café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

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第2章 カフェから巡る四季

第51話 オーナーへのお礼 ~後編

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 差し出された腕を、莉子はそっとつかむ。
 優しく莉子へ微笑む連藤だが、見るといつもより上質なスーツ!
 気恥ずかしくて、連藤のことを見ていなかった莉子は、手触りと間近にあるジャケットでわかった。

 しかし!
 まさか彼もネイビーのスーツを着てくるとは……!

 暗い中で見ていたため、黒いスーツと勘違いしていたが、ほのかな白い明かりが灯っているため、ここだとよく見える。
 中のシャツは薄い水色で、ベストもネイビーであるものの、細いストライプが入り、タイは珍しく蝶ネクタイだ。スーツと合わせた紺色の蝶ネクタイのため、甘く見えない。
 さらに胸ポケットには赤色のハンカチ。差し色もカンペキ!
 靴は赤茶色の革靴のため、見事にその差し色をカバー……


 見事なコーディネート───


 色を肌で感じることができるというが、元からセンスがずば抜けてる。
 莉子はこういうとき、どういう振る舞いをしていいのか、本当にわからなくなる。

 私が、彼女でいいんだろうか……

 思わず弱気になり、手の力がゆるんだとき、連藤の手が触れた。

「まだ緊張してるのか? あとは楽しむだけだ。はぁ……」

 いきなりのため息に、莉子は思わず身をすくめる。

「今日の莉子さんの格好、巧たち、驚くだろうな。早く見せたい」

 あいかわらずポジティブマイペースな連藤に、莉子は驚かされ続けている。
 彼はテンポをかえず、杖を叩き、歩きだした。

 すぐに扉が開かれ、ウェイターさんが案内をしてくれる。
 通された場所は、個室だ。


 扉をあけると、真正面に座っているのは、ゴッド・ファーザー───!!!


「来た来た、莉子さん、お疲れ。似合ってんじゃん」

 巧が関心したようにいってくるのを聞き流していると、

「連藤さんと、めちゃお似合いだねぇ~」

 瑞樹が素直な気持ちでいってくるので、気恥ずかしくなる。

「瑞樹、今日の莉子さん、きれいだろ」
「連藤さん、なんか、いつもより鼻の下、伸びてる」
「しょうがないだろ。なかなか着飾った莉子さんに会える機会はないからな」

 楽しく会話をする2人の横をすぎ、莉子はゴッド・ファーザーの横へとついた。

「この度はわざわざこのような席にお招きいただき、ありがとうございます」
「莉子さん、本当にこの前のディナーは素晴らしかった。それに君のワインの飲みっぷりが気に入ってしまってね、今日は大いに飲もうじゃないか。明日は定休日なんだろ?」
「お気遣いまでいただき、本当に感謝いたします。今日は皆さまと存分に楽しませていただきますね」

 椅子がひかれたので、莉子はゆっくり腰をおろし、座り方を整える。
 カバンはお尻と椅子の間に入れたし、スカートもしっかりシワが伸びている、はず!

「意外とまともなこと言えるんだな」

 巧が関心したように言うが、

「これでもババアだからね」
「なるほど」

 納得されたことに彼女は無表情になる。

 すでに三井も席に着き、早速とドリンクの注文となった。
 となりに立つのは黄金のブドウのバッジが輝く方、ソムリエである。
 メニューは皿の上にカードとして乗せられていた。

「莉子さん、君ならまず何を頼む?」

 いきなりのファザーからの使命に硬直するが、周りはにやにやするばかりで、言っていいぞと顔に書いている。

「できれば、シャンパンなんか、やはり一杯目ですので」

「他はなにがいい? 莉子さんの好きなものを1本入れたいんだ」

 まじかー。という顔が出ていたようだ。
 巧が真面目な顔で、【なんでもいいぞ】口が動く。
 莉子はすばやく手元のメニューカードをみて、さらにワインリストを見て、ぐるりと思考をめぐらせる。

「あー……、今日はイノシシのお肉がいただけるんですね……そ、それであれば、この、シャトーヌフがいただけたら……」

 ソムリエを見ると、若々しい方だ。
 シャトーヌフと聞いて、反応が薄い。

 そりゃそうか。
 高いなかでは安価なワインですからね!

 莉子はひとり納得しながらも、

「では、お持ちしますね」
「お願いします。料理のスタートと一緒に開けておいてもらえますか?」
「かしこまりました。シャンパンはどうされますか?」
「ノンヴィンテージの食事に合うものでいいだろう」

 ファザーのひと声が響く。
 途端に素早く準備が施された。
 瞬く間にグラスが用意され、シャンパンの軽やかな泡の音が響き渡る。

 乾杯!
 声のあとに運ばれてきたのは前菜の一皿だ。

 魚介のグリルと野菜の盛り合わせは、爽やかな初夏のイメージだ。
 食用の花も散らされ、華やかさもプラスされている。
 見事にシャンパンに合う一皿である。

 軽い話を挟みながら、一口二口進んだだろうか。

「シャトーヌフですが、テイスティングは……?」

 頼んだ莉子の元に先ほどと同じ若手のソムリエが立っている。
 彼女はぐるりと見渡した。

 が、ファザーを始め、視線で「あなたですよ」と言われてしまう。

「では、私が……いただけますか?」

 色味は少しくすんだ赤。
 いつもの色だ。
 妙に深みのある色味、女性の妖艶さ、秋の色───

 くるりとグラスをテーブルで回すと、香りを嗅いでみる。

「………」

 言葉にならない。
 良い意味ではない。

 ……あれ?

