上 下
4 / 13

4話 不可能からが勝負

しおりを挟む
 私は机に広げたノートに、ありったけの戦法を書き込んでいくことにした。
 声を出さない作戦など、今まで考えたことがなかった。
 それそそ話術があれば、誘導尋問、成り替わり、あるいは弱みを握ってパートナーにさせることなど容易い。

 しかし、何度も言うが、声がでない。
 そうなると、成り代われる相手が絞られる……

 無口な女性で、今現在、指輪の交換をしている人間を探すのが一番手っ取り早いか。
 だが、その学生リストを取り寄せようとすれば、2日はかかる。
 なにより、朧月会に声が出ないことをバラすのはリスキーだ──

 箇条書きにした項目を見ながら、私は何度目の絶望を味わっているのかわからなくなっていた。
 学園に潜入できない絶望から始まり、声がでないために得意の話術が駆使できないことが判明し、しまいには任務すら遂行不可能の可能性が……

 うっすらと雀の顔が浮かんだが、彼女ではこの任務を果たせない。
 仮にパートナーを見つけることができても、天狗党員と対峙することは難しい。
 何か細工をするにしても、大きな胸が邪魔をするというのだから……!

 けっして羨ましくなんかないし!!

 もういっそのことパーティ会場に、強引に屋根から潜入し、怪しいと思える人間を片っ端から捕まえていけば……

『梟、一番下、読んだか?』

 ふわふわの肉球が指し示したのは冊子の赤文字だ。


※当日は蒸気傀儡警備兵を配置。安全にも考慮している会です。


『要人の子どもがいるんだもんな。さすがだわな。つかさー、子どものダンスに警備、厚すぎじゃね?』

 なるほど。
 蒸気傀儡警備兵なら細工が簡単だ。
 ならば、全て蒸気傀儡警備兵を再起不能にさせれば……!

『梟、今、何考えてた? それやっちゃったら、もう隠密スパイじゃねーぞ? ただの破壊工作員だぞ?』

 ……読まれていたか。
 しかし、仮に細工をするなら、会場内外の傀儡に工作しなければならない。
 内外含めると、1週間かかっても工作は完了できないのは間違いない……

 詰んだか……?

『おーい、おい』

 カイが机の上に乗り、私の目の前で手を振ってくる。

『まだまだ諦めるときじゃねーだろ? ほら、悩んだら、散歩だ、散歩。さっきのクレープ、食いに行こうぜ? な?』

 確かに気分を変えた方がいい。
 私は素直に従うことにし、着替えを始める。

 碧霞学園の制服は、群青色のセーラー服になる。
 スカーフは純白だが、スカーフリングが学年を表している。
 1年生は銅色、2年生は銀色、3年生は金色になる。特級学生となると紫色だ。

 私はスカーフを短めに巻き、銅色のリングをはめた。
 スカートは短めに折っていく。
 スカートの中は、インナーパンツを履いているので、下着が見える心配はない。
 靴下は膝上のものを履いていく。
 鉛が織り込まれた靴下になる。脚力サポーターであり、防具にもなる優れものだ。
 さらにセーラーの中にはナイフ用の防弾チョッキを着込んでおいた。
 この国は銃規制があるため、もっぱら傀儡に仕込まれる武器も刃物が大半だからだ。

『お、似合ってる、似合ってる』

 クローゼットに映した姿を見て、改めて自分が碧霞学園の生徒になったのだと実感する。
 外套をはおると、少しだけ自信を持って、外へと踏み出した。



 先程突っ切ってきた庭園だが、変わらず人が多い。
 学年ごとに垣根はないようだ。学生同士の交流が盛んに見える。
 制服に着替えたお陰か、視線はこちらに向いてこない。

『クレープ、フルーツいっぱいのあるといな』

 クレープのキッチンカーにつくと、カイがひょいっとメニュー表に肉球をさした。

『お姉さん、このフルーツいっぱいのクレープ、ひとつな』

 私の好きそうなクレープを注文してくれる。
 口パクで(ありがと)と言うと、肉球をさしだされた。
 蒸気石の催促だ。
 私はポケットにしまっておいた上質の蒸気石を取り出し、手渡すと、カイはすぐさまかじりつく。

