café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

yolu

文字の大きさ
上 下
65 / 153
第2章 カフェから巡る四季

第65話 怠けた結果……

しおりを挟む
 雨が降るのは仕方がないとして、この湿度の意味がわからない。
 なぜ紙を置いておいたら湿気って字が書けなくなるのか、なぜ塩分の多い味噌汁にカビが簡単にわいてくるのか───

「あー、この季節大嫌い!」

 莉子は手で扇ぎながら、エアコンにリモコンをかざした。
 厨房内にもエアコンをつけたのは間違いない。

 大正解であり、大正義だ!
 
 ひと段落した厨房に脚4本の無骨な椅子を引き込むと、さらに大型冷凍庫からチョコレートアイスを取り出した。
 2Lアイスの箱だ。
 そこからディッシャーでアイスをほじり、大ぶりのコーヒーカップへと放り込んだ。
 それにティースプーンを突き刺して、さらに冷蔵庫を探ってみる。

 そこには微発泡の赤ワイン、ランブルスコがあるではないか!

 フルーティーな香りとあと味の甘みはまるでジュースのよう。
 それとこのビターな甘みのチョコレートで合わせてはどうだろう。

 適当なコップに注ぎ入れ、一口飲み込み、アイスを頬張ると……


「──甘美なる融合!」


 葡萄の芳醇な香りがカカオと絡み、ふくよかな風味と程よい甘さが口に広がる。
 まるでワインがベリーシロップになったようだ。

 これはチョコレートケーキにも合うのではなかろうか……

 だがこの滑らかで冷たい食感、そして、微発泡の弾ける渋みが口いっぱいに広がり、涼しさを口元から彩ってくれる。援護射撃のようにエアコンが首元を撫で、なんてここは楽園なんだろう───

 ……だがそれは瞼の裏の世界で、目を開ければ無骨な厨房だ。

 灰色に染まったコンクリートと鉄の柵のように棚が並んだ厨房は、本当に冷ややかに見える。
 だが一度コンロに火が灯れば、灼熱の砂漠のように汗が湧き出てきてしまう。
 合わせてオーブンも使用すれば、赤道直下と言ってもいいのではないだろうか。

 ランブルスコを飲み、アイスを食べ、エアコンにあたりながら体を冷やすが、厨房に打ち水をすることにしよう。
 コンクリートを打ちこんだ厨房は、床が洗えるようになっている。
 逆に言えば、床を水浸しにしても問題がないということ。

 ワイングラス片手にホースで水を撒いていく。
 黒くくすみながら染み込み、それだけでも冷たく見えるのがいい!
 今日はカビ対策も兼ねて、1日エアコンをかけておこう。

「しっかし、はかどんないな、今日……」

 ぼやくのも無理はない。
 今日は彼女は詰まった下処理業務のために1日お休みを取ったのだ。
 なのにできたのは、玉ねぎを10キロ皮をむき、スライスしたぐらい。
 ビーフシチューの仕込みと、カレーの仕込み、ミートソースの仕込みも終わらせたかったのに、何もできていない。

「明日の午前中も休みにするかなぁ」

 スプーンをなぶりながら、ビーフシチュー用の寸胴鍋に玉ねぎを入れ、さらに大きめのフライパンに玉ねぎを入れ放置すると、スライスした玉ねぎをフードプロセッサーに詰めみじん切りにし、それは深めのフライパンで炒めていく。

「あー……もうこれだけで暑い……」
 
 そう言いながらも、ホワイントソースも手作りしているため、それの作業にも取り掛かる。



 なんだかんだと終わったのは、現在18時である。
 なんとかビーフシチュー、カレー、ミートソース、ホワイトソースの在庫を確保したので、良しとしよう。
 今日は木曜日。なぜ今週の火曜日にできなかったのか。
 それは理由は簡単だ。

 暑かったから。

 ではない。

 火曜日はたまたま都合が合ったので、連藤の病院に付き添っていたのだ。
 帰ってきてからやってしまおうと考えていたが、連藤と楽しく夕食まで過ごしてしまった。
 そうなると、もうやる気など削がれてしまって、ゆっくり風呂に浸かって眠ってしまったのである。

 あのとき、ビーフシチューだけでも作っていれば……

 だが後悔先に立たず。
 言葉通りにあとからとばっちりを受けているのである。

 今日の売上分が仕込みの時間で消えるとは、なんとも情けない。
 とは思いつつも、このチョコレートアイスとランブルスコのコンビは外せない。
 ボトルも半分を飲み干してしまった。

「後は寝るだけだから、飲み干して寝るか」

 誰ともなく呟くと、グラスに再びワインを注いだ。
 芳醇な香りが鼻先をくすぐったとき、チャイムが鳴った。
 チャイムの画面に映し出されたのは、連藤である。
 莉子はすぐにドアを開けに駆け出した。

「連藤さん、おかえりなさい。どうしましたか?」
「また莉子さん、酒を飲みながら下準備していたな……」

 口をふさぐがもう遅い。

「いい加減、体のことを考えながら飲んだほうがいい」
「……はい。で、急にどうしたんです?」
「いや、なんとなく、莉子さんがどうしてるかと思って寄ってみたんだ」
「ありがとうございます。上がってください」

 莉子は連藤を2階へと案内し、すぐに厨房に戻るとランブルスコとアイスを持参し、戻ってくる。

「連藤さん、外暑かったでしょ? 冷えたランブルスコとチョコレートアイス、いかがですか?」

 連藤は片眉を持ち上げると、

「莉子さん、まさかとは思うが、今日それしか口にしていない、ということはないよな?」

 莉子の動きが固まった。

「……だって、美味しかったんだもん……」

 莉子が小さな声で呟くと、連藤は大きくため息をついた。

「だと思ったから寄ったんだ」

 連藤はおもむろにカバンから紙袋を取り出したかと思うと、保冷バックのようで、惣菜が入った保存容器が次々に現れる。

「今日はこれで夕食にしよう。そのワインとアイスはしまってきてくれ」

 千里眼がここまでくると、何も逆らえなくなる。
 莉子はおとなしくワインとアイスをしまい、取り皿など一式揃えてテーブルへ運ぶことにした。
 
 皿をトレイに乗せながら、莉子はひとりガッツポーズをする。
 お小言はあったが、連藤のご飯が食べられるのだ!
 今日はなんて素晴らしい日なんだろう。

「莉子さん、上機嫌だが、食事にアルコールはなしだぞ?」
「こんなに美味しそうな料理なのに!?」

 再び落ち込む莉子だった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~

白い黒猫
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある希望が丘駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】。 国会議員の重光幸太郎先生の膝元であるこの土地にある商店街は、パワフルで個性的な人が多く明るく元気な街。就職浪人になりJazzBarを経営する伯父の元で就職活動をしながら働く事になった東明(とうめい)透(ゆき)は、商店街のある仕事を担当する事になり……。 ※ 鏡野ゆうさんの『政治家の嫁は秘書様』に出てくる商店街が物語を飛び出し、仲良し作家さんの活動スポットとなってしまいました。その為に同じ商店街に住む他の作家さんのキャラクターが数多く物語の中で登場して活躍しています。鏡野ゆうさん及び、登場する作家さんの許可を得て創作させて頂いております。  コラボ作品はコチラとなっています。 【政治家の嫁は秘書様】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339 【日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 【希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~】  https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ 【希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376  【Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 【希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 【希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

処理中です...