 通常であれば、「あ、いい香り。お願いします」で済むのに済ませられない。

 ひたすらにくるくる回して匂いを嗅ぐ。
 少し口に含んでみるが、まるで瑞々しさが、ない。

「莉子さん、どうかしたのか?」
 あまりの無言に隣の連藤が声を上げた。

「連藤さん、これちょっと嗅いでみてもらえますか? 一度、飲んだことあるやつだよ」

 小さく頷き受け取ると、香りを嗅いで、口に含む。

「……これは近いものはあるが、飲んだことはないと思うが」

 そうだよなぁ……
 枯れた香りの中のベリーの匂いもなければ、飲んだ時の果汁味あふれる雰囲気もないのだから、仕方がない。

 なんだ、これ?

 莉子が首をひねっていると、若手ソムリエもよくわからないようだ。
 通常であれば、「はい」というところが、相手が言わないのである。
 わがままな客に見えなくもない。

「お客様、どうしました?」

 そう声をかけてきたのは、もう一人のソムリエだった。
 動きに無駄がないのと、視線の貫禄からここのソムリエのトップであることがわかる。

 莉子は首を傾げつつ、恐る恐る口を開いた。

「あの、シャトーヌフなのに、こんなに香りも味もしないものでしょうか……?」

 すぐにソムリエもグラスに注ぎ、ワインを確認する。
 表情が硬くなった。

「……お客様、大変申し訳ありません。実はこの年はそれほどいい年ではなかったもので、
 飲み頃のピークを過ぎてしまっているようです……これはお客様にお出しできるものではありませんので、別なものを出させてください。どのようなものがよろしですか?」

「それであれば、せっかくなので、華やかなワインを1本ください」
「では、ピノ・ノワールはいかがでしょうか? 私、得意なんですよ」
「それでは、それをお願いします」

 シャトーヌフなんて人気のないの頼まなきゃよかったー
 冷や汗かいたわー

 口には出さないが、じんわりと背中が濡れている気がする。

「味しないってよく気付いたな」

 言いながら三井が前菜を頬っている。

「私にとってシャトーヌフは、家族と同じ意味なんです。だから皆さんと飲みたいなって思ったんですが、これは今度にとっておきます」 

 莉子は再び食事に戻るが、

「シャトーヌフが家族ってどういう意味?」
 瑞樹が不思議そうに見つめてくる。

「私の両親が記念日になるとシャトーヌフを飲んでたの。子供の頃は飲めないでしょ? でもベリーのいい香りが瓶とかグラスからして……だからその香りを嗅ぐと両親を、家族の団欒を思い出すの。だから私にとっては、シャトーヌフは家族」

 前菜をつつきながら話していたのだが、不意に顔を上げた時、みんなの顔が暗い。
 そんなつもりで言ったわけではない。

 どうしようと戸惑ったとき、

「じゃ、今度はそのワインに合わせて食事作ってよ。家庭料理でいいから」
 巧が切り返した。

 なんて鋼メンタル。
 でも、感謝感激です。

 莉子は巧の声に、

「もちろん。でも、タダはなし!」
「ケチっ」

 ふたりで笑いあったとき、ピノ・ノワールがやってきた。

「こちらは間違いなくいいものですよ」

 テイスティングをしてみると、香りもふくよかでエレガントだ。
 まさしく、ピノ! と言わんばかりの美しい女性が浮かび上がってくる。

「素敵な香りですね。こちら、お願いします」
「かしこまりました。追加のワインがありましたら、私が承りますので、またお声をおかけください」

 ソムリエが立ち去ったのを機に、莉子がよし、と小さく呟き、

「……今日は飲んでいいんですよね?」
「もちろんだよ」

 優しい笑顔でファザーが頷いたとき、すぐに手元のワインリストを取り上げた。

「白ワイン、連藤さん、どんなのがいいです?」

 少しおしとやかなオーナーと、気さくな仲間と、その父親と共有していく時間というは、本当に少ないものだろう。
 どの一瞬も大切にしていきたい。
 これは莉子がいつも思うことである。
 どの思い出も素敵で楽しい思い出になるように、笑顔は絶やしたくないものだ。

「莉子さん、かなりウキウキしてるな」

 連藤が雰囲気を察して言ってきた。

「こんなワインリストみたことないですから! ですけど、どこまでだいじょうぶだと思います……?」

 どうも高級なものを一本入れようと企んでいるようだ。

「連藤さん、華やかな辛口がいいですよね?……じゃ、オーダーしちゃおうかな。すいません」

 目が見えなくてよかったと、これほど思ったことはない連藤だった。
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