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第2章 カフェから巡る四季
第90話 おにぎり
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おにぎり、というと、どんなものを想像するだろう?
大抵の人は『おむすび』と『おにぎり』の違いなどわからないだろうし、現に、莉子もわからない。
調べれば一目瞭然だが、ここでは、ご飯を塩でまぶして握って、海苔をまいたものを、おにぎり、とすることにする。
第一に、莉子はおにぎりが嫌いだった。
子どもの頃の夜ご飯、といえば、おにぎりだったからだ。
食べ飽きた、と言ってもいい。
色んな具を入れてくれたとしても、結局は、ご飯に包まれており、ゆっくり味わって食べるものでもない。
いつもひとりでテレビを見ながら、冷めたおにぎりを頬張って過ごす、というのが幼少の頃の夕飯の思い出だ。
少し大きくなると、ガスが使えるようになり、味噌汁を温めたり、ちょっとしたお肉を焼いたりと、メニューの幅が増え、母のおにぎりは食べなくなった──
「もういらないって思ってたけど、いざ食べられなくなると、寂しいよね」
莉子がご飯をよそいながら、連藤に言う。
連藤も同じだ。
母を亡くし、もう、あの手料理が食べられない。
「明日は、俺がお昼、作るよ」
「急にどうしたんです? 明日はピザを頼もうって言ってたじゃないですか」
「いつも莉子さんに作ってもらってばかりだ。たまには作らないと、俺の手も鈍る」
「まーた、そんなこといって」
「明日は、俺がお昼を作る。約束したからな、莉子さんに」
「はいはい。じゃ、夕飯、冷めないうちに食べちゃいましょ」
今日は、連藤の家でお泊まりの日だ。
明日は莉子の定休日。
連藤も合わせて休みにしてくれたため、のんびり過ごす予定を組んでいる。
のんびり、といいつつも、ほとんどは連藤の家のいい音響で、映画を見るのである。
音声ガイドのある作品をいっしょに見る予定なのだが、莉子はこの日を本当に楽しみにしていた。
「明日はなにを見るか決めてあるのか?」
味噌汁をおいしそうにすする連藤に、莉子は胸を張る。
「ちゃんとリストアップしてきてます。まかせてください。どんなジャンルがきても、大丈夫ですから」
そうして、翌日──
のんびりと起きて、映画鑑賞会が始まる。
ピックアップは役に立ち、ヒューマンコメディ映画を2人で選んだ。
動きが聞き取りにくくても、言葉の掛け合いが面白い作品を選び、2人で1本見終わったとき、連藤が立ち上がった。
「莉子さん、俺は昼の準備をする。好きな映画をみててくれ」
「手伝いますよ?」
「俺が、作りたい」
「わかりましたよ」
莉子は持参したヘッドホンに切り替え、アクション映画を選択し、スタートを押す。
目の見えない連藤にとって、音は料理をする上で大事な調理器具だ。邪魔をするわけにはいかない。
ひとり、キャッキャしながら映画を楽しむ莉子の声を聞き、連藤は笑ってしまう。
本当に楽しそうなのだ。
手を叩き、あー! と声をもらし、笑い出したりと忙しいが、素の莉子がそこにいる。
いつもの莉子の姿を感じ、連藤は幸せに浸りながら、お昼を準備していく。
今日の昼食は、豚汁、玉子焼き、そして、おにぎりだ。
具は定番の梅干しと、昆布の佃煮にした。
どちらも莉子が好きな具だからだ。
ご飯を器に入れ、塩をまぶした手で、具を包み込んでいく。
表面を握り、中まで握らないように、しっかりと、そしてそっと、にぎる──
連藤が、莉子の肩を叩いた。
「うわぁ! びっくりした!」
「お昼、できたぞ」
莉子は手早く一時停止を押し、ヘッドホンを投げると、食卓テーブルを振り返る。
「……あ! おにぎりだ!」
「昨日の話を聞いてたら作りたくなってな。おにぎり、冷めないうちに食べよう」
莉子は転がるようにテーブルにつくと、手を合わせる。
「「いただきます」」
味噌汁よりも、先におにぎりにかぶりついた莉子は、連藤のあいた手を握る。
「やっぱり、おにぎり、好きだな」
