café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

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第2章 カフェから巡る四季

第115話 豚ヒレ肉の低温調理

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 鶏ハムは作っていた莉子だが、豚ヒレの低温調理は初めてだ。
 鶏肉も生だと危険な食べ物だが、豚ヒレはより危険度が高いイメージがある。

 そのため、なかなか実行にうつせないでいたのだが、本日、夜の食事に三井と連藤が来る。
 莉子は拳を握り、思う。

 豚ヒレの低温調理をするなら、今日しかない……!

 理由は、豚ヒレが余っていたからだ。

「……まただよ……なんでヒレカツにならないかなぁ、君は……」

 魚料理の添え物にヒレカツでもと考えていたのだが、なぜか余ってしまった豚ヒレだ。
 もうなにかしら仕込まなければいけないが迫っている。
 それならと、小洒落た豚ヒレの低温調理をしてみようと思ったわけだ。

「多少ね、生でも……いや、連藤さんいるから、絶対危険なことはしちゃいけないし!」

 ランチの営業を終え、カフェタイムの今は、コーヒーとケーキしか出ない時間なので、楽ちんだ。
 16時となり、莉子は豚ヒレ肉に塩をまぶし、常温に戻す作業へ。
 18時に2人が来店することを考えると、17時から仕込みを開始するのが良さそうだ。

「豚ヒレと、あと、なんにしようかな……」

 他はライスコロッケと、葉野菜のサラダ、ホワイトソースがあるのを思い出し、小さめのシーフードグラタンも出すことにする。

「……あとは、下処理してぇ……」

 温め直したり、仕込みをしながら17時となったので、莉子はさっそくと豚ヒレの低温調理に移っていく。

 まず、常温に戻した豚ヒレをラップでキャンディーのように包んでいく。
 太い方を強く巻くようにしていくと、均一な太さのヒレ棒になる。
 2重でラップを巻き、両端をしばり、ほどけないようにすると、次はお湯の準備だ。

 大きめの鍋にお湯を入れるが、温度は70℃で30分がこの料理のミソだ。

 莉子は温度計をさし、75℃の表示を見て、ナイロン袋に入れたヒレ棒をお湯へ沈めた。
 タイマーは30分かけておく。

「うまくいくといいなぁ……」

 しかしながら、温度計を見ながらの30分は難しい。
 他の作業をすれば、温度は上がるし、じゃあ火を止めて様子を見てれば、瞬く間に60℃に。

「……うわぁ……暇な日でよかった……」

 低温調理器具をスマホで検索しているうちに、18時となったようだ。
 ドアベルが鳴る。
 長身の2人がのっそりと現れた。

 少し春めいてきたとはいえ、まだコートは脱げないようだ。

「いやー、莉子、今日、冷えてるぞ」

 手をこすりながら入ってきたのは三井だ。
 その三井の肩をつかみ、カウンターへと座った連藤が笑う。

「歩きたいって言ったのは、三井だろ」
「こんなに冷えてるっておもわねぇし」
「お2人ともお疲れ様です。すぐ準備しますね」

 莉子は温かいおしぼりを手渡し、コンソメスープを小さなカップで差し出した。

「今日は、豚ヒレがメインに、ライスコロッケとシーフードグラタンを準備してます」
「お、うまそうじゃん」
「莉子さん、それなら、白ワインをお願いしたい」
「かしこまりました。しっかり冷えてますよ!」

 少し酸が強いフランスの白ワインを用意しつつ、莉子はサラダを出したあと、豚ヒレ肉の仕上げにかかる。
 30分休ませた豚ヒレ棒のラップを剥がすと、汁がこぼれてくる。
 それをしっかり拭き取ってから、小麦粉をまぶし、バターでソテーしていく。

 今日のソースはハニーマスタードソースだ。
 これだけでも白ワインが似合うの間違いない!

 2人のワインの進み具合を見つつ、莉子はスプーンでフラインパンに溜まったバターを豚ヒレ棒にかけて焼いていく。
 じゅわじゅわと泡をたてながら、バターの風味がしっかり行き渡ったのを確認して、莉子は豚ヒレ棒に包丁を入れた。

 温まった皿に、丸い豚ヒレが2個、並ぶ。
 そこへハニーマスタードソースをかけ、今日のビーフシチューの付け合わせで余ったスナップエンドウをマリネしたものと、オーブンで焼いておいたミニトマトとブロッコリーを添えて、完成だ。

「お待たせしました。豚ヒレ肉です」

 キレイな丸い輪切り肉だけで、おしゃれ感がある。
 三井は盛り付けられた豚ヒレを見て、小さな歓声を上げた。

「莉子にしちゃあ、おしゃれじゃねぇか」
「いつもオシャレですけど!」

 連藤はナイフとフォークで皿をなで、感触で何がどこにあるのかイメージしているようだ。
 そっとヒレ肉をフォークで触れ、優しくつついた。

「かなり柔らかい。これは楽しみだ」

 連藤は嬉しそうにヒレ肉にナイフを入れていく。
 ソースを絡めながら、ひと口。
 そして、すぐに白ワインを口に含む。

「……莉子さん、今日のソースは白ワインにとてもよく合う。それに、このヒレ、本当に柔らかい……」
「よかったです!」

 安堵を浮かべる莉子の横で、三井はすでに1個食べ終えてしまっている。

「莉子、うまいな、これ!」
「よかった。今日は豚ヒレを低温調理してみたんです。時間だけかかる料理でしたね」
「なるほど。だからこんなに柔らかいのか……」
「それって、生ってことか?」
「三井さん、豚肉生で食べたら、最悪死にますから、そんなもの、お店で出せませんし」
「それぐらいやわいぞ、これ」

 うまいうまいとペロリとひと皿食べてしまった2人は、物足りなさそうだ。
 が、予備はない。
 なぜなら……

「ヒレ肉の残りは私の分なので、お2人には、ライスコロッケになります」

 莉子はヒレ肉の皿と交換に、ライスコロッケを差し出した。
 チーズの風味が聞いたガーリックライスコロッケだ。がつんとした風味と旨味が広がる美味しい1品である。

 だが、三井と連藤は不服そうだ。

「もう少し食いたかったよな、連藤」
「もう一切れあってもよかったな、三井」
「そんなやひとひひても、わあひのあげまへんから(そんなやりとりしても、私のあげませんから)」

 莉子は自分用に丁寧に焼いた豚ヒレ肉を嬉しそうに頬張った。
 これはバルサミコ酢でも美味しく食べれそうだ。
 次回は低温調理器を使って作るか、なにか方法を考えないとと、再び考えながら、莉子は2人の白ワインをグラスに注いで、するりと飲む。

 思い出したように莉子は2人のグラスにワインを注ぐが、連藤と三井はそれに笑う。
 タイミングがずれても、楽しければいいのである。

「三井さん、連藤さん、聞いてくれます? 昨日ね、祖母から電話があって、それがもーくっだらないの!」
「くだらないとは、ないだろ」
「そうだぞ、婆ちゃんなんだしよ」
「だって、いとこの子どもの靴下の色、何色がいいかって話ですよ? そこはもう色じゃなくて、キャラじゃんって思ってぇ」


 客がひけた夜のカフェで、今日はのんびりと更けていくようだ───
 
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