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12話 初任務、開始

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 本日行われる『約束の黒指輪の会』だが、出席する生徒は寮のエントランスで待つことになっている。

 一年生から三年生まで、参加する者たちは煌びやかなドレスに身を包み、それこそ専属の美容係を呼び寄せて、頭からつま先までしっかりコーディネート済みだ。
 私も身支度を整えたが、エントランスは化粧の匂いに香水にで、鼻が曲がりそうだ。
 これはカイを置いてきて正解だ。
 今回の潜入では、ボディチェックがかなり厚いのは目に見えていたため、お留守番をしてもらっている。
 留守番といっても、私の手から離れればただの傀儡になってしまうのだが。

 パーティに出ない寮の生徒も、エントランスを囲む二階廊下に集まりだした。
 ちょっとしたファッションショー、いや、品定めに近い。羨望ももちろんあるが、やっかみの要素も強そうだ。
 それこそ、今日はエスコートする男子生徒が寮に入っていい日である。
 誰が誰と繋がっているのか噂の検証、あるいは新たな噂を求めて、女子たちはハイエナのようにたかっているのでだ。

 頭上から声がする。

「二年の黄波《きなみ》先輩だわぁ」
「絢《あや》様、お綺麗すぎ。ずっと見てられちゃう」
「今年はお相手がいるんだね」
「一年のときは、品定めだったんじゃないの?」

 モーセのように生徒たちがスッと避けていく。
 私の横を過ぎていった彼女を視線で追う。
 月光を髪の毛の色に落とし込んだような、美しい髪が腰までまっすぐに伸び、菖蒲色のドレスは背中が大きくひらき、緩やかに彼女のメリハリボディを強調している。それには細かな刺繍が施され、この薄暗いエントランスでも光を放つのが美しい。
 確かに全てのオーラが違う。
 モデルから女優業に転身したというが、彼女の父親はタリウッドの敏腕映画プロデューサーだ。
 権力と美貌を兼ね備えた女狐、といったところか。

「あ、瑞谷先輩が来た! カッコいいわぁ」
「瑞谷先輩、あと二回しか見られないのかぁ」
「会員用にブロマイド、だしてくんないかなぁ」

 彼女は瑞谷 彌生《みずたに やよい》だ。
 夏の空のような天色《あまいろ》の短い髪を耳にかけ、首から足首、腕までも包む薄墨色《うすすみいろ》のドレスが色っぽい。
 三年生なので今年いっぱいの参加だが、彼女の相手は記憶しておいた方がいい。それこそ、彼女の卒業後の経営パートナーになり得る相手だ。
 いや、それを見極めるために一年を過ごすのかもしれない。
 女帝といわれるだけあり、判断力、人脈もさることながら、ブティック経営を去年から始め、すでに年商二億。今年は二桁を狙うというのだから、驚きだ。

 どよめきが聞こえる。
 白野春乃だ。
 白野財閥の長女であり、そして、それを引き継ぐに値する才女と言われている。
 今回の守るべきティアラの台座になる女だ。
 去年のクイーンでもある彼女は、純白のドレスに身を包み、それはウェディングドレスとは違う、もっとシンプルで可愛らしいダンスドレスで、綿菓子のようにふわふわにまとめられた蜂蜜色の髪の毛とよく似合う。
 社交的な性格でありながら、満面の笑顔の裏は、相当な野心家とも聞く。
 その彼女には、まだティアラはない。
 会場に着いてから学園長が彼女に被せるという、代々続いている儀式《イベント》があるそうだ。

 肩を強く叩かれた。
 振り返れば、かの妹殿じゃあないか。
 まさか寮生でなくても入れるとは。
 いや彼女のことだから、強引に入ってきたに違いない。
 制服姿で手を腰に当て、陽愛は私の鼻先に指をつきつける。

「お兄ちゃんに恥をかかせたら許さないんだからっ!」

 そんなことかと、私は数回頷いて見せた。
 適当なのがバレたのか、瞬間沸騰する。面白い。
 プンスカ怒鳴り続けるのを無視して、彼女の体を改めて眺めた。

 どこも怪我などないようだ。
 筋肉の動き方、喉、腕を振り回す際の肘、手首、どこも違和感なく動いている。
 今日は格好の関係で秘密道具は付けられないため、私は陽愛の手をとり、手のひらにゆっくりと文字を書きこんだ。

