café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

yolu

文字の大きさ
上 下
81 / 153
第2章 カフェから巡る四季

第81話 ハギスって知ってる?

しおりを挟む
 たまたま、トイレに入っていたときに聞いたという。

「ハギスって知ってる?」

 巧の質問に、三井は歪んだ顔で、ワインを飲む。

「なんだ、その、魔法の呪文みたいなやつ」
「唱えたら、なんになるだよ」
「マヒ。な、莉子はしってんのか?」

 もうクローズが近いのもあり、片付けをしつつ、レジを閉めつつ、手を動かしながらも首を横に振った。

「しらねぇってよ」
「なんなんだろなぁ。ちょっと予想しね? 連藤、あとからくんだろ?」

 そう言うと、ふたりでワインを注ぎ合い、うんうんと唸り出す。
 最後の一切れの生ハムを口に放り込むと、三井が閃いた風な顔をする。

「ハギスは、クサカンムリに秋の萩と、ネストの巣と書いて、和菓子!」
「どんな和菓子よ」

 冷め切ったキッシュを頬張り、巧が尋ねると、三井は得意げな顔をする。

「萩って、赤紫っぽい小さな花をつけてんだろ? だから、あずきの和菓子よ」
「形状は?」
「形状? そこまで? ……あー、巣だから、こう、モンブラン風な感じ。中はカステラ。それを覆うように、あんこのもじゃもじゃがかかってる。場所によっては、生クリーム入ってたりする……」
「それ、ふつーにうまそうなんだけど」
「巧は?」

 うなりつつ、皿に転がったチーズを口に放り込み、ワインを飲む。

「俺は、アイルランド系のアルコール飲料、にする」
「理由は?」
「ギネスと似てるから」
「それだけ?」
「そうだけど? ギネスってアイルランド発祥じゃなかったっけ?」
「で、アルコールは、どっち系?」
「どっちって?」
「ワインとか、ウイスキーとか、ビールとかあるだろ」

 まじか。巧は小さくつぶやき、ちびりとグラスをかたむける。
 ペペロンチーノ風の枝豆を食べ、指をなめ、手を拭きながら、

「ウイスキーにする」
「ビールじゃねえんだ」
「なんか、透明感ある感じしない? しゅわしゅわしてないっていうか」
「なるほどな」

 ちょうどクローズの時間となったのか、店内が薄暗くなった。
 店の扉にも看板が下がる。
 だが、同時に、店の入り口が賑やかに。

「残業は想定外だったんだ」

 この声は、連藤だ。
 ギリギリまで隠されていた仕事があったそうで、その後処理のための残業だったとか。
 滅多に愚痴など言わないが、今回のは相当、頭にきたらしい。

「あいつだけは許さん」

 その言葉と同時に、カウンターに腰をおろした。

「いつになく殺気立ってるな、連藤」

 三井の声に、連藤は小さくため息で返す。

「お前の部署だぞ」
「……は? マジかよ」
「明日、一通りの説明をする。今日はもう、この仕事のことは考えたくない」

 莉子はいそいそとおしぼりを渡し、前菜としてふたりに出していたタコのカルパッチョを差し出した。

「泡と、白、どっちがいいです?」
「まずは泡がいいかな」

 莉子はすかさずシャンパングラスにスパークリングワインを注ぐ。
 自身のグラスにも注ぐと、

「連藤さん、お疲れ様でした」
「お疲れ様、莉子さん」

 そのふたりのやりとりに横槍を入れるのは、三井と巧だ。

「「おれたちには?」」

 連藤はふたりの方に体を向けると、グラスを掲げる。

「ハイ、オツカレ」
「「よし」」

 連藤のコンソメスープを見て、巧と三井がねだり、結局4人ですすっていると、巧がそわそわしだす。

「あの、連藤、ちょっといいか」
「なんだ改まって」

 今日はサーモンのムニエルのため、莉子は一旦、厨房へと潜ったときだ。
 巧は連藤に向かい合うと、

「ハギスって知ってるか」

 聞こえやすいように、はっきりと言った。
 連藤はその問いを、繰り返す。

「ハギス……ハギスは、知っているが。それがどうかしたか?」
「ハギスってなに?」

 すかさず空いたグラスに白ワインを注ぎいれた巧は、ずいと迫る。

「ハギスは、スコットランドの郷土料理だ。羊の胃袋に肉などを詰め込んで煮て、スコッチを振りかけて食べるのが、むこう流だというが……」

 ふたりの落胆がひどい。

 三井は和菓子、巧はウイスキーだ。

 全く違う。

 むしろ、予想など、口に出さなくてよかった。
 本当に、よかった!!!!

「三井、料理だってよ。賭け、しなくてよかったな」
「おう……あぶなかった。マジ、あぶなかった……」
「なんだ、ふたりとも……?」

 疑問符を浮かべる連藤と、沈み続けるふたりのまえに、皿が並んだ。
 連藤には美味しそうなオーロラサーモンのムニエルだ。
 レモンが多めに添えられているのは、さっぱりと食べられるようにの配慮だろう。
 そのとなりには、ピザトーストである。

「今日のお昼のあまりのパンだけど、ピザソースは手作りだから、美味しいですよ?」

 莉子の声に、巧と三井の手が伸びる。
 ふたりが飲んでいる赤ワインに合うようで、ハフハフ言いながら、食べだした。

「……なんなんだ? 莉子さん、なにか知ってたり」
「いえ、私も知らないです。ハギスって何か、ふたりで話し合っていたのは聞こえましたけど」

 見当違いだったことは、お互いに黙ったまま、今日も夜は更けていく。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~

白い黒猫
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある希望が丘駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】。 国会議員の重光幸太郎先生の膝元であるこの土地にある商店街は、パワフルで個性的な人が多く明るく元気な街。就職浪人になりJazzBarを経営する伯父の元で就職活動をしながら働く事になった東明(とうめい)透(ゆき)は、商店街のある仕事を担当する事になり……。 ※ 鏡野ゆうさんの『政治家の嫁は秘書様』に出てくる商店街が物語を飛び出し、仲良し作家さんの活動スポットとなってしまいました。その為に同じ商店街に住む他の作家さんのキャラクターが数多く物語の中で登場して活躍しています。鏡野ゆうさん及び、登場する作家さんの許可を得て創作させて頂いております。  コラボ作品はコチラとなっています。 【政治家の嫁は秘書様】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339 【日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 【希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~】  https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ 【希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376  【Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 【希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 【希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

処理中です...