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第2章 カフェから巡る四季
第48話 女の子には飲ましちゃ、ダメ!
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カウンターごしの彼女だが、おもむろに届いた箱から瓶を取り出していた。
ずいぶんずんぐりとした瓶のワインだ。
そのラベルを見て瑞樹が声を上げる。
「莉子さん、なにそのオペラ座の怪人みたいなの!」
彼女は掲げると、ラベルを自分に向けて見て、もう一度瑞樹の方へ向かせて見せた。
「ポートワインです」
隣に腰をかけていた三井が、「聞いたことあるな」そう呟く。
今日は珍しく三井と瑞樹がペアで来店していた。
2人とも飲みたい日だったようだ。
そんな2人はというと、今日はビールだ。
ビールにライムを搾り、飲み干すこと3本目───
今日は天気も良く、からりと晴れた日だ。
2人での外回りで喉が渇いたのだろう。
ビール瓶に口をつけて飲んでいた2人だが、このポートワインを手に取ると、匂いを嗅いだりしてみ始めた。
「甘い香りだね~」
美味しそうに目を細めた瑞樹に対し、
「これ、結構アルコール強くねぇか?」
三井が付け足した。
「よく、お気づきで。これポルトガルのワインで、度数が20ぐらい。発酵の途中でブランデーを加えることで、独特の甘みとコクなんかがプラスされるんだそうで」
飲んでみる? もう一度掲げたとき、二人ともこくりと頷いた。
小さめのグラスにほんの少量注ぐ。
「すくねぇな」三井がぼやくが、
「これ、日本酒より度数高いんですけど。甘いし、ごくごく飲むワインではないので」
二人はリキュール用の小さなグラスを傾けて、液体を眺める。
粘性は高く、グラスの壁に赤く液が滲んでいく。
色は濃い赤色だが、ほんのりと褐色がかり、大人な女性の色味に感じる。
香りを嗅ぐと甘みの奥からブドウの渋み、樽の香りが湧き上がってくる。
全くワインとは違う味と雰囲気だ。
少量舌に乗せると、甘みの後からアルコールがガツンとくる。
鼻に抜ける香りはブランデー。渋みはほのかに感じる程度だが、彼女の言う通り、ごくごく飲むようなものじゃない。胸のあたりが熱くなる。
三井は慣れているようで、キツめでいいねという顔だが、瑞樹は慣れないのか、手で舌を扇ぐほどだ。
「甘いの大丈夫だったら、このチョコと飲んでみて下さい」
甘いワインに甘いチョコレート……
「ありえなくない?」瑞樹が肩をすくめてくるが、
「口に合わなかったら、素早く飲み込めば」彼女はそう言い、ニコリとする。
無言の圧力───
言われるままにチョコを口に含み、ワインを飲み込んだ。
どうだろう。
チョコの香りが引き立ち、単純な甘みが深みのあるものに変わった。
まるで高級なチョコレートを舐めているような、カカオの香りが抜けていく。
「これ、疲れた日にいいね!」
瑞樹はまたチョコを口へ放り、ちびりとワインを口に含んだ。
「俺はチョコより、ナッツ系の方がいいかも」
三井に合わせてナッツも出してみる。
「これね、寝る前とか、あとは食後とかにもいいですよ。女の子だったら『おいしぃ』って飲みすぎちゃうから、絶対飲ませないように」
「あ、その手があったか」
三井の声に莉子の目がするどく向けられ、大きな肩を小さく縮めるが、瑞樹がグラスを持ち上げた。
もう一杯という意味だ。そこに同じように注いだとき、
「ね、莉子さん、このワイン、何に使ってるの?」
チョコを頬張り、また飲みこんだ。
「これ、うちの料理酒になってます。煮込ハンバーグとかミートソース、ビーフシチューとかに、ちょっぴり隠し味に入れてます」
「じゃ、飲んでないの?」
「私の寝酒にもなってますよ?」
「寝酒かぁ……僕もこれ買っちゃおうかなぁ」
ルビーの色に輝いた液体をじっくり眺めている。
「好きな女のことでも思ってるのかぁ?」
「うるさいなぁ」
そう言ったきり、まだじっくりと見つめる。
「よく眠れてないの?」
「んー」
「寝れてないのかぁ……」
莉子はこの言葉を投げて別な作業に入っていった。
カウンターに残された二人だが、同じ酒を見下ろしたまま、空気が流れていく。
ジャズのBGMが頬を撫でていくようだ。
「……女絡みか?」
「三井さんじゃないし」
「って、仕事で悩んでんのか?」
