café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

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第2章 カフェから巡る四季

第153話 初めての高級シュトーレン

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 シュトーレン。
 一度は食べてみたいお菓子のトップ10には入るのではないだろうか。
 都会へ行けば、各店舗のシュトーレンの切り身市なるものがあるらしいが、あいにく、この辺りでは行う予定がない。
 なにより、店の休みは週に1回だ。

「……休み、増やしちゃおうかな」

 そうこぼした莉子に、

「困りますよぉ~」

 泣きつくのは瑞樹だ。

「今月はマジ、頼むって! ここしか癒しがないんだってば」

 焦ってしゃべるのは巧である。

 現在、師走。
 忘年会シーズンなのもあり、飲み会飲み会が続いているよう。
 ここはビジネス街の一角でもあるため、莉子は胃に優しい、あたたかいメニューをランチに今月は採用している。
 そのため少し手の込んだ料理が多いため、大人数の忘年会は店では受けないことにし、夜はドリンクメインで回しているのだが、それでも夕飯を食べにくるのが、二人である。

「ひさしぶりに莉子さんの夕飯なのに、なんで水、さすかなぁ」

 少し怒りが込められた巧の声に、莉子は吹き出した。

「水、さしたつもりはないですけど、でもこれだけは言えます」
「「なに?」」
「いつまでも、あると思うな、ここの店」
「「だからー!」」

 食べ終わったお椀を片付け始めるが、二人の表情は重い。
 どうしたものか。冗談なのに。
 そう茶化そうとカウンターへ戻ると、腕を組む二人がいる。

「確かに、そうだよね、巧」
「だよな」
「なにが、『だよな』なんです?」

 自分用に入れたほうじ茶を二人にも差し出すと、ずずっと同時に二人はすする。
 明日は朝から会議ということで、お酒はなしなのだが、この空気感は出すべきか……?

 莉子が出せるものはあるかと視線を泳がしていると、ぐっと瑞樹の顔が上がった。

「莉子さん、ごめんなさい。莉子さんだって忙しいのに」
「でも、オレたち、マジで今月キツくて。言い訳なんだけど、ここだから、ゆっくりご飯食べれるのもあって」
「「だから!」」

 声が揃った二人に、莉子は思わず身を引いた。
 だがその距離を埋めるように二人が、ぐっと身を寄せる。

「莉子さん、おれたち、お礼しかできなくって」
「オレもお金しか出せなくって……。どうしたら、莉子さん、楽になるかな? バイト、こっちから派遣とかなら、すぐできるんだけど」

 それは、あんたたち含め、夜の営業終了後に、こなきゃいいんだけど。

 なんて、言えるはずもない。
 とはいえ、いつもいろいろご協力いただいていることも多い。
 それこそ会社協賛として、近隣イベントはもちろん、カフェに対しての食材の寄付やお土産、それこそ高級ワインの差し入れなど、数えきれないカフェの利用をしてもらっている。
 それに、家族のような彼らだからこそ、食事を作ってあげたいと思ってしていることだ。
 もうここまでが仕事なのだと思えるぐらいに、当たり前ではある。
 だが、仕事と思えば、少し違う。
 時間外、ではあるし、勤務状態をみても、あまりいいとは言えない。
 特に、ワンオペで行っている以上、どこか綻びがでてもおかしくない。
 それこそ、インフルエンザにでもかかれば、10日は店を閉めなければならない。
 それは月のほぼ半分が営業できないことといっしょだ──

「まず、家族みたいなものなので、大丈夫。だけど」
「「……だけど?」」
「やっぱり、この店は一馬力なので、私がいなくては回りません。凄腕バイトさんが来ても、私の右腕になるまで、やっぱり数日は必要になると思います。なので」
「「なので?」」

 乗り出してきた二人へ、莉子はスマホを見せる。

「ここのシュトーレン、買ってくれませんか? なんか、SNSで投稿されてて、とっても美味しそうだったんですよ。普通、3千円くらいなんですけど、ここの8千円もしてて。自分じゃちょっと買えないから」
「そんなんでいいの? 何本でも買うし!」