よかった。そう答えた連藤だが、莉子の声が、すこし震えていたのは、聞かなかったことにする。
大抵の人は『おむすび』と『おにぎり』の違いなどわからないだろうし、現に、莉子もわからない。
調べれば一目瞭然だが、ここでは、ご飯を塩でまぶして握って、海苔をまいたものを、おにぎり、とすることにする。
第一に、莉子はおにぎりが嫌いだった。
子どもの頃の夜ご飯、といえば、おにぎりだったからだ。
食べ飽きた、と言ってもいい。
色んな具を入れてくれたとしても、結局は、ご飯に包まれており、ゆっくり味わって食べるものでもない。
いつもひとりでテレビを見ながら、冷めたおにぎりを頬張って過ごす、というのが幼少の頃の夕飯の思い出だ。
少し大きくなると、ガスが使えるようになり、味噌汁を温めたり、ちょっとしたお肉を焼いたりと、メニューの幅が増え、母のおにぎりは食べなくなった──
「もういらないって思ってたけど、いざ食べられなくなると、寂しいよね」
莉子がご飯をよそいながら、連藤に言う。
連藤も同じだ。
母を亡くし、もう、あの手料理が食べられない。
「明日は、俺がお昼、作るよ」
「急にどうしたんです? 明日はピザを頼もうって言ってたじゃないですか」
「いつも莉子さんに作ってもらってばかりだ。たまには作らないと、俺の手も鈍る」
「まーた、そんなこといって」
「明日は、俺がお昼を作る。約束したからな、莉子さんに」
「はいはい。じゃ、夕飯、冷めないうちに食べちゃいましょ」
今日は、連藤の家でお泊まりの日だ。
明日は莉子の定休日。
連藤も合わせて休みにしてくれたため、のんびり過ごす予定を組んでいる。
のんびり、といいつつも、ほとんどは連藤の家のいい音響で、映画を見るのである。
音声ガイドのある作品をいっしょに見る予定なのだが、莉子はこの日を本当に楽しみにしていた。
「明日はなにを見るか決めてあるのか?」
味噌汁をおいしそうにすする連藤に、莉子は胸を張る。
「ちゃんとリストアップしてきてます。まかせてください。どんなジャンルがきても、大丈夫ですから」
そうして、翌日──
のんびりと起きて、映画鑑賞会が始まる。
ピックアップは役に立ち、ヒューマンコメディ映画を2人で選んだ。
動きが聞き取りにくくても、言葉の掛け合いが面白い作品を選び、2人で1本見終わったとき、連藤が立ち上がった。
「莉子さん、俺は昼の準備をする。好きな映画をみててくれ」
「手伝いますよ?」
「俺が、作りたい」
「わかりましたよ」
莉子は持参したヘッドホンに切り替え、アクション映画を選択し、スタートを押す。
目の見えない連藤にとって、音は料理をする上で大事な調理器具だ。邪魔をするわけにはいかない。
ひとり、キャッキャしながら映画を楽しむ莉子の声を聞き、連藤は笑ってしまう。
本当に楽しそうなのだ。
手を叩き、あー! と声をもらし、笑い出したりと忙しいが、素の莉子がそこにいる。
いつもの莉子の姿を感じ、連藤は幸せに浸りながら、お昼を準備していく。
今日の昼食は、豚汁、玉子焼き、そして、おにぎりだ。
具は定番の梅干しと、昆布の佃煮にした。
どちらも莉子が好きな具だからだ。
ご飯を器に入れ、塩をまぶした手で、具を包み込んでいく。
表面を握り、中まで握らないように、しっかりと、そしてそっと、にぎる──
連藤が、莉子の肩を叩いた。
「うわぁ! びっくりした!」
「お昼、できたぞ」
莉子は手早く一時停止を押し、ヘッドホンを投げると、食卓テーブルを振り返る。
「……あ! おにぎりだ!」
「昨日の話を聞いてたら作りたくなってな。おにぎり、冷めないうちに食べよう」
莉子は転がるようにテーブルにつくと、手を合わせる。
「「いただきます」」
味噌汁よりも、先におにぎりにかぶりついた莉子は、連藤のあいた手を握る。
「やっぱり、おにぎり、好きだな」
よかった。そう答えた連藤だが、莉子の声が、すこし震えていたのは、聞かなかったことにする。
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