café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

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第2章 カフェから巡る四季

第71話 今日は、雨の日ですよ? 2

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 肉の準備も整い、炭の準備も出来上がったところで現れたのは、4人。
 巧、奈々美、瑞樹、優の4人だ。

「酒、持ってきたぞぉー」

 巧が大きな袋を掲げてみせる。
 瑞樹の両手にも袋がぶら下がっていることから、かなりの量を買い込んできたようだ。
 大きいアルミのタライに氷を詰めると、そこに奈々美と優が差し込んでくれる。

「最初の冷えたやつは、うちから出しますね」

 莉子が出してきたのは、ランブルスコの赤だ。微発泡の赤ワインである。
 辛口を選んできたので、今日のような蒸し暑い日によく冷やして飲むと喉越しがよく、スッキリとした甘さがあるためおすすめだ。

 いつものようにグラスに注ぎ、みんなに配ると、焼き台からはいい香りが漂ってきた。

「よぉーし、グラスは回ったな。肉も順次焼けてくから、ガンガン食べろ! 乾杯!」

 三井の張り切る声が響き、皆それぞれにグラスを傾けていく。
 だが三井は乾杯のドリンクを一気に飲み干すと、氷に刺さったビールを取りだした。
 焼き台のフチに、蓋を引っ掛け開けると、再びそれを飲み干していく。

 あまりの手際に莉子が見とれていると、

「莉子、肉焼けたぞぉ」

 大きな串が皿にどん! と乗せられた。

 他のメンバーにも次々肉が乗せられていく。
 巧と瑞樹は美味しそうに頬張り始めるが、女性陣はためらいがちだ。
 かぶりつくにも大きすぎる……

 としていたら、三井は素早く串から肉を外し、どうぞと手で差し出してきたではないか。

 連藤の皿は、すでにほどかれた肉が野菜と分けられ、盛り付けられている。
 慣れたもので、そうなっているとわかっている連藤は、皿の場所だけ確認し、使い捨てのナイフとフォークで上手に食べていく。

 連藤の食べ方を真似するように、女性陣も使い捨てのナイフとフォークを取り上げると、ゆっくり食べ始めるが、美味しい!

「わぁ……カリッとジューシー!」

 優の目がキラキラしている。
 となりの奈々美も大きく頷きながら、頬張っている。
 莉子は二人の笑顔に満足していると、巧と瑞樹はすでに2本目に突入だ。

 テーブルの上に置いた焼き台の上には、追加のエビと野菜を置いておいたのだが、それすらも三井は器用に確認しながら周りのメンバーに与えつつ、自分も食べ、ビールを飲み込む。

 あまりの手際の良さに、彼のプレイボーイの片鱗が見えた気がする莉子だが、さすがだな。心の中で感心しながら、隣に腰掛ける連藤を見やった。
 こういった催しの際、連藤は動き続けるタイプの人間だ。
 だが、乾杯から彼は全く動くことなく、ゆっくりと食事を楽しんでいる。
 莉子は連藤の穏やかな表情に見とれていると、連藤が莉子の方を向いた。

「食べているかな、莉子さん」
「はい。美味しくいただいてます。あの、三井さんって、いっつもこう?」
「そうだな。バーベキューとか、アウトドアのときはかなり仕切ってくれる。それに人の3倍は動く。気配りもできるし。おかげで食事がゆっくり食べられる。だから俺は三井のいるバーベキューだけは毎回参加している」
「なるほど」

 莉子は焼けたエビを殻ごと頬張っていると、奈々美が不思議そうに視線を向けてきた。

「莉子さんって、意外とめんどくさがり?」
「そうですね。なんでです?」
「エビの殻、そのまま食べてるから」

 莉子は手掴みのエビを見下ろし、にこりと笑う。

「パリッパリに焼いてるやつはそのまま食べてしまうもので」
「奈々美って思えば、殻は外すし、皮はしっかり剥くよね。それこそくし切りのポテトフライの皮も剥ぐよね」

 優もエビを殻ごと頬張りながらそう言うと、

「だって食べ物じゃないもん」

 確かに。
 そう思いながらも、この殻の旨みがいいんだよ。二人は思いながら無言で飲み込んだが、巧が一言、「神経質だよな」ぼそりとこぼした。
 奈々美の顔が凍っていくのがわかる。

