café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

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第2章 カフェから巡る四季

第47話 続・吐けない悩み

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 15分ほどの時間をおいて登場したのは……

「先生、ちょっとお願いします」

 巧がぺこりと頭を下げる。
 その相手は、奈々美だ。

「莉子さんにはお世話になってるんで、私でよければ……」

「一体どういうこと?」

 莉子は再び首をかしげてみせる。

「あまりの落ち込み具合だし、雰囲気、男じゃ相談できないんだと思ってさ。だから奈々美呼んでみた」

 さすがというべきか。
 確かにこの問題は男性には話しづらい。
 そして、何も知らない人にも話しづらい。
 ある程度の状況がわかっている相手に話すことで、荷が軽くなる可能性がある。

 解決はできなくとも、何かが変わるかもしれない───

「ありが」莉子が言いかけたところで扉が大きく開かれた。

「莉子さん、大丈夫?」

 優だ。

「奈々美からちょっと聞いちゃって。心配だから来ちゃった」

「みんな、本当ありがと」

 じんわりと目頭が熱くなってくるが、ごまかそうとチーズケーキを切り分ける。

「コーヒー入れるね」

 動き出した莉子に合わせ、勝手知ったる常連たちは営業終了の看板を表に出し、鍵を閉めてしまった。

「ちょっと……な、なななに?」

「今、連藤に『女子会で貸切』って言っておいた」

 巧の動きは早い。
 その後ろで瑞樹はぐるりと店を確認している。

「よし。巧、僕たちも席はずそ」
「そうだな」

 二人は話しながら身支度を整え始める。

「ケーキぐらい食べて行きなよ?」莉子はコーヒーカップを差し出すが、

「いいから、いいから。女子ならこれぐらい食えるだろ?」

 そういいながら、軽く手をあげ、巧と瑞樹は裏口から出て行ってしまった。

「さ、莉子さんもテーブルでケーキ食べようよ! ここのケーキなら、何切れでもいけちゃうよね」

 優がカップを取り上ると、奈々美も残りのコーヒーとケーキを運んでしまう。
 だが莉子の動きがピタリと止まり、

「……私、コーヒーじゃ話せないと思うんです」

 そう言い切ると、裏に走り、すぐに飛び出してくる。

「アスティのスプマンテ。イタリアのスパークリングワインなんだけど、チーズケーキにめっちゃ合うから、これ飲みながら話しませんか……?」

 奈々美と優も、にやりと笑顔を浮かばせた。




 スプマンテは軽やかなスパークリングワインだ。
 華やかな香りはそのまま、チーズのコクともうまくマッチする優れものだ。
 おいしいおいしいと頬張り飲み込む3人だが、微妙に深刻な空気が漂っている。

「その尾野さんってのが、結構前のめりな感じで……」

「本気モードなわけかぁ」優が2切れ目のケーキを突きつつ、そう言った。

「でも、本当難しいっていうか、莉子さんも言ってたけど、付き合ってるなんて言えたものじゃないし」

 頬杖をついた奈々美に、グラスを空にした優がいう。

「もう、連藤さんに言っちゃえば?」

「言えたらこんなに悩んでないですよ……」

 莉子は飲み干し、3人のグラスにスパークリングワインを追加でそそいでいく。

「地味めな感じですけど、オフのときはすんごく美人になる系の人だし……」

 莉子の声が小さくなって落ちていく。

「でも連藤さん、目、見えないから!」

 優の言う通りではあるのだが、そこじゃあ、ない。
 あの尾野は美人が故に、自信があるタイプだ。

「きっと彼女、もうそろそろ行動に出るかと……」

 言いながら莉子から大きなため息がでてきてしまう。

「莉子さん、よくそこまで読んでますね」

 奈々美が感心したように言うが、

「奈々美さんも、実際の表情とか口ぶりをみたら、あ、次動くなってわかるときありません? それです」

「わー……それぐらいの自信度なんですね……」

 奈々美の顔が真顔だ。
 あー、そこまで。という諦めのような、そんな表情である。

「それなら連藤さんにいうのが一番いいんじゃない?」

 グラスをくるりとまわし、優がつぶやく。
 奈々美はそれに同意なのか、ぶんぶん頭を縦に振っている。

「でも、それ、なんて言えばいいと思います? 連藤さんにしばらく来ないでって言ったら極端ですし、こんな女の人いるんだよって言ったら自意識過剰とか思われそうだし……」

