café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

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第2章 カフェから巡る四季

第91話 簡単&豪華 ベックオフ

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 夕方をすぎてから「飲み会がしたい」と言い出したのは三井だ。
 予想以上に良い結果が出た案件があり、個人的に打ち上げを、連藤と瑞樹としたいという。

「巧くんは?」
『あいつか? 一応、呼ぶか……。じゃ、よろしくな』

 メニューの内容もなにも話さず電話を切った三井に、スマホごしに睨む。
 だからといって、かけ直すのも面倒くさい……

「在庫処理にするか」

 食品庫へとやってきた莉子が見つけたのは、大量のジャガイモ、玉ねぎ、人参、キャベツ──

「こんなもんか。肉はなんかあるかな」

 冷蔵庫をみると、あるではないか!

「豚ヒレ! ……なんであんの?」

 思い返してみたが、たまたま安いよ、と仕入れたお肉なのを思い出す。
 副菜で使おうかと思っていたが、すっかり忘れていた。

「あぶねー……これ使おう」

 さて、では、どんな料理にしようか……?
 悩む間も無く、莉子は土鍋を取り出した。

「めんどくせ。ベックオフにしよ」

 来店は定時ぐらいに上がるとすれば、あと1時間もないだろう。
 ジャガイモをごそごそと剥き始める。
 次に、玉ねぎ。人参もむくと、大雑把に輪切りだ。
 莉子は慣れた手つきで、それらを土鍋に詰め始める。

「ジャガイモが一番下。次、玉ねぎ、彩り人参に……肉、切ってないじゃん!」

 豚ヒレ肉は塩を強めに振り、これも同じぐらいの厚さに輪切りにしていく。

「マリネなんてしてらんねー」

 ───ベックオフとは、ヨーロッパのアルザス地方の郷土料理だ。
 牛肉、羊肉、豚肉など、複数のマリネしたお肉をメインに、ジャガイモはもちろん、玉ねぎ、セロリなど、色んな野菜といっしょにじっくりと火を入れて作る料理となる。
 ざっくり言うと、洋風肉じゃが。
 だが、決め手は白ワインだ。

 根菜類をしき、肉をのせ、その上にまた根菜類をのせる。
 顆粒コンソメをふりかけ、そこに白ワインをまんべんなくかけていく。

「……よし。あとは、火にかけておこ。様子見て弱火、と。タイマーどこだ?」

 じっくり蒸し煮にしていくだけだ。
 味付けもこれだけ。
 今回はヒレ肉なのもあり、ジャガイモが煮えたらオーケー。
 ちなみに、牛肉のサーロインで作ると、牛の脂がいい出汁になるそうだ。
 だが、今回は豚ヒレ。
 淡白な味に、淡白なお肉だが、粒マスタードを用意。
 味変できれば、だいたい美味しい。

「あとは、アルザスの白ワイン、冷やしておこうかな……」

 他にもカボチャのキッシュや、タコのマリネなど用意。
 テーブルセッティングを終え、コーヒーをひと口。
 店のドアベルが鳴る。

「莉子、準備できてるか?」
「もちろんです。在庫整理させていただきました」

 三井の落ち込む顔に笑いながら、キッチンではタイマーが鳴っている。
 ベックオフの出来上がりの時間が来たことを示すベルである。

 鍋底からひっくり返すように混ぜ、火の通りを確認。
 問題ない。
 ほっこりとしたジャガイモから、甘い匂いが漂ってくる。

 だが、まずは前菜用のタコのマリネや、ヤングコーンのサラダなどなど、簡単につまめるものと、シャンパンを注いで回る。
 今日は、三井、連藤、瑞樹、巧のいつもの4人だ。

「巧さんも、来れたんですね」

 莉子の声に、

「ったりまえ。三井、オレのことはぶこうとしてたけど、絶対無理だし」
「はぶこうとしてたんじゃねーの。お前の仕事が見えねーから、遠慮したんだよ」
「うそつけ」

 角が立ってきたところで、瑞樹が立ち上がる。

「今日は、本当にすんごい案件、達成できたね記念なので、楽しくみんなで飲みましょう。かんぱーい」

 無理やり始まった宴会だが、少しテーブルが落ち着いてきたところで、ベックオフの登場である。

 土鍋のまま出したのもあるが、インパクトがある。
 ワインに、土鍋、だからだ。

「炊き込みご飯とか出てきませんから。ベックオフです」

 莉子が鍋の蓋をはずすと、大きな湯気がテーブルに舞い上がった。
 そして、甘いジャガイモの香りと、ふわりと白ワインの香りもある。

「粒マスタードや塩など、つけて食べてください。あ、和からしも合います。ベックオフはアルザス地方の郷土料理なので、白ワインのアルザスも準備してます」

 取り分け、さらにグラスにワインも注いでいく。
 ふんわりと甘さを感じるジャガイモに、粒マスタードをつけて、白ワインを飲みこむ。
 ちょうど酸味が合わさり、ジャガイモの甘さも引き立って、やばい食べ物なのがわかる。

「これ、飲みすぎちゃうやつ……」

 瑞樹はつぶやくが、止められないようだ。
 食べては、飲み、食べては、飲みを繰り返す。

「莉子さん、今日のベックオフの肉、ヒレなんだな。柔らかくてさっぱりしてていいな」
「よかったです。あっさりしすぎって言われたらどうしようかなって」

 連藤のグラスに、こたえながらワインを注いでいると、おもむろに肩を掴まれた。
 振り返ると、巧がいる。

「ほら、莉子さんも座って。もうお客さんいないし」
「おれの武勇伝、聞いてよ、莉子さ~ん」

 座らされたせいで、酔っ払った瑞樹に絡まれるが、こういうバカ騒ぎは久しぶりだとも思う。
 莉子は、瑞樹の愚痴とも言える話を聞きつつ、自分用のグラスで、白ワインを飲む。

 長い夜がこれから始まる。
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