『弾ける蒸気がめっちゃウマいよなー! 上質なやつほど、繊細な泡があってさー』

 いい音を鳴らしながらカイは食べはじめる。
 私はクレープを受け取ると、耳元でガリシュワ鳴らすカイを頭に乗せ直し、少し離れたベンチに腰を下ろした。

 噴水を目前に置いて、ベンチはバラ庭園の手前になる。
 人通りが少ないため、落ち着ける。
 追加の蒸気石をカイに渡し、クレープをひと口頬張った。
 生のぶどう、桃、りんご、バナナが差し込まれたボリューム満点のクレープだ。
 オレンジジャムと生クリームのハーモニーを楽しむことに徹していると、遠くから声がする。

 駆け寄ってきたのは、三門と呼ばれていた先ほどの青年だ。

「見つけた! よかったぁ。さっき、お礼、ろくに言えなかったからさ。さっきは本当にありがとう。減点は大丈夫? 僕はマイナス3点喰らったけど」

 首を横に振ると、安堵したように微笑んだ。
 ヒビが入った眼鏡は取り替えられている。だが制服は汚れたままだ。
 もう一度「よかった」繰り返して、橙色の髪を無造作にかきあげた。
 彼は頼りなく笑うが、顔の半分を覆うほどの丸眼鏡は、彼の傀儡オタクを強調しているようにも見える。そのオタクの雰囲気そのままに、猫背で早口に喋り出す。

「あのあとの華夜かやがとっても綺麗に光ってたんだ。蒸気の膜だと思うけど、あんなにしっかり戦ったのは初めてで、それこそ、なんか、とても嬉しそうに見えてさ! 華夜の蒸気の流れもかなり良くなってるし、機嫌がいいんだよ。関節があんまし強くない子だったんだけど、もっと動きが機敏になって関節が柔らかくなってて。ずっとずっと良くなってた! ほんと、君の言う通り、傀儡の本懐、ちゃんと見てあげないとって思ってさ!」

 彼の一人語りを聞き流しているのに、勝手にベンチに腰を下ろしてくる。
 そのまま無視していると、カイの頭を優しく撫でだした。だがその手つきは動物相手ではない。傀儡相手の撫で方だ。
 カイはそれが嬉しかったのか、尻尾をぶんと振り上げると、

『そりゃよかった。さすがだろ、オレ様の相棒』
「本当だよ! どうもありがと」

 まだクレープを食べ終えていない私に、ベンチに座った彼は手を差し出してくる。

「同じ学年で良かった。僕はいぬい三門みかど。よろしく。梟、だったよね?」

 彼の手にはピアスがある。封蝋と同じ模様が刻まれている。
 慌てて左耳に触れた。
 ……ない。
 私はクレープを口に詰め込み、それを左耳につけ直す。

「それ、……朧月、だろ」

 瞬間、私は外套に仕込んでおいた小型ナイフを彼の外套の下にもぐらせ、肋に刃を向けた。
 彼は数テンポ遅れて自分の状況を把握したようだ。
 慌てながら、両腕を小さく上げる。

「ままままま待ってよ。待って! 僕の叔父も会員だったんだ。傀儡技師だよ。……ちょっと、失踪してるけど」

 私は布越しに刃を押し当てる。
 切先は布をこえ、軽く肌に刺さったところだ。
 このまま一気に差し込めば肋の隙間を抜けて肺に刺さり、彼は自分の血液で窒息死する。

「……わ、わかってるって。関われば始末されるってことぐらい……」

 三門は動かない。
 私は0.5ミリ、差し込んだ。
 だがそれでも彼の視線は折れない。
 私を見据えて言い切った。

「それでも、君に協力してほしんだ……! 頼むよ、君しか、頼れない」

 澄んだ緑色の瞳が私の瞳に入り込む。
 彼が前のめりになったせいで、ナイフの先が1ミリ進む。
 5秒が過ぎたとき、カイの肉球が私の手に触れた。

『話だけでも聞いてやれよ、梟』


 ナイフを抜き、小さく頷いた私に、彼が安堵の顔を見せる。
 そんな簡単な話ではないことを、このときの私は残念ながら知らないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

