café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

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第2章 カフェから巡る四季

第61話 羨ましくなる気持ち

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「ちょっと、ここで口説くのやめてくださる?」

 莉子の顔がぬぅっと現れ、三井は思わず仰け反るが、

「お嬢さんも、お嬢さんですよ。何番目の彼女になるか聞きましたか?」
「これから話すとこなんだよ。何邪魔してんだよっ」
「何番目かの話の先に落とせる何かがあるんですかね?」
「それが俺の腕の見せどころじゃねぇか」
「女の子を泣かせるワケにはいきません」

 そんなやり取りをしているうちに、落とされかけていた彼女はきっちりお金を置いて出て行った。

「また1人の女性を救った……」
「これで3人客が減ったな」
「三井さんから3倍貰えば問題ないので」
「口が減らねぇなぁ!」
「いえ、それを言うなら、軽く営業妨害ですからね、ここで口説くの!」

「──ふたりとも、そこまでにしろ」

 冷たい声がぴしゃりとなる。
 連藤の声だ。

 硬直する三井と莉子に、 

「本当に2人は仲がいいな。羨ましいよ」

 少し悲しげに微笑んだ連藤だが、不服の声をあげたのは言うまでもない。

「仲がいいとは違うと思うぞ、連藤」
「ただあけすけに物が言えるってだけです」
「それが仲がいいとは言わず、なんというんだ?」

 珍しく三井と莉子で悩んでみるが、答えは出ないようだ。

「だって連藤さん、紳士だし、そんなこと言わなくても大丈夫だし……」
「何、モジモジしてんだよ」
「うっさいですよ!」

 そう言いながら莉子は2人の空いたグラスへワインを注いだ。
 グラスに注がれたワインは艶のいいルビー色をしており、香りは華やかさと快活な印象、一口含むと程よい酸味と後味に残る渋みが舌に広がり、しっとりとした甘みが余韻となる。
 まるで少女のような、少年のような、そんな可愛らしさがこのワインからは感じられる気がする。

 莉子は自分のグラスにもワインを注ぎ、飲み込んだが、連藤の言葉に首を傾げてしまう。

「なにか、ありましたか?」
「いや……」

 語尾を濁しているのだから、何かがあったのかこれからあるのか、なんにせよ、何かある。
 先ほどから唇が揺れるが、言葉にならないようだ。

「連藤さん、泊まっていきますか? それとも、泊まりに行きましょうか?」

 莉子がそういうと、連藤の表情に急に明かりが灯った。
 くすんだはっきりしない表情から、少しだけ柔らかな表情へと切り替わる。

 こんなセリフをいうと、すかさず三井がいやらしい顔をしながら茶化してくるのだが、今日は空気を読んだのか、彼は黙ってワインを飲み込んだ。

 連藤は少し悩みながらも、

「……泊まってもいいだろうか?」
「はい、ちゃんとお掃除はしてあります。今日はもうすぐしたら閉めようと思ってたから丁度いいですね」

 連藤と三井にグラスをあおらせ、莉子は注ぎきった。 
 他のお客もドリンクなど動いていなかったため、あと30分後に閉店と告げると、皆慣れたものでお代を置いて席を立っていく。

 最後に三井が立ち上がり、莉子を手招きで呼んだ。

「……あいつ、頼んだぞ」

 小声で任務が下される。

「はい、がんばります……」

 莉子も小声で返事を返すと、三井が握りこぶしを水平にあげた。莉子はそれにコツリと拳を当てる。

 満足げに頷き、三井は店をあとにした。
 
 ……しかし、なんとなく理解した。
 自分は間違いなく三井とは友人の部類であり、男と同じ立ち位置にいるのだと。

 だから、あーいう、対応なのだ。

 そんなことを思いながら、いつもどおりに扉に鍵をかけ、ガスの元栓を閉め、レジに鍵をかけて、食器の整理を終えると、カウンターに座ったままの連藤に声をかけた。

「連藤さん、上であったかいものでも飲みましょうか」

 左手を掴むと、彼が力一杯握ってくる。
 階段を上りきり、ゆっくり扉が閉まる。
 その音を合図に連藤が後ろから莉子を包みこんだ。

「なんなんだろな……すごく寂しいんだ」

 莉子は小さく頷いた。

「そんな日もありますよね」
「もう少し、このままでいたいんだが……」
「好きなだけ、そうしてて下さい」
「すまない」

 耳元で囁かれた言葉だが、それが重く聞こえてくる。
 謝らないでほしいと思うが、今それを訂正するのは野暮かもしれない。
 特段何もない日でも、そういう気持ちに満たされる日もあるものだ。

 連藤も完璧なようでいて、小さな心のささくれに悩むこともあるのである。
 そんな人間らしい連藤が、莉子は好きなのだ。
 完璧に見えて、どこか脆くて、それを支えたいからそばにいたい。

 自己満足なのかもしれないが、今はそれが彼の隣にいる理由でもある。

 莉子は何か思い出したのか、連藤の腕を解き向かい合うと、

「いい生ハムが手に入ったので、白ワインでも飲みませんか? こういう時はさっぱりした味がいいと思うんです。……お嫌いですか?」

 連藤はこんな莉子が好きなのだ。
 共感しながらも、切り替える手段を知っている。

 口元をほころばせると、

「莉子さんのオススメならそれで」

 連藤の言葉に莉子も笑顔で頷くと、彼の手をさらに引っ張った。
 ソファへと向かうためだ。

「今、白ワインと生ハム持ってきますね。今日の白ワインはオーストラリアのにしてみたいんだけど、どうかなぁ。生ハムに合わないかなぁ? でも、ミネラルが強い辛口なんです。酸味も程よくあるから、桃も添えてみるのでそれと合わせてみませんか? 合わなかったら泡もあるので、そっちでも……」

 一息にしゃべったのがいけなかったのだろうか。
 連藤が見つめたまま、微笑んでいる。

「莉子さんはワインになると饒舌になるな」
「……そ、そう、ですかね……?」
「でもそれは俺と飲むからなんだと思うと、すごく嬉しいんだ」
「はい。私、連藤さんとワイン飲むの好きです。じゃ、ちょっと支度してきますね」

 あの優しい眼差し。
 目が見えていなくとも目元の緩み、頬の優しさ、どれを取っても、


 眼福です!
 今日もいただきましたぁー!!!


 手早く用意をしながらも、今日のハイライトを胸の奥で叫ばずにはいられない莉子であった。
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