café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

yolu

文字の大きさ
上 下
136 / 153
第2章 カフェから巡る四季

第136話 小豆・襲来

しおりを挟む
 莉子が届いたダンボールから取り出したのは、ジップロックミチミチに詰められた小豆だ。しかも、豆のまま。それに小さい手紙も添えられている。

『りこちゃん、餡子くらいもう炊けるでしょ?』
「炊けないし!!!!」

 あんこになっていない小豆など、ただの豆!

 莉子が頭を抱えるなか、救いの手を差しのべたのは、いうまでもなく、連藤だった。


 本日は定休日の前日。
 明日は連藤との一緒に休める日でもある。
 お互いの時間を合わせて過ごせるのが久々とあって、莉子は大変よろこんでいたのだが、祖母からの贈り物の話となり、小豆の話をしたことで、がらりと雰囲気が変わってしまった。

「小豆は他の豆より、炊くのは手軽だ」
「はい、ダウトー」

 莉子は何の知識もないまま連藤の回答を嘘だと決めつけたが、連藤は笑う。

「なら、明日、俺の家で教えようじゃないか、莉子さん」
「確かに休みですけど、連藤さんとの時間がなくなっちゃうのいやだぁ」

 ひさしぶりにお互いの時間が合ったのである。
 ゆっくりまったり計画を立てていた莉子にとって、餡子作成は邪魔でしかない。

「2時間もしないでできると思う」
「ほんとー?」

 ジト目で見やる莉子の視線は見えないはずなのに、連藤は莉子ににこりと笑う。

「大丈夫。豆だけ持ってきてくれ」


 莉子は朝のコーヒーを飲み終えると、連藤の家まで自転車を飛ばしていく。
 朝のコーヒーも連藤の家で飲めばいいかと思ったのだが、やはり最初の1杯は自分で淹れて、体調を確かめないと気が済まなかった。どうしようもない癖だと莉子は思いながら、朝の寒さに身を縮めつつ、向かって行く。

「連藤さん、莉子ですー」

 鍵を開けてもらい、なれた手順で進んでいく。
 見慣れた廊下が広がり、連藤の部屋に到着。
 部屋の鍵はすでに開いていた。

「ただいまー」

 莉子は声をかけながら入って行くと、スーツではないラフなスエット姿の連藤がいる。
 相変わらずのギャップに、莉子の心はぐっと掴まれる。

「おかえり、莉子さん。一服しながら、小豆を煮ようか」

 すでに厚手の鍋が準備と、ザル、砂糖がならぶ。

「小豆は200gで作ろう。作り終わったら600gにはなるから、よければ分けて欲しいんだが」
「もちろんです。豆は1キロきてて。今日は500gもってきました。残り、置いておきますね」
「そんなに俺もいらないんだが」
「私もそんなにいらないんですよね」

「「……」」

 莉子は手を洗い、リュックから小豆を取り出した。
 200gを計り、ザルで軽く洗ったあと、厚手の鍋にたっぷりの水を入れて火にかけていく。

「ぶくぶくと沸騰したら火を止めて、蓋をして15分放置する。小豆は煮る間に崩さないようにするのが大切。蓋をして、放置するのが俺の作り方。……っていっても、昔、ネットで見た作り方、だけどな」

 鍋に火をかけてくれたので、ちょっと一服。今日、2杯目のコーヒーだ。
 莉子はそれをすすりつつ、スマホのタイマーを睨む。

「これ、長すぎたりしたらどうなるんですかね」
「小豆のシブ抜きらしいから、多少、味が変わるかもな」
「でしょうね」

 チル系の曲を聴きながら、特に会話をすることなくのんびりと時間を過ごし、スマホが震える。

「15分ですね。次は?」
「お湯を切って、同じ鍋でひたひたの水で煮ていく。これからが少し時間がかかる」

 本当にさらっと被った程度の水にし、火にかけていくのだが、蓋はしないそうだ。

「豆が踊りすぎるのもよくないし、水が減りすぎたら足さなきゃいけないからな。だから、鍋に蓋はしないんだ」
「わかりました」

 くつくつと煮ていくが、本当にどれぐらいの時間、煮るのか見当がつかない。

「連藤さん、何分ぐらい?」
「豆の大きさや、何年の豆かでも変わるそうだ。10分おきに豆を一粒指で潰して、芯がなく、サラッと全てが潰れるぐらいになるまでがんばってくれ」

