café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

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第2章 カフェから巡る四季

第127話 特製ソースで食べる茹で卵

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 半熟のゆで卵が、一番おいしい。

 そう語り始めた連藤に、「は!」と鼻で笑ったのは三井である。

「お前、ゆで卵の良さ、わかってねぇな」

 会議を終え、資料を見直していた2人だが、ゆで卵は固茹でか半熟かの論争が始まったのだ。
 三井は固茹で派、連藤は半熟派だったのだが、なぜか白熱!
 それを側で聞いている瑞樹は、半熟と固茹での真ん中が好きなため、あえて、口には出さないでいた。

「三井、固茹ってさー、めっちゃボソボソしてね?」

 資料を片付け終えた巧が言うが、瑞樹は焦る。
 今、そこを責めるべきじゃない。
 この論争に油を注ぐことに……!

 案の定……

「馬鹿か、お前。固茹でこそ、至高なんだよ!」

 キレた。
 久しぶりに、三井がキレた。食べ物で。

 馬鹿って相手を言うときは、三井がキレた証拠だ。

「バカはねーじゃん」
「いや、お前は馬鹿だ、巧。固茹でだからこその食べ応えと、料理の応用がきくだろ。半熟なんて、生卵の延長だろ」

 ここで立ち上がったのは連藤だ。

「生卵の延長とはなんだ。しっかり、白身は固まり、卵黄だけがトロリとしている。これが、至高だろ」
「はぁ? そんな飲み物すすっても、腹にたまんねーだろ」
「食べ応えでいっているのか? だからって、固茹でじゃあ、口のなかがパッサパサになるだけだろ」
「お前、わかってねぇな。パッサパサになるなら、なんか飲めばいいだろ」
「それは料理としての釣り合いが取れていない」

 お互いに一歩もひかない状況に瑞樹は素早く電話を入れていた。

「……あ、もしもし、莉子さん? ……いやいや違くて。今日、ゆで卵作って欲しいんだけど。固茹でと、半熟で」


 電話を切ったあとも、莉子は首を傾げていた。
 なぜ、ゆで卵の種類を作らなければならないのか。

「ま、いっか……。分刻みでゆで卵作ってみよー。やってみたかったし」

 莉子は大きな鍋に火をかけていく。
 沸騰してからが本場。
 そのまま冷たい卵を入れ、分をはかり、茹で上げていく。
 ちなみに莉子は7分のゆで卵が好きだ。
 白身がしっとり、卵黄がとろーり。

 だが検証しなければならないので、卵に数字を書いておくことにした。
 6と書かれた卵は6分、7は7分、8、9、10、11、12、とし7種類のゆで卵を作ることに決める。

 そして、このゆで卵たちにかけるのソースは美味しくなくてはならない!
 ゴージャス・オーロラソースを莉子は作っていく。

 マヨネーズをボウルにたっぷりと絞り出し、そこへケチャップと、おろしたニンニクを混ぜ、レモン汁を気持ち多めにいれ、生クリームを合わせ、最後にオリーブオイルで全体をまとめれば完成。
 マヨネーズベースのため、ケチャップと生クリームは同じ量を入れていく。
 仕上げにオリーブオイルだが、これはソースの上にかけ、混ぜないで出すことにした。
 その方が香りが残るのではと思ったからだ。

「人数が多いから、比率を大事に、大事に……」

 とはいいつつも、莉子が好きなケチャップ味が強いソースになったのは間違いない。

 混ぜている間に、ゆで卵は出来上がっていくもので、それらをしっかり冷やしている間、皿にも数字を貼り付けておく。

 ゆで卵はお尻(尖っていない方)からむいていくと、熱々でもボロボロにならないと料理番組で学んだ莉子はその通りに殻をむいていく。

「……冷えてるから、まぁ大丈夫だけど……6分やばいな……ぶよっぶよ……」

 中の黄身が固まっていないと、ゆで卵はくにくにと歪むのである。
 そうして待っていると、4人の登場だ。

 会社からずっと小言を続けてきたのか、三井と連藤の目は穏やかではない。
 瑞樹はため息をつき、巧は肩をすくめている。

「はいはい。いいですから、食べ比べて好きなの選んでください。どちらもいいところありますから」

 莉子は数字が書かれたゆで卵の皿を差し出した。
 1個ずつ割っていくと、6分は超とろとろな半熟ゆで卵。
 7分・8分は、半熟のゆで卵だった。
 9分は、硬め&半熟のゆで卵で、10分は固茹でだ。
 11分、12分は完璧なカッチカチの固茹でだった。