「なら巧は肉の脂、剥ぐなよ。シンケイシツ、だからな」

 三井から、脂の皮がべっとりとついた肉が皿に乗せられた。彼は肉の脂の塊が大嫌いなのである。
 霜降りなら食べられるが、皮となってついている脂はすべて剥がすクセがある。
 ちなみに鶏肉の皮だけは剥がさない主義だそうだ。

 今日の牛肉はこんがりと焼けてはいる、が、でろりとした脂は健在だ。

「……奈々美、ごめん」

 食べたくなかったようだ。
 美味しそうなお肉だが、脂を剥がなければ食べられないため、眉を八の字に描き、眉間に皺が寄りながらも、困ったような泣きそうな顔を肉に向かって浮かべ続けている。
 奈々美はそれを見つめ、小さく息を吐くと、

「……お互い、剥ぎながら食べよ……」

 奈々美の中の妥協点はそこのようだった。
 奈々美はエビの皮を剥き、巧は肉の脂を剥いでいるとき、

「そういえば、優さんは嫌いなものとかはないんですか?」

 莉子が尋ねると、

「あ、優ちゃんは生の魚がダメだよ。青魚が無理なんだ」

 瑞樹が指を舐めながら言った。
 すべて手づかみで彼は食べ続けていたようだ。
 無言で優がウェットテッシュを渡し、瑞樹はそれを受け取ると、思いついたように手を拭いている。

「魚の匂いがダメなの?」
「一度、アタって……」

 苦い顔が浮かんでくる。
 皆それぞれに食べ物の黒い過去は持っているものだ。

 だいぶ食事も進んできた頃だが、三井はずっと立ちっぱなしである。
 準備の時から立ち続けているためいい加減座らせてあげようかと、莉子が立ち上がる。

「三井さん、焼き場変わろうか?」
「俺は焼きながら食うのがいいんだ。一番美味しいタイミングで食えるだろ?」

 確かに、そういう考え方もある。

「それに今日は雨で微妙な暑さだからな。焼き場にいるほうが、めちゃくちゃ暑いからビールが美味いんだよ」

 満面に笑顔を散らす彼の額から首にかけて、汗の川が流れている。
 普通であれば耐え難いことだろう。
 だが彼にとってはこれはスポーツの一種なのかもしれない。

 連藤は相変わらず自分のペースを崩さず、淡々と食事を楽しんでいる。
 焼きあがった肉が皿に盛られれば、匂いと感触を確かめ、焼き具合に合わせて追加の調味料で味の変化を楽しみ、莉子が入れたイタリアワインの香りを嗅いで味を確かめ、さらに肉を頬張り、ワインとのマリアージュを堪能しているのがよくわかる。実に満足そうなその顔に莉子は思わず笑ってしまった。

「莉子さん、なんで笑うんだ?」
「バレましたか」
「俺の顔に、何かついてたり……?」

 ぱたぱたと顔を触る連藤にまた笑い、莉子は彼の頬を撫でる。

「ううん。幸せそうだなぁって、思いまして」
「ああ、確かに幸せだな。こうやって食事を楽しみ、共有できる人がいるのは、本当に素敵なことだ」

 連藤は莉子のその手を握り、そう言った。
 握られた手の強さと、このタイミングに、思わず莉子の顔が赤くなってしまう。

「莉子さん、脈が早いな」

 手を振り払うのもできないまま、顔を俯かせて時間を稼ぐ莉子だが、すぐに皿の上が肉だらけになる。

「莉子、残さず食えよ」
「どんだけ食べさす気ですか!?」

 赤い顔のまま突っ込んだのは言うまでもない。

 近所迷惑にならない程度の時間にお開きにしなければ、そう思ってみた腕時計の針は、20時になるところ。
 あと1時間は外でも大丈夫だろうか───


 少し賑やかな夜が更けていく。
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