 さすが、というべきか、もう少し父から経営学を学ぶべきではと思うべきか、巧の反応に苦笑いが浮かんでしまうが、瑞樹は素早く検索を始める。

「あ、小樽のホテルのシュトーレン……、はい、わかりました。1本でいいんですか?」
「うん。1本以上は絶対にダメ」

 莉子のダメという語尾に驚きながら二人は頷く。

「お取り寄せしたら、持ってきてください。ここへ直接配達はなしで」
「なんでです?」

 困り顔の瑞樹と巧に、莉子は笑う。

「みんなで食べるためですよ。先に届いたら、私、食べきっちゃうかもだし」



 ──こういうときの二人の行動は早い。
 すぐに発注をかけると、取り寄せに成功!
 ただし順次搬送のため、いつ届くかわからないという。
 届いたときに莉子に会うのがいいかと、届くまで待つことにしたが、これは莉子の策ではないとか、瑞樹は気づく。

「ね、巧、これさ、莉子さん、少し来ないようにシュトーレンで足止めしたんじゃない?」
「オレも思ってた。策士だな、莉子さん」
「ほんと。さすが、代理の彼女って感じ」

 そんな会話をしているとはつゆ知らず。
 莉子はシュトーレンを心の底から待っていた。
 それこそ、すぐ届くのではと思っていたのに、なかなか来ない二人にイライラしたぐらいだ。

 イライラが無へと変換されたころ、莉子のスマホへ連絡が入る。

『今日、届いたので、持っていきます』

 なんて、素敵な文字列なんだろう……!

 莉子はランチタイムの最中、踊りたくなるのを我慢するが、常連は浮き足立つ莉子のつま先を読み取っていた──



 夜になり。
 やはり、閉店後の時刻に、二人はいそいそとやってきた。

「いらっしゃい!」

 満面の笑みで出迎えてくれた莉子に、二人はすぐ、シュトーレンの箱を差し出した。

「例のブツだぜ、莉子さん」

 巧から手渡され、莉子は崇めるように掲げあげた。

「ありがとうございます……! おいしいっていうシュトーレン、食べてみたかったんだー!」

 カウンターへと通され、いつもの位置に座ると、すでに夕食が用意されている。

「昨日も関連会社の懇親会とかあったって、連藤さんから聞きました。まあ、ランチのあまりですが、鯖の味噌煮と五目ご飯とお味噌汁、あとはお浸しときんぴらです。和んでください」
「やった! めっちゃ和風だぁ!」

 驚く瑞樹をよそに、すでに箸を手に持ち、巧は両手を合わせた。

「いっただきまーすっ」
「巧、ずるいって!」

 ガツガツと食べはじめた二人をおいて、莉子は厨房へ入っていく。
 もう、シュトーレンを切りたくて仕方がないのである。
 シュトーレンの切り方はマスターしてる。

 ど真ん中を切る!

 これが大切なのだとか。
 それこそ、端から切って食べるのではなく、真ん中から切って、切り口をくっつけて保存するのが、シュトーレンの食べ方なのである。

 1センチ程度の厚みを3切用意すると、莉子は自分用のカウンターチェアを用意し、二人の向かいに腰を下ろした。
 そのトレイには、3人分のシュトーレンがある。

 食べるのが早い二人のことだから、すぐに食べれるのではと準備したのだが、案の定、二人の鯖味噌は骨だけとなり、ご飯茶碗も空だ。

「ご飯、おかわりします?」

 莉子がきくと、二人は首を横に振る。

「なら、コーヒーでもいれましょうか」

 頷いた無言の二人をみて、ハムスターみたいだな。と莉子は思いながら、ハンドドリップしていく。
 すぐにコーヒーのいい香りが漂ってくる。
 浅煎りなのもあり、少しの酸味も香りに混じって爽やかだ。

