café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

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第2章 カフェから巡る四季

第43話 花の香り

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「いらっしゃい」

 ドアベルが鳴り、反射的に声をかけるが、莉子の視線はドアにはむいていない。
 莉子は、オーダーの手配に動いていた。
 現在の時刻は18時。
 陽に赤みがさしはじめている。
 
「カウンターでもいいですか?」

 お客の声に、莉子は「どうぞ、お好きなところへ」ショーケースのケーキを皿にのせると、顔を上げた。

「あら、奈々美さんと優さん、お久しぶりですね」

 お互いスーツ姿で仕事上がりなのがわかる。
 できる女の代名詞とも言えそうな2人の姿に見惚れていると、

「今日、巧くんと、瑞樹くんと待ち合わせしてるんです」

 奈々美が腰高の椅子に腰をかけながらそう返し、

「なんかちょっと時間かかりそうだって言われたから私たちがこっちに来て待ってることにしたんです」

 優が隣の席にカバンを置きながらさらに付け足した。

「それでは夕食は4人でって感じですね……では、ドリンクで? ワインもありますけど」

 莉子の手は再び動き始めた。
 ケーキを盛りつけながら紅茶の準備を進める莉子に、ふたりはメニュー表を眺めていたのだが、優が決断した。

「あたし、ワイン飲みたい!」
「じゃ、先に飲んじゃおっか」

 莉子は出来上がったオーダーを届けてもどると、

「では、女性らしい華やかな白ワインがあるのですが、いかがですか?」

「「おねがいします」」

 ふたりの声におされながら向かった先はセラーだ。
 ただセラーから出したばかりなので、氷を張ったバケツに入れて、少しの間冷やしておくことにする。

 莉子は手頃なナッツとドライフルーツを盛りつけた器といっしょにグラスをふたりへさしだした。
 グラスはピノ・ノワール用のグラスだ。
 口が大きく、香りが際立つ造りになっている。
 優はそのグラスを手に取ると、驚いた顔をする。

「白ワインなのに、このグラスなんですか?」
「優さん、よく気づきましたね」
「先日いただいてから、ちょっと勉強したんです。白ワインなら、もっと小ぶりのグラスですよね?」
「そうです。白ワインは温度で飲む感じですので。ただ今日のワインは、時間が経つと香りの印象ががらりと変わるワインなので、大きめのグラスで香りをじっくりと楽しんでいただきたいんです」

 注ぎ終えたグラスは少し曇ってしまう。
 だがそれだけワインが冷やされた証拠でもある。
 上から覗き込むと、ワインは薄っすら黄金色に染まっている。

「熟成されているわけではないので、小麦色とまではいかないんですが、少し黄色味がかった色味になります」

 優と奈々美は小さくグラスをまわす。
 ふわりと香りが鼻をくすぐってくる。

「どんな香りがしますか?」

 莉子も自分用の小ぶりのグラスに注ぎ、香りをかいでひとりで小さく頷いた。

「……花の香りがする」

 奈々美が小さく呟いた。
 優も奈々美の方を見て、小さくうなずくと、もう一度香りをかいでいる。

「これ、ヴィオニエっていう葡萄で作ってるんです。時間が経つにつれて、花畑にいるような雰囲気になります」

 莉子がつたえると、ふたりは何度もグラスをまわし、匂いをかぎとっていく。

「味も濃いワインなので、軽いおつまみで飲み続けることができる素敵なワインなんです」

 温かくなるにつれて、すっきりした味わいから、濃厚な雰囲気へと姿を変えていく。
 さらに香りもスミレの花の香りに似ている。
 こんなにふくよかな花の香りのワインなど初めての経験で、ひと口含むごとにふたりの表情は柔らかくなっていく。

「こんなワインがあるなんて知らなかった」

 優がこぼすと、

「私も。もっと酸っぱくて飲みづらいものだと思ってた」

 奈々美も同意する。

「ワインって私もとっつきにくかったですねぇ……」

 しみじみという莉子に、優が食いついた。

「莉子さんも?」

 グラスのワインをするっと飲み干し、莉子は笑う。

「そうですよ。私のきっかけは、両親が毎日のように飲んでたんです。そりゃ美味しそうに。だから子供の頃、ちょびっとなめてみたんですけど、渋くて美味しくなかった……香りは甘そうな匂いなのに。だから敬遠していたんですが、まぁ、いろいろありまして、大人になって飲んでみたら美味しく感じたんです。そのとき、私もすっごく驚いた記憶があります」