「僕だって、悩むことあるんですー」
ふてくされたように返すが、結構悩んでいる風だ。
ワインを流し、強いアルコールで言葉を押し出していく。
「巧とは同期ってのもあるけど、学校も同じこともあって、いっつも一緒的な雰囲気あったけど、やっぱ社長だし、やること違うし。僕なんて下っ端のままだし。今だって三井さんについて歩いてるだけだし。なんか、本当に普通すぎて辛いなぁって」
「はぁ?」
三井はそう言い、一気に酒をあおる。
「俺だって最初から特別じゃねぇし、それだけのことをしてきたんだ。お前がいきなりそんなことできちゃあ、俺の立場ってもんがねぇだろ。気長に行け、気長にぃ。筋は、悪くねぇからな」
「え、本当に? ねぇ、本当? 嘘じゃない!?」
「うるせぇなぁ」
こう見ると意外と面倒見のいいお兄さんです。
なんだか微笑ましくなってしまう。
兄弟がいるとこんな雰囲気なんだろうか───
「莉子、酒」
「女房じゃございません」
ぴしゃりと言いきり、莉子は酒をわたさず作業をすすめている。
すると後ろから瑞樹の呼ぶ声がした。
「莉子さん、次、僕がもつから、なんか明るい気分になるやつください」
腕組みをして首が真横に傾いていく。自分のセラーからワインを探しているようだ。
「見つけた!」
彼女はそういうとセラーに向かい、釣りあげた魚のようにワインを持ち、満面の笑みで二人の前に現れた。
「イタリアのバルバレスコがいいんじゃないかと! お手頃な高級イタリアワインです。味もイタリアなのでハズレなし。なかなか飲む機会がなくて……なわけで、私も飲んだことないので、一緒に飲みましょう! 瑞樹くん持ちで!」
軽やかな足取りでグラスを取りに歩いていく。
その後ろ姿を眺めながら、彼女の悩みは飲むタイミングが見えないワインがあることじゃないかと思えてくる。
高いワインは何かに格好つけて飲みたいものだ。
今日は瑞樹にとってそんな日だ。
「よぉーし、明後日から仕事がんばろっと」
「……明日から?」莉子が言うと、
「明日は二日酔いなんで、適当に過ごします」
「だからお前はダメなんだよ」
三井のダメ出しが吐き出されるが、
「「「かんぱーい」」」
ここからは楽しい話しか出てこないはずだ。
現に、三井も瑞樹も、笑顔が浮かんでいる。
そして莉子も、同じ顔だ。
馬鹿話に花が咲くのはいいものだ。
ずいぶんずんぐりとした瓶のワインだ。
そのラベルを見て瑞樹が声を上げる。
「莉子さん、なにそのオペラ座の怪人みたいなの!」
彼女は掲げると、ラベルを自分に向けて見て、もう一度瑞樹の方へ向かせて見せた。
「ポートワインです」
隣に腰をかけていた三井が、「聞いたことあるな」そう呟く。
今日は珍しく三井と瑞樹がペアで来店していた。
2人とも飲みたい日だったようだ。
そんな2人はというと、今日はビールだ。
ビールにライムを搾り、飲み干すこと3本目───
今日は天気も良く、からりと晴れた日だ。
2人での外回りで喉が渇いたのだろう。
ビール瓶に口をつけて飲んでいた2人だが、このポートワインを手に取ると、匂いを嗅いだりしてみ始めた。
「甘い香りだね~」
美味しそうに目を細めた瑞樹に対し、
「これ、結構アルコール強くねぇか?」
三井が付け足した。
「よく、お気づきで。これポルトガルのワインで、度数が20ぐらい。発酵の途中でブランデーを加えることで、独特の甘みとコクなんかがプラスされるんだそうで」
飲んでみる? もう一度掲げたとき、二人ともこくりと頷いた。
小さめのグラスにほんの少量注ぐ。
「すくねぇな」三井がぼやくが、
「これ、日本酒より度数高いんですけど。甘いし、ごくごく飲むワインではないので」
二人はリキュール用の小さなグラスを傾けて、液体を眺める。
粘性は高く、グラスの壁に赤く液が滲んでいく。
色は濃い赤色だが、ほんのりと褐色がかり、大人な女性の色味に感じる。
香りを嗅ぐと甘みの奥からブドウの渋み、樽の香りが湧き上がってくる。
全くワインとは違う味と雰囲気だ。
少量舌に乗せると、甘みの後からアルコールがガツンとくる。
鼻に抜ける香りはブランデー。渋みはほのかに感じる程度だが、彼女の言う通り、ごくごく飲むようなものじゃない。胸のあたりが熱くなる。
三井は慣れているようで、キツめでいいねという顔だが、瑞樹は慣れないのか、手で舌を扇ぐほどだ。