 コーヒーとシュトーレンを二人に差し出すと、二人もじっと眺めている。

「こんなにドライフルーツ入ってるって知らなかった」
「オレも。ね、莉子さん、この真ん中のなに?」
「あ、これですか。マジパンですね」
「「マジ、パン?」」

 莉子は二人の顔を見て、

「マジで、パンとか思ってる?」
「「ちがうの!?」」

 焦りながら言う二人に莉子は吹き出した。

「マジパンってものがあるんです。アーモンドパウダーに砂糖や卵白をまぜて、ペースト状にしたものです。入ってないのもあるそうですけど、入ってる方が、私はなんかシュトーレンな感じがして、好きですね、見た目的に」

 莉子はすばやくフォークを持ち上げた。

「じゃ、いただきまーす」

 莉子の声に続いて、二人もフォークを差し込んだ。
 しっとりとした生地に表面には真っ白な粉砂糖がまぶされている。
 さまざまなドライフルーツはもちろん、ナッツもまぜられ、一口ふくむだけで、味と食感が複雑なのがわかる。
 そしてなにより──

「「「ぜんぜん、甘くない」」」

 声が揃うほど、甘くないのだ。
 これが高級店の味なのか。
 莉子は納得してしまう。

 大昔に食べたシュトーレンは、小麦粉っぽい砂糖の塊だったのだ。
 だがこれは、たった1センチでも重厚感があり、甘味はもちろん、風味もすばらしい。スパイスが程よく鼻を抜けていく。
 ドライフルーツの甘味はもちろん、このスパイスの香りがあるおかげで、甘さがしつこく感じない。
 また、バターに漬け込み、長期保存ができるようにしてあるというが、脂っこくなく、むしろバターがこの生地のコクになっている。

「やっばい。これ、いくらでも食べれそう」

 コーヒーを一口、シュトーレンを一口としているうちに、どんどん消えていってしまう。
 もう一切れ! と振り返ろうとした莉子を、瑞樹が引き止める。

「莉子さん、これの作り方、知ってるんですよね?」
「うん。もう一切れ、食べない?」
「時計、見てください」

 指をさした壁掛け時計は、23時だ。

「カロリーでいうと、たぶん、その薄さで、ご飯1膳ぐらいはあるんじゃないかと……もう一枚食べたら、おれたち……」

 莉子は眉間をもむ。
 どうするべきか。
 確かに明日も食べられる素敵なお菓子だ。
 だが、今、食べたい気持ちもある。

 ……莉子は、明日の朝を想像する。

「……明日、食べるかな」

 2枚目を食べて起きた朝は、胸焼けの未来しか視えなかったのだ。
 3人は、おいしいものも、ほどほどに。
 その言葉を胸に刻み、お開きとなった。
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感想 18

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みんなの感想(18件)

あ
2022.10.31

定期的にのぞきにきてます、次の更新楽しみに待ってます

久しぶりにお外へお出掛けとかどうでしょう?
もちろん双方のおうちでまったりも歓迎です

2022.11.01 yolu

あさん、お久しぶりです
いつも見守ってくださり、本当にありがとうございます😊
もう少ししたら、リアルが落ち着くので、いの一番に更新したいと思います!
ありがとうございますっ
もう少しだけ、お時間ください

解除
おかの
2022.05.30 おかの

いつも更新楽しみにしています( ^ω^ )
莉子さんの料理が美味しそうなので、私も真似して作ったりしています。
cafe R、近所にあったら常連になりたい!

2022.05.30 yolu

いつもお付き合いいただき、ありがとうございます
不定期更新ですみません( ´;ω;` )ありがとうございます!

真似していただけるなんて、光栄です!
ありがとうございますっ
タイトルがメニューのものは、間違いなく私が作ったことがある料理なので、少しでも昼食・夕飯のキッカケになっていたら嬉しいです

本当に嬉しい感想、ありがとうございます
更新、がんばりますっ!

解除
あ
2022.02.25
ネタバレ含む
2022.02.25 yolu

あさん、ありがとうございます(゚´Д`゚)゚。
なかなか更新がままならず、いつも追いかけていただき、感謝しかありません!

何かしらのカタチになるのも夢ですが、楽しく読んでいただけることを目標に、楽しく続けていきたいと思います(ˊᗜˋ)ありがとうございますっ

解除

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