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第2章 カフェから巡る四季
第52話 雨の日に、思い出が降ってくる
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今日は雨だ。
白い点が上から下へと繋がっていく。
入り口前に溜まった水溜りに、丸い波紋が絶えずに描かれ続けて、人の足も早い。
薄手のコートの襟は高く立てられ、カラフルな傘が行ったり来たり……
「今日は、売り上げ見込みが少ない日ですねぇ……」
莉子はひとりため息をつきつつも、すこし体が楽になる日でもあるため、心が軽くなる。
とはいっても、お客さんが1人もこないのは寂しいので、しっかり開店準備は怠りなく!
「今日の仕込みは半分ぐらいでいいかなぁ」
莉子はランチの準備をおえてから、もう一度天気を確認する。
正午から夕方にかけて雨脚が強まるという天気予報。
あながちはずれでもない現在の天気に、莉子はもう一度つぶやいた。
「今日はお客さんは少ないな」
いつも通り、オープンの看板をだし、カウンターへと入るが、灰色の景色がガラスに張りついている。
オープンと同時にお客さんが来ることが最近だが、やはり人はこない。
これならと、自分用にコーヒーを入れようと、カップをとりあげたとき、
「やってるかい?」
ドアベルといっしょに顔を出したのは、常連のおじいちゃん、靖さんだ。
「もちろんですよ! 外、寒くなかったです?」
「ちょっと冷えるかもね」
いつものカウンターに腰をかけると、ちゅうちょなく小さな巾着から文庫本を取り出した。
「こういう日はお客が少ないからね。このお店で本を読むのが一番なんだ」
「そういえば。最近読んでなかったですけど、どうしたんです?」
「いやさ、メガネがあわなくなって作っててさ。昨日メガネが届いたから、今日はメガネの試運転の日だね。あ、コーヒーもらえるかい?」
同じ巾着から眼鏡ケースをとりだし、ビカビカの眼鏡をかけて、ページをめくっていく。
「はい、かしこまりましたよぉ」
ぺり、ぺり、とゆっくり進む紙の音が時間をきざんでいるようで、莉子は好きだ。
カバーがかかっているため本はわからないけれど、大抵はミステリーをいつも読んでいた。
たぶん、今日もミステリーを読んでいるはずだ。
莉子は深煎りのコーヒー豆を準備する。
なぜなら、靖さんは酸味の強いコーヒーが好みだから。
これは両親が経営していた時から変わらない───
……両親の時はモーニングタイムも開けていた。
朝7時~9時までがモーニングタイム。
莉子はここで朝食を食べ、常連のおじさまたちに「いってらっしゃい」と言われたものだ。
その頃の靖さんはまだ会社員だった。新聞を読みながらコーヒーを飲んで、会社に向かうのが日課だった記憶がある。
両親が亡くなってから一度閉めた店だが、戻ってきてくれたのは靖さんぐらいだろうか。
近所というのもあるけれど、他にもモーニングをしている喫茶店は山ほどあるのに、またこの場所を選んでくれた。そして、店を改装した今も、変わらず来てくれている。
感謝してもしきれない気持ちがわいてくる。
お湯をまわしいれながら、母の記憶も蘇る。
母がコーヒーの担当だった。
似たように淹れられているか聞いたことはない。
聞く勇気がない、と言ったほうがいい。
いつか聞いてみたい。
きっと、常連の靖さんのほうがわかることだから……
雨の日は、思い出が落ちてくる。
忘れた苦い思い出が、ぽつりぽつりと降ってくるのだ。
両親の笑顔も、ぽつりぽつり、降ってくる────
白い点が上から下へと繋がっていく。
入り口前に溜まった水溜りに、丸い波紋が絶えずに描かれ続けて、人の足も早い。
薄手のコートの襟は高く立てられ、カラフルな傘が行ったり来たり……
「今日は、売り上げ見込みが少ない日ですねぇ……」
莉子はひとりため息をつきつつも、すこし体が楽になる日でもあるため、心が軽くなる。
とはいっても、お客さんが1人もこないのは寂しいので、しっかり開店準備は怠りなく!
「今日の仕込みは半分ぐらいでいいかなぁ」
莉子はランチの準備をおえてから、もう一度天気を確認する。
正午から夕方にかけて雨脚が強まるという天気予報。
あながちはずれでもない現在の天気に、莉子はもう一度つぶやいた。
「今日はお客さんは少ないな」
いつも通り、オープンの看板をだし、カウンターへと入るが、灰色の景色がガラスに張りついている。
オープンと同時にお客さんが来ることが最近だが、やはり人はこない。
これならと、自分用にコーヒーを入れようと、カップをとりあげたとき、
「やってるかい?」
ドアベルといっしょに顔を出したのは、常連のおじいちゃん、靖さんだ。
「もちろんですよ! 外、寒くなかったです?」
「ちょっと冷えるかもね」
いつものカウンターに腰をかけると、ちゅうちょなく小さな巾着から文庫本を取り出した。
「こういう日はお客が少ないからね。このお店で本を読むのが一番なんだ」
「そういえば。最近読んでなかったですけど、どうしたんです?」
「いやさ、メガネがあわなくなって作っててさ。昨日メガネが届いたから、今日はメガネの試運転の日だね。あ、コーヒーもらえるかい?」
同じ巾着から眼鏡ケースをとりだし、ビカビカの眼鏡をかけて、ページをめくっていく。
「はい、かしこまりましたよぉ」
ぺり、ぺり、とゆっくり進む紙の音が時間をきざんでいるようで、莉子は好きだ。
カバーがかかっているため本はわからないけれど、大抵はミステリーをいつも読んでいた。
たぶん、今日もミステリーを読んでいるはずだ。
莉子は深煎りのコーヒー豆を準備する。
なぜなら、靖さんは酸味の強いコーヒーが好みだから。
これは両親が経営していた時から変わらない───
……両親の時はモーニングタイムも開けていた。
朝7時~9時までがモーニングタイム。
莉子はここで朝食を食べ、常連のおじさまたちに「いってらっしゃい」と言われたものだ。
その頃の靖さんはまだ会社員だった。新聞を読みながらコーヒーを飲んで、会社に向かうのが日課だった記憶がある。
両親が亡くなってから一度閉めた店だが、戻ってきてくれたのは靖さんぐらいだろうか。
近所というのもあるけれど、他にもモーニングをしている喫茶店は山ほどあるのに、またこの場所を選んでくれた。そして、店を改装した今も、変わらず来てくれている。
感謝してもしきれない気持ちがわいてくる。
お湯をまわしいれながら、母の記憶も蘇る。
母がコーヒーの担当だった。
似たように淹れられているか聞いたことはない。
聞く勇気がない、と言ったほうがいい。
いつか聞いてみたい。
きっと、常連の靖さんのほうがわかることだから……
雨の日は、思い出が落ちてくる。
忘れた苦い思い出が、ぽつりぽつりと降ってくるのだ。
両親の笑顔も、ぽつりぽつり、降ってくる────
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