「たっくさん、ゆで卵作っておきましたので、この特製ゴージャス・オーロラソースとか、蒸したジャガイモ、かぼちゃ、アスパラもあります。ゆで卵とソースを絡めて、召し上がってみてください」

 ワインはロゼワインを注ぎ、4人は一斉に口をつけていく。
 連藤は6分から、三井は12分、瑞樹は9分で、巧は10分だ。
 莉子は8分にし、ジャガイモを崩して、そこへ特製ゴージャス・オーロラソースをたっぷりとかける。

「……んー! おいしい! ニンニクの風味もいいし、生クリームのこってり感がまたいいわぁ……」

 巧と瑞樹も莉子の声に大きく頷いた。

「めっちゃいいよね、巧!」
「ん! 固茹ででもさ、このポロポロ感とソースが絡んでめっちゃうまい。なんか新種のタルタルソースみたいな、そんな感じになる」
「あー! そっか。それなら、揚げ物もあったらよかったね」

 莉子が遠い目をするが、2人は首を横に振る。

「揚げ物まであったら、こんだけのゆで卵食べきれないと思う」
「オレもそー思う。つか、ロゼとめっちゃ合うね!」

 和気藹々と過ごす3人の横で、神妙な顔で食べているのが、三井と連藤だ。
 どちらもソースがからみ、めっちゃくっちゃおいしかったわけなのだが───

「ほら、おふたりとも、お互いの固茹でと半熟、食べてみたらどうですか?」

 莉子の声に押され、連藤は固茹でを皿に乗せた。
 ころりと転がるのが固茹でらしい。

 一方、三井の皿に乗った半熟ゆで卵だが、真ん中が凹むぐらいに柔らかい。
 中身がとろとろなのが白身から透けて見えるほどだ。

 改めてソースをかけなおし、2人は同時にゆで卵を割った。
 フォークでしっかり抑え、ナイフをいれた連藤とは対照的に、フォーク1本でゆで卵を割った三井だが、すぐに卵黄が流れ出てくる。まったりとした卵黄はとろみのあるソースをかき分けるように流れてくる。
 それをスプーンですくって舐めとった。
 口に含むと、ソースの甘みのある酸味と、濃厚な卵黄が舌にからみ、旨味が広がっていく。
 そこへロゼを流すと、すっきりとリセットしつつ、ガーリックの余韻が食欲を繋げてくれる。

 一方、連藤は、黄身をくだくようにソースにからめ、カリッと焼いたトーストに乗せて頬張った。
 とろとろの卵黄とのソースのコラボは、より濃厚なソースを楽しむものだったが、この硬い黄身の場合、1品の料理のような食べ応えが生まれている。
 もったりとした食感もそうだが、水分がたっぷりとあるソースと絡むことで、口の中がパサつかないのはもちろん、卵黄の食感が面白い。むしろ、より黄身の甘みを感じる気さえする。

「「……食べ応えがあるな」」

 お互いに揃った声は、同じだった。
 きっとどちらも、ここまでの想像には至らなかったのだろう。
 お互いのメリットが、デメリットにしか見えていなかったのだ。

「どうです? どちらもおいしいんですよ、ゆで卵って」

 莉子は半熟ゆで卵の黄身とソースをからめたブロッコリーを頬張り、笑顔を作る。

「莉子さんは、美味しそうに食べているな」
「はい、美味しいですからね」

 莉子の咀嚼音で楽しそうに食べているのを感じる連藤にも莉子は慣れたものだ。

「ほら、三井さん、まだまだいろんなゆで卵ありますから、しっかり食べ切ってくださいね!」
「マジで、これしかないのかよ……」

 ゆで卵1つとっても料理になるのだ。
 卵に感謝しつつ、莉子は、今日は楽だと思いながら、ワインを注ぐが、きっとこのあとに他の料理をせがまれるのは間違いない。

 頭の中で、何ができるかイメージしながら、ゆで卵を頬張り、ワインを飲み込んだ。
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