 莉子は、時折木ベラで混ぜつつ、そっとつまんでみる。


「……あっつ! ……全然固い」

「……あっつ! ……まだ、芯あるな」

「あっついって! ……芯、ちょっとある?」

「あっつい! ……芯、消えたかも!」


 芯が消えるまで30分以上はかかっていたと思うが、夢中になりすぎて時間を正確に見ていなかった。
 莉子は自分の不手際に悲しみを抱きつつ、次の工程を確認する。

「次は、蓋を閉めて、30分、放置してほしい」
「まだ蒸らすの?」
「そう。均等に全ての豆に火を通したいからな。あと、砂糖は180g」
「はい、180gね」

 莉子は180gを用意し終えると、テーブルに紅茶が置いてある。

「いいフレーバーティーが手に入ったんだ。飲みながら待とう」

 いつの間にか用意されていた紅茶を飲みつつ、タイマーを待つ。
 ただ、茶菓子はなし。
 理由は、餡子ができたら、お餅と一緒に食べるためだ。

「連藤さんは、昔、餡子も煮ていたんですね」

 莉子が感心したようにいうと、

「作れるものは作ってみたかったからな。でも目が不自由になってからは、作れていない。久しぶりだ」
「どうして?」
「それは後から教える」

 何か、餡子を作る際に問題があるようだ。
 のんびりとおしゃべりしつつ、30分が経った。
 少し粘性のある黒い液体の中に小豆が沈んでいる。

「莉子さん、めんどうだから、このまま砂糖を入れて、練っていこう」

 言われるまま砂糖を投入。
 火にかけていくが、合わせて手首が長めの鍋掴みを渡された。

「これ、履かなきゃだめですか?」
「ラストになるほど、キツいと思う」

 連藤の言ったとおりだった。
 水分がなくなってくると餡子はぽっこり空気を含み、破裂する。
 それが四方に飛んでいくのだ。
 腕が狙われるのはもちろん、あっつい餡子を混ぜる手も、これでは火傷してしまう。

「連藤さん、餡子って、結構体力つかいますね、熱いし」
「そうなんだ。時間さえあれば簡単なんだが、混ぜたりはもちろんだが、ずっと立っていたりするからな」

 莉子は大きくかき混ぜながら、じっくり餡子の水分を飛ばしていく。
 ただ、飛ばしすぎてもパサパサするため、この辺りが難しいところだが、莉子なりのいいところで火を止めた。

「完成しましたー!」

 バットのなかに餡子を落としておき、粗熱をとったら冷蔵庫にしまうのだが、その前に、熱々餡子をお餅といっしょに実食です!



 餡子は皿に置いておく。
 次に、オーブントースターで焼いたお餅を一度お湯にくぐらせた。
 とろっとろのお餅を餡子の上に。
 仕上げに、きな粉を振りかければ、完成!

 きな粉餡子餅だ。

「きな粉かかってるのが贅沢すぎるー」

 喜ぶ莉子に、

「だが、きな粉は頬張りすぎるとむせやすくて、俺はたくさんは食べられない」
「それ、わかります」

 笑い合いながら、莉子はひと口、餡子とお餅を頬張った。

 この瞬間にわかる。

 本物の餡子、みたいだ。と。

 じゃあ、本物の餡子、とはなんだというと難しいのだが、香りが違う。
 小豆のいい風味がしっかり生きているのだ。
 どこを食べても、噛み締めるたびに小豆の風味が鼻をぬけていく。
 小豆に風味があるとことを、莉子は初めて知った。

「この餡子、めっちゃおいしいですね!」

 莉子の声に、連藤は笑う。

「莉子さんのおばあさんの小豆がよかったんだよ」
「違うよ、炊き方だって」

 お互いに譲らない不毛な言い合いをしながら、あんこを次は何に使っていくのか考えていく。

「次は、ぜんざいかなぁ。私、芋餅のぜんざい、好きなんですよ」
「芋餅?」
「じゃがいもと片栗混ぜて作った餅なんですけど」
「ああ、あれか」

 他愛のない料理の会話だが、莉子にとって、大事で、愛おしい時間だ。
 好きな人と、好きなことを、一緒にできる楽しさは、この上ない幸せなのだ。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~

白い黒猫
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある希望が丘駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】。 国会議員の重光幸太郎先生の膝元であるこの土地にある商店街は、パワフルで個性的な人が多く明るく元気な街。就職浪人になりJazzBarを経営する伯父の元で就職活動をしながら働く事になった東明(とうめい)透(ゆき)は、商店街のある仕事を担当する事になり……。 ※ 鏡野ゆうさんの『政治家の嫁は秘書様』に出てくる商店街が物語を飛び出し、仲良し作家さんの活動スポットとなってしまいました。その為に同じ商店街に住む他の作家さんのキャラクターが数多く物語の中で登場して活躍しています。鏡野ゆうさん及び、登場する作家さんの許可を得て創作させて頂いております。  コラボ作品はコチラとなっています。 【政治家の嫁は秘書様】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339 【日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 【希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~】  https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ 【希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376  【Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 【希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 【希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

処理中です...