  ケガ なくて よかった

「ないって言ってんじゃん!」顔を赤らめつつ、私から手を引っこ抜く。
 乙女心がわからない。

 ふっと、エントランスが静まり返る。
 蒸気時計が鐘を鳴らしている。
 17時の合図。
 5回、鐘が鳴り終えた。

 ──パートナーの入場時間だ。
 皆似たような燕尾服を纏っている。
 “女性が花”と言わんばかりの地味な服装だが、やはりオーラがある男は何を着ても違うようだ。

 黄波にはタリウッドの有名若手俳優であるデジレ・トマが手を取っていく。
 北欧系の血筋といい、190をこえる高身長と甘いマスク、そして、女性をエスコートする手慣れたなめらかさ。見守る女子から、ため息が降ってくる。

 瑞谷には美容ジャンルで起業している与津川 零士《よつがわ れいじ》が腕を差し出した。
 艶のある黒髪をかきあげるが、爪までしっかり手入れが行き届いている。
 美容系で起業しているだけあり、肌も髪も全てが美しく保たれているのは圧巻だ。

 そして白野には噂通り、皇族と遠縁という解川 昌二郎《とくがわ しょうじろう》が彼女の手を取った。
 剣道が趣味というだけあり、肩幅も胸板も厚い。少し太めの眉が男らしさもあり、デジレや与津川とはまた違うイケメンだ。

 エントランスを出ていく彼らを視線で見送っていると、陽愛が手を振り、声を上げる。

「さすが、お兄ちゃん! ちょー似合ってるっ」

 そう言って私をすり抜け、陽愛は目の前の男の腕に絡みついた。
 緋色の髪を緩いオールバックにした男は、私を見おろすと、とても優しく微笑んでくる。
 それは親しみのある視線だ。
 だが、あまりの見覚えのなさに身じろいでしまう。

「ごめんね、陽愛が迷惑かけて」

 編み込みで結い上げた髪が一筋落ちたのを、節の太い指でそっとすくい、私の耳にかけなおされた。

「梟、今日は一段と綺麗だね」

 この美青年の声は、……声は、間違いなく三門だ!
 だが、見た目が違う。
 全然違う! 違い過ぎるっ!
 あの眼鏡のせいで目の輪郭が歪んでいたのか……!
 コンタクトなんかにしないでくれっ!


 これじゃあ、ただの王子系美青年じゃないか!!!!


「どう? 頬の腫れもひいた?」

 指の腹で頬をなでて腫れを確認する三門の手を払い、私は一度背を向ける。
 これは想定外だ。
 目立つ。
 これでは目立つ!!!!
 地味だから、目立たない男だから、影の薄いオタクだから、お願いしたのに……!!

「梟、ごめん……。やっぱ、僕なんかとは、いやだよね……」
「お兄ちゃん、そんなことない! ちょっと、先輩、お兄ちゃんに謝って!」

 振り返るが、妹殿はやかましいアフガンハウンドのようだ。美しい髪を振り乱し、きゃんきゃんとうるさい。
 その隣りには、しょぼくれた美麗な青年がいる。
 なんなんだよ、この美兄妹《びきょうだい》は……!!!!

 私は呆れつつ、三門の手を取り、その手のひらに文字を書いていく。

(とても にあってる ありがとう)

「……ほんと? よかったぁ。ありがとう、梟」

 再び滑り落ちた髪の毛を耳にかけなおしてくれる三門を睨むが、三門は笑ったままだ。
 しょぼくれたの、わざとか? わざとしてるのか、この男!?

 しかし、他の女子の視線が痛い……
 本当に、悪目立ちだ。
 彼女たちの視線が、三門の画像解析を始めている。
 三門がどこの科の生徒か、詮索しているのだ。
 小声でしか話していないが、唇が読める私には丸聞こえだ。

(あんなイケメン、1年で見かけてない)
(どこに隠れてた……?)
(いや、隠されていたんだ!)
(ちがう、我々が見つけ出せなかったんだ……)
(……我々の落ち度か)
(発掘技術を精進しなければ……!)

 読める、読めるぞ……!
 だが、お前たちは何を求め、どこに向かっているんだ……?

「梟、どこか痛む……?」

 半歩近づいた三門の顔が心配そうに私を覗き込む。
 すぐに顔を無表情へ戻し、違うと首を振って見せるが、三門と私の間に陽愛が体をねじ込んできた。

「確かに先輩は美人系だけど、私は認めないんだから!」
「もういいから、陽愛は」

 陽愛の肩をとり、そっと横へずらすと、三門は何か陽愛に囁いた。
 ちょうど陽愛の髪の毛で彼の唇が見えなかったが、陽愛は顔を真っ赤にすると、プイッと口を尖らせ、出ていってしまった。

「梟、行こうか」

 肘をさしだされ、私はそれを掴むしかない。
 視線が集中する。
 額を抱えたくなる気持ちを抑え、私は歩き出す。

 さ、任務に集中しろ、梟──!
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