 3人でしんみりとグラスを口へと運んでいく。
 そんな中、奈々美が顔を上げた。

「連藤さんを信じることも大切じゃないですか?」
「そうだね、最後の砦になってもらっていいんじゃない?」

 優が続くが、

「どういう意味です、それ?」

 管を巻いている莉子がテーブルに寝そべり言った。

「連藤さんなら、うまく解決してくれると思うんです」

 奈々美の言葉に、優も笑顔になる。

「莉子さん、大丈夫だよ! だから、今日は楽しく女子会しましょ」

 優はボトルの中身が半分となったワインを三等分に分けてしまった。

「はい、みんな、かんぱーい!」

 優が2人のグラスに自分のグラスをカチリと当てた。
 莉子は注がれたワインを一気に飲み干し、

「……わかりました! よーし、今日は飲むぞー!」

 もう1本、ボトルを取りに莉子は腰を上げたのだった───





 翌日。
 だからか、頭が痛い。
 いや、重い。なんとなく胃も重い……

 あのあと、なんだかんだと夜中まで飲み明かし、2人をタクシーに乗せたところまでは莉子も覚えている。
 ただ、部屋の床で寝ていたので、とりあえず、そこまでは生き抜いたようだ。

 莉子は、痛い体を引きずりながらランチの仕込みを終わらせたものの、今日の夜は営業をやめようと決める。

 スマホを見ると、連藤からで、『ランチに行く。夜はゆっくりすごさないか』

 すでに営業を休むことが見抜かれていた。

 あまりの千里眼に驚きながらも、店内の準備を整えれば、もうお昼時だ。
 今日の天気は晴れているが、風が強い。
 昨日の夜に降ってた雨のせいだ。
 雨上がり明けは、どこも輝いて見えてくる。


 そんな輝きにも負けない女性、尾野の登場だ───!


「こんにちは、いらっしゃい」
「オーナー、いつものランチで」
「かしこまりました」

 莉子はそういうと、カウンターに腰掛けた尾野にいつも通りに水を出す。
 奥に一旦下がったとき、ドアベルが聞こえた。

「あ、いらっしゃい」

 声をかけると、薄く微笑む連藤がそこにいる。
 軽く手を上げてくるが、それにはふたつの意味がある。
 挨拶の意と、席までの案内をして欲しいという意だ。

「ちょっと待っててください」

 入口横に立つ連藤の手を取り、いつもの席へと誘導していく。
 椅子を引いて肩を叩くと、それを合図に連藤は腰を下ろす。

「まだ私の案内、必要ですか?」

 莉子は水とカトラリーを置いたときに聞いてみるが、

「この、案内される、というのがいいんだ」

 満面の笑みで言われてしまうと、返す言葉がみつからない。

「連藤さん、今日のランチは?」
「もちろん、ビーフシチューで」

 承ったという返事のかわりに連藤の肩を叩き、莉子は厨房へと向かうが、カウンターの端にすわる尾野の視線は、連藤に釘付けだ。

「はい、本日のパスタセットになります」

 尾野の前に差し出すと、「美味しそう」彼女の顔が明るくなる。
 再び厨房へ下がったとき、扉が開いた音が鳴った。

「莉子ちゃーん、コーヒーねー!」
 ご近所のおじいちゃん、通称靖さんだ。

「はーい!」

 ビーフシチューの準備を整え、カウンターにトレイごと置き、コーヒーカップのセットをしたとき、

「ね、オーナー、これ、あの人の?」

 指さした先は、連藤だ。

「そう、ですが……?」

「じゃ、私持ってきますね」

 止める前に取り上げられてしまった。
 手からすり抜けたトレイは、連藤の元へと運ばれていく。
 昨日の『信じることも大切じゃないですか』奈々美の声がリフレインする。
 なんでこんな時に聞こえてくるのだろう。

