように顔を作ると、表用のドリンクを運んでいくが、莉子は1人、納得していた。

「なるほど、そういうことか……」

 ───まず、エリシャがカーレンを連れてきた時点で、彼らはカーレンのことを『友人』として扱うことを決めたのだ。暗黙の了解で。
 それでも最初は茫然と見ていたり、イウォールがカーレンの名を呼ぶときに、一瞬、空白があった理由が、精霊、だからだ。

 次に、友人として気安く接することができるのは、トゥーマが適任。だから昨日のあの配置に……。
 実際、カーレンも楽しそうではあったし、トゥーマも自然に接していた。というか、トゥーマの適応能力が高すぎる。

 そして、カーレンが精霊であることがわかるのは、力を使わないとわからない。
 見た目は小柄なエルフなのだろう。

 少しだけ、エルフ事情が見えてきた。

 とはいえ、この崇める状況はどうしたものか……───

 莉子が腕を組んで考えるが、莉子のひと言でどうにかできる状況ではない。
 ちょっとした宗教観のような、そんな雰囲気に、言葉を切り出せないでいた。

「……やめて。エルフと同じ、異世界の人。すごくない!」

 この状況を嫌がるカーレンだが、カーレンが嫌がることで、彼らが顔を上げるわけもなく……


 ───パチン!


 手を叩いた音だ。
 それと同時に浮かび上がったのは、あの『アール』の文字。
 青と赤の色が、ふわふわと流れ、交わり、踊るように、床を見るエルフ達の視線を上へと持ち上げていく。

「カーレン、店内が暑い。涼しくしてくれないか」

 イウォールの声に、カーレンが氷の粒を舞い上げた。
 鈴の音のような音は氷から鳴る。キラキラと窓から差し込む夏の日差しを浴びて、涼しげな光景が広がっていく。さらに体感温度も下がり、ひんやりとした空気が、なぜか気持ちを落ち着かせてくれる。

「さぁ、みなさん、まだまだデザートがあるわ! しっかり食べ尽くしてちょうだいっ」
「厨房にはまだ隠してある料理がある。食べてもらわないと出せないんだ。さ、どんどん召し上がって」

 エリシャとイウォールの声が店内に、そして、外へと流れていく。
 その声には魔力がのせられている。
 胸にストンと落ちる、いい声だ。
 つい、動き出したくなる、背中を押してくれる声……

 とたん、カーレンを敬い、膝をついてたエルフたちがゆっくりと立ち上がり、席に戻ると、料理を取りに動き出した。

「魔法使いってすごい……!」

 莉子が小声で感動していると、エリシャがまだぎこちない様子のカーレンへ声をかけた。

「カーレン、映画みたいに、雪だるま作ってちょうだい」

 そういうと、カーレンが指で円を描いた。
 すぐに見事な雪だるまが現れる。……が、もうこれは雪像だ。ミケランジェロが雪で作られている……!

「すごい……! でも、カーレンさん、店内だと溶けちゃう!」

 駆け寄る莉子に、カーレンが淡く笑う。

「……大丈夫。……いる間、溶けない」
「カーレンさんがいなくなったら溶けちゃうってことでしょ? 無理! 無理です! ちょっと店が狭いしっ! もう、カーレンさんだったらぁ……あー……移動とかってできます?」

 ひとり慌てる莉子だが、その様子がエルフには面白いらしい。
 精霊がすることを『ダメだ』というエルフはいないからだ。さらには友達のようにしゃべる姿が新鮮なようで、若いエルフを中心に、カーレンへ話しかけ始めた。

「わぁ……みんな、カーレンさんと話すの楽しそう」

 カウンターに戻った莉子は、ふと声をもらす。
 そこ声にエリシャが笑った。

「エルフにとって、精霊との対話は、してみたいことの1つなの」
「そうなんですか! じゃあ、エリシャさんってすごいんですね」
「どうかしら」

 エリシャは目を伏せた。

「カーレンが優しいのよ……」

 たくさんの想いが詰め込まれているのがわかるひと言だ。

「さ、莉子、ケーキの切り出しをお願いしてもいいかな? 私はサラダの追加を作ろうと思う」
「はい、わかりました」

 お祭りは、まだまだ終わらない。
 そう、片付けまでが、イベントなのである──!
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