メシマズ勇者の給食係

yolu
児童書・童話
中学一年生・拓人(たくと)は、祖母と二人暮らしをしていた。 日々の生活はほぼ拓人がこなし、特に得意な家事は料理。一度見たレシピは忘れないのが、拓人の特技でもある。 そんな生活のなか、祖母が急逝してしまう。 失意のどん底で、雨の道路を踏み外し、トラックにはねられたと思ったが、目覚めた場所は、なんと異世界! ──拓人の料理が救うのは、仲間と、……異世界も!?

犬と歩けば!

もり ひろし
児童書・童話
孤独な少年らのもとにやって来た犬たち、犬たちは彼らの周辺を変えてゆく。犬のいる生活。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

大嫌いなキミに愛をささやく日

またり鈴春
児童書・童話
私には大嫌いな人がいる。 その人から、まさか告白されるなんて…! 「大嫌い・来ないで・触らないで」 どんなにヒドイ事を言っても諦めない、それが私の大嫌いな人。そう思っていたのに… 気づけば私たちは互いを必要とし、支え合っていた。 そして、初めての恋もたくさんの愛も、全部ぜんぶ――キミが教えてくれたんだ。 \初めての恋とたくさんの愛を知るピュアラブ物語/

DRAGGY!-ドラギィ!- 【一時完結】

Sirocos(シロコス)
児童書・童話
〈次章の連載開始は、来年の春頃を想定しております! m(_ _"m)〉 ●第2回きずな児童書大賞エントリー 【竜のような、犬のような……誰も知らないフシギ生物。それがドラギィ! 人間界に住む少年レンは、ある日、空から落ちてきたドラギィの「フラップ」と出会います。 フラップの望みは、ドラギィとしての修行を果たし、いつの日か空島『スカイランド』へ帰ること。 同じく空から降ってきた、天真らんまんなドラギィのフリーナにも出会えました! 新しい仲間も続々登場! 白ネズミの天才博士しろさん、かわいいものが大好きな本田ユカに加えて、 レンの親友の市原ジュンに浜田タク、なんだか嫌味なライバル的存在の小野寺ヨシ―― さて、レンとドラギィたちの不思議な暮らしは、これからどうなっていくのか!?】 (不定期更新になります。ご了承くださいませ)

月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏
児童書・童話
初めての夜は不気味な洋館で?! 満月の夜、級友サトミの家の裏庭上空でおこる怪現象を見せられたケンヂは、正体を確かめようと登った木の上で奇妙な物体と遭遇。足を踏み外し落下してしまう……。  話は昼間にさかのぼる。 両親が泊まりがけの旅行へ出かけた日、ケンヂは友人から『旅行中の両親が深夜に帰ってきて、あの世に連れて行く』という怪談を聞かされる。 その日の放課後、ふだん男子と会話などしない、おとなしい性格の級友サトミから、とつぜん話があると呼び出されたケンヂ。その話とは『今夜、私のうちに泊りにきて』という、とんでもない要求だった。

【完結】僕らのミステリー研究会

SATO SATO
児童書・童話
主人公の「僕」は、何も取り柄のない小学校三年生。 何をやっても、真ん中かそれより下。 そんな僕がひょんなことから出会ったのは、我が小学校の部活、ミステリー研究会。 ホントだったら、サッカー部に入って、人気者に大変身!ともくろんでいたのに。 なぜかミステリー研究会に入ることになっていて? そこで出会ったのは、部長のゆみりと親友となった博人。 三人で、ミステリー研究会としての活動を始動して行く。そして僕は、大きな謎へと辿り着く。

処理中です...