 慌てて出ていくのも失礼かと、戸惑いながら、コーヒーを挽き、ドリップ用フィルターに移していく。
 視線の端の二人のやりとりが引っかかる。



 気になる、あー気になる……
 でも見ないようにしよう。見ない見ない見ない……



「莉子ちゃん、奥の席、なんか変だぞ?」 
「え?」

 靖也が指差した先は、連藤と尾野だ。
 なんとなく、揉めている……?

「なんで?」
「行った方がいいんじゃないか?」
「このコーヒー入れてから……」
「早く行け!」

 連藤大好き靖也に怒鳴られ、莉子は渋々とカウンターを出ていくと、小声だがやりとりが聞こえてくる。

「オーナー忙しそうだったんで、私、手伝いたくて」
「先ほども言ったが、あまり私に触れないでくれないか?」
「いや、私もここの常連なんでぇ」
「常連だとなにかあるのか」

 眼鏡の奥から尖った視線が突きぬける前に、莉子が素早く盾になる。

「連藤さん、ご迷惑をかけました」

 彼の肩に触れると、何故か連藤もその手に触れてくる。

「莉子さん、驚きましたよ」強く握られる。

 どうも怒っている……

「私としては料理を作られた方に料理の説明をいただきたいので、今後このようなことは控えていただきたいのだが……」

「連藤さん、大変申し訳ありません。尾野さんも、ご迷惑をかけてしまって、本当にごめんなさい」

 莉子は言葉尻に合わせて何度も頭を下げる。
 すると尾野も頭を下げてきた。 

「あたしも出しゃばったみたいで、ごめんなさい」

 しおらしく彼女は言いながら、自然な動きで連藤の手を剥がしていった。
 しなやかな連藤の手を、か弱い色白な手が包んでいく。

「でも、あの、あたし、あなたのお手伝い、できると思うんです。これでも職場では責任者の立場を任せられてて、」

「君、家事、しないだろ」

 絶句する尾野に、連藤は続ける。

「よく手入れの行き届いた手だからな。それに君は自信があって堂々としている。きっと君は見た目が綺麗なんだろう。だが生憎私は目が見えないので、君の綺麗さに意味はない」

 見えない目は、人の痛いところを見透かすのか──
 
「結論から言おう。君は仕事ができるのかもしれないが、料理もできない人間に興味はない。私は莉子さんの、小さく、乾いた、冷たい手が好きなんだ。君にはわからないだろうが」

 だから莉子さんが運ばないとな。そう言って彼の肩に置き忘れていた莉子の手を連藤が握った。
 その途端、尾野は地団駄を踏むように自席まで戻ると、財布からお金を抜き取り、カウンターに叩きつけた。

「もう、来ないから、こんな店!」

 大きな音を立てて閉められた扉をみやり、常連のおじいちゃんは鼻で笑うと、

「おい、莉子ちゃん、コーヒー」
「あ、はい」

 連藤の肩を叩き、カウンターへと素早く戻り、コーヒーをいれなおしていく。
 横目で見ると、連藤はいつもと変わらずビーフシチューを頬張っている。
 周りの視線が見えないから、何も感じないのか?
 彼の心のメンタルは、鋼以上な気がする。
 ひとつため息をつきながら、カップをセッティングしていると、

「莉子ちゃん、」
「はい?」
「連藤くんは、いい男だな!」
「そうなんです!」

 笑顔で返すが、

「でも、一人、常連が減ったな」
「そうなんです……」


 確かにそうだが、それでもいい。
 大好きな人が幸せにランチを食べられたら、それでいい。

 莉子は改めて思い、靖也にコーヒーを差し出した。
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