老舗カフェ「R」〜モノクロの料理が色づくまで〜

yolu

文字の大きさ
上 下
30 / 65

第32話 共同経営?

しおりを挟む
 否応なしに始まったイウォールとの一つ屋根の下の暮らし。そして、カフェの運営……。
 そう簡単にうまくいくはずもなく───

「イウォールさん、だから、表は私、裏はお願いって!」
「だが、リコの姿がみたいんだ、私は……」
「しょんぼりしてもダメっ!」


『エルフに使いやすいカフェにする』


 というのが第一の目的のため、接客は莉子がメインで行うように段取りを組んでいたのだが、イウォールが莉子の姿を見たいがために、ひょこひょこと出てきてしまう。日本語もわからないのに、だ。

 そう、莉子が多少の魔力があり、髪留めで強化させたことで、言語の疎通が可能になっただけなのだ。
 決して、イウォールの言葉が人間に通じるようになったわけではない。
 現に……

「あのぅ、お兄さんて、エルフですよね? モデルとかしてないんですか?」

 カウンターに座ったOLさんに話しかけられているが、彼の精一杯の愛想笑いでどうにかやり過ごそうとしている。
 彼は精一杯頑張っているのだが、端から見る分には、全く笑えてはおらず、ただ流し目でセクシー度合いを上げているだけ。

「……やば、めっちゃクール系でかっこいい……!」

 また1人、イウォールのファンができてしまった……。
 この状況に頭を抱えるのは、莉子だけではない。
 助っ人に入ったトゥーマとアキラもだ。

「マスター・イウォール、僕たちは、飽くまでサポートですよ!」
「なぜだ! リコの姿を見ていたっていいではないかっ」
「イウォールの目線、鋭すぎ。リコを監視してるエルフって感じ」
「何をいうトゥーマ! この熱視線がわからないとは……全く、まだまだ青さが抜けない……」
「「違うから!」」

 2人からのツッコミですら鈍い反応のイウォールだが、料理の腕前は確かだった。
 莉子が一度作って見せ、味見をさせれば、ほぼ同じ料理を作り上げることができる。
 伊達に歳を重ねているエルフではない……!
 とはいえ、お客様を勘違いさせるわけにもいかず、裏の仕事を放棄して表に出てこられるのも大問題だ。


 本日、開始から5日目、月曜日の閉店時、ケレヴも夜のカウンター担当で入っていたため、莉子は緊急会議を開くことにした。

「議題は、イウォールさんの継続をどうするか、です」

 莉子がきっぱりと言い切ると、イウォールは涙目だ。

「ひどいじゃないか、リコ! これほどリコの料理を完璧に再現できる者はいないと思う!」
「それとこれは別問題! 5日目ですが、現在、イウォールさん目当てのお客様が増えています。これは、このカフェの死活問題になりかねません。というか、トゥーマさんとアキラさんも、ここでバイトするみたいなこと、SNSに上げましたよね……?」
「オレはここの店の貢献に」
「僕は、何の気無しに……」
「……結果どうでした? 大盛況すぎて、お客様、返してますから! むしろ、エルフのお客様が増えず、人が増えてますから!!!」

 仁王立ちで叫ぶ莉子を、まぁまぁとなだめるケレヴだが、莉子の目は鋭い。

「ケレヴさん、さっき、カウンターの女性、スマホ翻訳で口説いてましたよね? 今日の夜、街のお店で飲み直すって女の子、キャッキャしてましたけど?」
「お前の耳、地獄耳……!?」

 莉子は大きく呼吸を繰り返す。
 今の状況を少しでも冷静に見るためだ。

「自分たちの目的と、5日目の結果がどうリンクしているか、考えてください。私はあなたたちの提案にのったところではありますが、私はエルフと人、どちらにも、気持ちの良いカフェにしたいです。……このままだと、ただの客寄せカフェになります……明日は定休日です。1日、私も考えます」



 …………これなら、普通に閉店した方がいいかもしれない…………



 莉子のこぼした声は、エルフには聞こえる。
 いくら小声で言おうとも、気持ちのこもった声は、魔力に乗って聞こえてしまうのだ。

 莉子は静かに自室へともどっていく。
 残された4人だが、言われていることはもっともだし、やりたいこともわかるものの、これ以上どうすればいいのか、ため息をつくしかできない。


 ───そのとき、閉店したはずのカフェの扉が叩かれた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】獅子の威を借る子猫は爪を研ぐ

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
 魔族の住むゲヘナ国の幼女エウリュアレは、魔力もほぼゼロの無能な皇帝だった。だが彼女が持つ価値は、唯一無二のもの。故に強者が集まり、彼女を守り支える。揺らぐことのない玉座の上で、幼女は最弱でありながら一番愛される存在だった。 「私ね、皆を守りたいの」  幼い彼女の望みは優しく柔らかく、他国を含む世界を包んでいく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/20……完結 2022/02/14……小説家になろう ハイファンタジー日間 81位 2022/02/14……アルファポリスHOT 62位 2022/02/14……連載開始

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

婚約破棄を目指して

haruhana
恋愛
伯爵令嬢リーナには、幼い頃に親同士が決めた婚約者アレンがいる。美しいアレンはシスコンなのか?と疑わしいほど溺愛する血の繋がらない妹エリーヌがいて、いつもデートを邪魔され、どっちが婚約者なんだかと思うほどのイチャイチャぶりに、私の立場って一体?と悩み、婚約破棄したいなぁと思い始めるのでした。

処理中です...