 そうだ、と呟き、優がひと段落したオーナーに尋ねた。

「ねぇ、莉子さん、莉子さんはどうしてカフェ始めたの?」

「カフェは、両親が残してくれたものだからかなぁ? なんか両親の影が残る場所を消したくなかった気持ちがありまして。ここにいると、両親の笑う顔を思い出せるので……あ、暗くならないで! もう昔のことだから、気にしてないことだから!」

 取り繕うように言うが、二人の顔が沈んでしまったのがわかる。
 こんな素敵なワインを飲んでいるときに、暗い顔になってほしくない。

「おふたりは友人として長いんですか?」

 莉子はあわてながら、とりとめのない質問をしてみる。
 ふたりは一度顔を見合わせ、遠くを見つめ、口元がゆらゆらとふるえる。
 いつから出会ったのか思い出しているようだ。

「なん年ぐらいだっけ……?」

 優は指を折って数えているが、定かではないようだ。

「中学のときからだから、10年近くになるんじゃない?」

 奈々美がすんなりと答えを出した。

「したらベテランのお友達ですね。ふたりでよくすることってあるんですか?」
「奈々美とは旅行もあちこち行ってるし、買い物とかも一緒だよね。でも奈々美は仕事忙しいから、なかなか会えないよね」
「それは優もでしょ?」
「そういえば、優さんってどんな仕事してるんですか?」
「私はシステムエンジニアです」
「めっちゃ大変なイメージがあります!」

 莉子は思わず世間的なイメージをぶつけてしまうが、けらけらと優は笑い、

「外資系なんで、そこらへんは大丈夫。だいたいフレックスタイムだし」
「それならよかった」

 莉子がナッツを追加すると、奈々美はそれをつまんで、ワインを飲み込んだ。
 じっと莉子を見つめる意味は、ずっと聞けなかった質問があるからだ。

「奈々美さん、なんかありました……?

「……その、私、ずっと気になってたんです」

「どんなことですか?」

「連藤さんとお付き合いされてるんですよね?」

「……いちおう」

 恥ずかしいのか、莉子の声が小さくなる。

「本当に私のただの好奇心なんですけど、連藤さんってどんな人なんですか?」

 その質問に食いついたのは優もだった。
 体を乗り出す勢いで、ワイングラスをかたむける。

「それはカウンセラーの奈々美さんに私が聞きたいぐらいですよ?」

「いやぜったい莉子さんにしかみせない姿があると思うんです。巧くんと一緒に会う機会が度々あるけど、割と寡黙系だし……」

「あ、それわかる! めっちゃクールな大人ってイメージだよねー」

「あー……うん、寡黙は寡黙なのかなぁ……いや、そんなこともないなぁ……しゃべるし、文句も言うし、私も言うし……結構冗談もいいますし……」

 全然みえなぁーい。女子ふたりは顔を見合わせ声を合わせた。

「ねぇ、聞いてよ、莉子さん、うちの会社にも連藤さんぐらいの男の人いるけど、全然だよ? 格好よくないし、デブは多いし、チャラいし、スーツ出勤のときでも高いだけで似合ってなかったりとか、あと私服出勤もあるんだけど、気を遣ってない人ばっか。そんなんでご飯誘われたって行きません!」

「優、わかるそれ! そういうセンスって本当難しいよね。同期の先生とかでも、白衣のときは素敵に見えても、私服になったらもうダダ崩れの人って結構いるし」

「服のセンスがない人とか、そういう人を改造していくのが楽しいって女の人もいますけどおふたりはそっち系じゃないんですか?」

 莉子は甘さ控えめのチーズケーキを小さく切ってふたりの元へおいてみる。

「そーいうの、無理。マジ、面倒じゃない?」

「私も無理。そこまで面倒見たくない」

「意外と辛辣ですね」

 莉子がいいながら笑うと、ふたりもチーズケーキをほおばり、ワインを飲み込んだ。
 意外と合ったようで、つい二口・三口と進んでいく

 だがまだ待ち人来ずのよう。
 ワインのボトルはもう半分、消えてしまっている。
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