「甘いの大丈夫だったら、このチョコと飲んでみて下さい」
甘いワインに甘いチョコレート……
「ありえなくない?」瑞樹が肩をすくめてくるが、
「口に合わなかったら、素早く飲み込めば」彼女はそう言い、ニコリとする。
無言の圧力───
言われるままにチョコを口に含み、ワインを飲み込んだ。
どうだろう。
チョコの香りが引き立ち、単純な甘みが深みのあるものに変わった。
まるで高級なチョコレートを舐めているような、カカオの香りが抜けていく。
「これ、疲れた日にいいね!」
瑞樹はまたチョコを口へ放り、ちびりとワインを口に含んだ。
「俺はチョコより、ナッツ系の方がいいかも」
三井に合わせてナッツも出してみる。
「これね、寝る前とか、あとは食後とかにもいいですよ。女の子だったら『おいしぃ』って飲みすぎちゃうから、絶対飲ませないように」
「あ、その手があったか」
三井の声に莉子の目がするどく向けられ、大きな肩を小さく縮めるが、瑞樹がグラスを持ち上げた。
もう一杯という意味だ。そこに同じように注いだとき、
「ね、莉子さん、このワイン、何に使ってるの?」
チョコを頬張り、また飲みこんだ。
「これ、うちの料理酒になってます。煮込ハンバーグとかミートソース、ビーフシチューとかに、ちょっぴり隠し味に入れてます」
「じゃ、飲んでないの?」
「私の寝酒にもなってますよ?」
「寝酒かぁ……僕もこれ買っちゃおうかなぁ」
ルビーの色に輝いた液体をじっくり眺めている。
「好きな女のことでも思ってるのかぁ?」
「うるさいなぁ」
そう言ったきり、まだじっくりと見つめる。
「よく眠れてないの?」
「んー」
「寝れてないのかぁ……」
莉子はこの言葉を投げて別な作業に入っていった。
カウンターに残された二人だが、同じ酒を見下ろしたまま、空気が流れていく。
ジャズのBGMが頬を撫でていくようだ。
「……女絡みか?」
「三井さんじゃないし」
「って、仕事で悩んでんのか?」
「僕だって、悩むことあるんですー」
ふてくされたように返すが、結構悩んでいる風だ。
ワインを流し、強いアルコールで言葉を押し出していく。
「巧とは同期ってのもあるけど、学校も同じこともあって、いっつも一緒的な雰囲気あったけど、やっぱ社長だし、やること違うし。僕なんて下っ端のままだし。今だって三井さんについて歩いてるだけだし。なんか、本当に普通すぎて辛いなぁって」
「はぁ?」
三井はそう言い、一気に酒をあおる。
「俺だって最初から特別じゃねぇし、それだけのことをしてきたんだ。お前がいきなりそんなことできちゃあ、俺の立場ってもんがねぇだろ。気長に行け、気長にぃ。筋は、悪くねぇからな」
「え、本当に? ねぇ、本当? 嘘じゃない!?」
「うるせぇなぁ」
こう見ると意外と面倒見のいいお兄さんです。
なんだか微笑ましくなってしまう。
兄弟がいるとこんな雰囲気なんだろうか───
「莉子、酒」
「女房じゃございません」
ぴしゃりと言いきり、莉子は酒をわたさず作業をすすめている。
すると後ろから瑞樹の呼ぶ声がした。
「莉子さん、次、僕がもつから、なんか明るい気分になるやつください」
腕組みをして首が真横に傾いていく。自分のセラーからワインを探しているようだ。
「見つけた!」
彼女はそういうとセラーに向かい、釣りあげた魚のようにワインを持ち、満面の笑みで二人の前に現れた。
「イタリアのバルバレスコがいいんじゃないかと! お手頃な高級イタリアワインです。味もイタリアなのでハズレなし。なかなか飲む機会がなくて……なわけで、私も飲んだことないので、一緒に飲みましょう! 瑞樹くん持ちで!」
軽やかな足取りでグラスを取りに歩いていく。
その後ろ姿を眺めながら、彼女の悩みは飲むタイミングが見えないワインがあることじゃないかと思えてくる。
高いワインは何かに格好つけて飲みたいものだ。
今日は瑞樹にとってそんな日だ。
「よぉーし、明後日から仕事がんばろっと」
「……明日から?」莉子が言うと、
「明日は二日酔いなんで、適当に過ごします」
「だからお前はダメなんだよ」
三井のダメ出しが吐き出されるが、
「「「かんぱーい」」」
ここからは楽しい話しか出てこないはずだ。
現に、三井も瑞樹も、笑顔が浮かんでいる。
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