café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

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第2章 カフェから巡る四季

第106話 低気圧の日

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「……調子が悪い」

 ぼやきながらカウンターの椅子に腰かけたのは星川だ。

「星川さん、何か食べます? 飲みます? どうします?」

 莉子は様子を伺いながら、水を入れたグラスを差し出し、胃腸薬など準備するが、

「多分、低気圧のせい」
「あー……」

 莉子はそれで納得したのか、とりあえず、温かな緑茶を差し出した。
 現在21時。お客様はまばらだ。

「莉子ちゃん、お茶ありがと」

 へばりついたまま湯呑みを取り上げ、お茶を啜る。

「今日は三井さん待ちですか?」
「ううん。なんか家に帰るのも嫌になっちゃって、寄っただけ」
「そっか。なんかあったかいうどんでも食べます?」
「うどんなんて出てくるの!?」

 驚く星川に、莉子は真顔で説明した。

「冷凍の、うどんの、ただの月見うどんです」

 あまりの真顔に驚きながらも、何も手を加えていない料理だということなのだろう。
 彼女はひとり納得し、

「……それでいい。お願いしていい?」
「はーい」

 月見うどんとは言ったが、少し手間をかけてやるか。
 そう思った莉子は1人用の土鍋に湯を張り、出汁の粉を入れた。
 さらにめんつゆ、甘みがあった方がいいかと少しだけみりんを加え沸騰させる。

 沸騰したところで冷凍うどんと小口切りのネギを入れ、煮えるのを待ち、さらに生卵を落とす。
 半熟加減のところで火を止めると、それを星川へ運んでいく。
 すぐに、小さな小鉢に天かす、ゴマ、とろろ昆布、鰹節、すりおろし生姜の、薬味セットを並べていく。

「……はい、おまちどうさま。星川さん、あったまってね」

 一言添えると、どうしてか涙目になっている。

「莉子ちゃん、ありがと……」

 言いながら蓋をあけると、大きな湯気の塊が星川の顔にかかった。
 それに微笑みかけるように彼女は一息つくと、箸を持ち、左手にレンゲを構え、うどんを持ち上げる。

 白いはずのうどんは少し煮込まれたため、醤油色に染まっている。
 それがとても懐かしい色だった。
 母親が作ってくれたものに本当にそっくりなのだ。
 めんつゆの味はもちろん、少し甘めなのもそっくり。
 何か落ち込むと夏でも構わず鍋焼きうどんを作ってくれた母。

 なぜなら、鍋焼きうどんが好物だったから。
 好物はいつまでも母親は忘れないものだ。

 さらに、そこへ天かすを加えるとコクが増していい味に変わる。
 ゴマもかけるとそれだけで風味が増してくれる。
 これだけのトッピングがあると迷うほどだ。

 味の変化を楽しむと、食欲がなかったはずなのにするするとうどんが胃の中へ吸い込まれていく──

「莉子ちゃん、すごく美味しいっ」

 頬張りながら言った星川の笑顔は、本当に綺麗だ。
 三井が惚れてしまうのも、よーくわかる。

「お口にあったなら良かったです」
「莉子ちゃんのおかげで元気出ちゃった。ありがと」
「鍋焼きで元気出るなら、いつでも作るんで来てください」

 柔らかく目元が緩んだ。
 本当に幸せそうな笑顔だ。
 莉子も作りがいがあったというもの。

 新しいオーダーが入り、ドリンクを出してからカウンターへ戻ると、星川がつゆを飲みつつ、頬を赤らめている。
 かなりあったまったようだ。

「星川さん、汗かいたんじゃないですか?」
「もう、ほっかほか! 帰る元気も出てきたよぉ」
「よかった。明日の天気は穏やかみたいなので、気圧も穏やかだといいんですが……」
「こればっかはねー……なるよーになるさー」

 再びカウンターに突っ伏したとき、ドアベルが鳴った。
 見ると、三井である。

「あら、三井さん」
「なんで驚いた声だしてんだよ」
「いえ、なんか食べます?」
「いや、いい。それ、拾いにきた」

 指をさしたのは星川だ。

「それ、はないんじゃないですか?」

 莉子の言葉に三井はあーだこーだいいつつ、星川の肩をさする。

「車で迎えにきたから、帰るぞ?」
「……うん」

 お金をカウンターに並べ、店を出ていく2人を見送る莉子には見えた。
 星川が腰からサインを送っているのが!


 それは、Vサイン!!!


「嬉しかったんですねぇ。いいですねぇ。うん……」

 つい、独り言がもれる莉子だが、ラストの時間まで、あとひと息。
 追加のオーダーを受けにカウンターを離れていく。
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