老舗カフェ「R」〜モノクロの料理が色づくまで〜

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第27話 夕食タイム!

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 莉子はすぐに寝かせてあったビーフシチューを温めると、手際良くサラダを準備。残っていたパンを温めなおしていると、ひょっこりとイウォールが現れた。
 カウンターの奥が広めの厨房になっているのだが、イウォールが入ってきただけで、狭く感じる。

「イウォールさん、どうぞ、外でお待ちください」
「いや、休み明けから私もここを手伝うんだ。中の様子は知っておきたい」
「……ん? 何を言ってるんですか?」
「ん? 私もここで働くと言っているんだ。立退きが撤回されるまでの期間だが、どうしてもその必要がある」

 するりと莉子の背後へ回ると、パンを盛り付ける莉子を後ろから抱きしめる。

「こういうシチュエーション、とても憧れていたんだ……! 夢が叶うというのは素晴らしいな!」

 その夢も40秒程度で儚く散った。
 莉子の見事な足払いが決まったためだ。

「動きながらでいいので、話していただけます?」

 莉子はこの際ならと、イウォールにフライヤーを任せ、冷凍してあったクリームコロッケを揚げてもらうことにした。
 使えるものは使う。
 莉子のマイルールだ。

「今月の末が立退き完了だと聞いたが、予定では、今月の20日、今日から2週間後ぐらいか。そのときに、我が国の国王が日本へ来ることになっている」

 莉子は昨日の新聞を思い出していた。
 40周年の式典があり、エルフの国王が来日すると記事にあったのだ。

「それと、イウォールさんが働くことにどう関係が?」
「国王にこの店に来てもらう。だがただ呼ぶだけでは認められない。私が働くことで、安全な場所であり、安全な料理であることを証明する」
「……話がとっぴすぎてよくわかんないんですけど……」

 せっかくならとチーズを切り分け、クラッカーを皿にざざっとあけるが、現実味がない。

 まず、国王が来るような店ではない。
 さらに、来日って言ってるだけあり、日本のお偉い人たちだっているのでは……!?

 それに気づいた莉子は顔が青くなる。

「あの、それ、やめましょう。日本の偉い人とか、そんな人たちもてなせる料理出せないですし、ましてや国王様だなんて……!」
「そんなに大袈裟に捉えなくていい。20日からこちらへ来ることになっているが、ここに留まるのは今月いっぱいの予定なんだ。国王たちも日本が好きでね、お忍びで遊びにきているぐらいだ。今回は、その、遊ぶ日・・・に来てもらう予定だ」
「……とはいえ……」

 そこまでしないと残せない店ならば、挑戦しなければならないが、それでも不安がわき上がる。
 大きくため息をついた莉子の手を、イウォールはそっと握る。

「私や他3名がちゃんとフォローする。問題ない。安心して欲しい」

 銀色の目がしっかりと莉子をとらえる。
 その目は偽りなく真実しか語らない、男の目だ。
 力強く、そして、心からの慈愛に満ちた目───

「そのときに、国王にリコが私の伴侶となることを報告しようと思っているんだが、どう報告するのがい」

 莉子の足払いが、再び決まった。



 倒れたイウォールをそのままに、莉子は準備を進めていくが、いつのまにか復活したイウォールが、しっかりとフォローしてくれている。



 ……この男、できる……!!!



 莉子は一目置きながらも、できた順に料理を皿に盛り付けると、

 「あまりものですが、できましたぁ」

 皿を運んでいけば、ちゃんと5人が座れるようにテーブルが組まれている。

「ありがとうございます」

 莉子がビーフシチューを置いていくと、イウォールがサラダや取り皿を運んでくる。

「リコ、カトラリーってどこ?」

 トゥーマの声に、莉子は「カウンターの裏です」と伝えると、トゥーマとアキラがてきぱきとカトラリーを置いていく。
 カウンターの奥ではケレヴがグラスを磨いている。
 その姿すら様になるのが、ちょっと憎い。

「リコ、今日のワインは? 一応、ボルドー系のグラス磨いたが」
「さすがですね。ローヌワインも考えたんですが、せっかく皆さんと一緒ですし、アメリカのジンファンデル主体のブレンドワインにしましょう。アメリカはガッツン度数も高いですが、旨味もすごいので」

 今日の夕食は、メインがビーフシチュー、サラダは生ハム添えのグリーンサラダ、パンはガーリックトーストされ、チーズはオレンジ色が映えるミモレットに、ハードチーズのコンテ、クラッカーにはクリームチーズが塗られている。
 さらに大皿にはクリームコロッケと皮付きのポテトフライがある。

「料理が足りなくなれば、何か作ります。食材は火曜日に入るので、食べ切ってしまっても全然構いませんから」

 そう言った莉子の肩をそっと押すのはイウォールだ。
 いつの間にか莉子の場所は決まっており、椅子が引かれ、そこに座れ、ということだと理解するが、並べたグラスには、なぜか、なぜか! ケレヴがワインを注いでいる。

「……ちょ、ちょっと待ってください! ここは私のお店ですし、こういうのは、店主がするもので……」
「あ? 女に酒をつがれるのは俺の性分じゃねぇ。やっぱり、飲んで飲ませてなんぼよ」

 目の奥が光る。
 深い意味がありそうだが、莉子はそれに触れないことにした。

「リコ、たまにはいいじゃん。みんなで食事しよーぜ! なんか、こうやってテーブル囲むと、いいな、いいな!」

 ひとりテーブルではしゃぐのはトゥーマだ。
 それをにこにことアキラは見つめている。

「いいよね。家族みたいで。僕も久しぶりだなぁ。こうやってテーブル囲むのなんて、20年ぶりぐらいかも」

 アキラの言葉に、莉子も思う。
 こうやってテーブルに座ってゆっくり食事をするのはいつぶりだろうと。
 誰かに何かをもてなされたのも、いつぶりだろうと……───


 でも、20年ぶり……?


「さ、リコ、新しい仲間ができたお祝いをしよう。そして、私たちの婚礼の予行練習をしようじゃな」
「はい、カンパーイ!」

 イウォールの声を遮っての莉子の乾杯は、店内に大きく響く。
 だけど、みんなとのご飯が嬉しくて、ちょっと涙が溢れてたのは内緒だ。
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