café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

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第2章 カフェから巡る四季

第36話 莉子の境界線

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 焼きあがった食材用に、チーズドレッシング、岩塩、胡椒に定番マヨネーズが添えられる。
 莉子が小皿でソースを配ると、それをぺろりと舐めるのは連藤だ。

「このチーズドレッシング、旨いな、莉子さん」

「ありがとうございます。市販のものをちょっとアレンジしたんですが、お口に合ったなら嬉しいです」

 一方、焼き台に張りついているふたりがいる。

「早く焼けないかなぁ~」

 瑞樹がホタテをつつこうと手を伸ばすが、三井にパシリと叩かれる。

「待てよ。もうすぐだからっ」

「三井、エビは? これ、エビは?」

「巧、それもまだだ! 生ハムでもしゃぶってろ」

 まるで兄弟のようなやりとりに、巧パパは目を細めている。
 グラスをゆっくりと傾けながら、この夕食を楽しんでいるのが伝わってくる。
 空いたグラスに白ワインを注ぎ足すと、ちょうど焼きあがったホタテとアスパラが添えられて出てきた。

「さすが三井くんだね……いい焼き加減だ」

 ホタテに微笑みかけながら頬張った巧パパだが、目がくわっと開く。

「これ、甘みが違うね……どこのホタテかな?」

「……あ、これは北海道から直送してもらいました。アスパラも北海道だしと、せっかくなので。筍は本州ですけど」

「なるほど。やっぱり海が違うと、ホタテの旨味もかわってくるね」

 ごくりとワインを飲み干し、グラスがかかげられる。
 それに注ぎ足すと、にっこり微笑んだ。

「ありがとう、莉子さん」

 その声に三井が片手をあげる。

「莉子、俺にも白ワインくれ」

「はい、どうぞー」

 ワインを注ぎ、焼く食材を追加しながら、莉子は準備をしておいた料理にとりかかる。
 今日のメインは、天ぷらだ。
 氷水で作るのはもちろんだが、莉子はそこに酒を加える。

「ちょびっとサクッとする気がするっていう……」

 しかしながら、気温の高い日の天ぷらは体力の消耗が激しい。

「あっつ……」



 それでも、じっくり揚げていくこと数十分────
 


「今日のメインは天ぷらです。これに赤ワインを合わせていきます」

 大皿に盛り付けられた天ぷらは熱々だ。
 次に運ばれたてきたのは赤ワイン。
 フランスのマルサネだ。

「ピノ・ノワールで造られたワインです。お出汁によく合うので合わせてみてください。天ぷらは、筍、白身魚、桜えびとネギのかき揚げ、アスパラも揚げました。ぜひ、熱いうちにどうぞ」

 熱々の天ぷらを出汁につけると衣がしなりと垂れてくるが、その出汁の味とこのワインの味がマッチする。
 出汁の旨みが引き立つのだ。
 赤ワインなのに、ザ・日本食!

「……これ、面白いな」

 三井が言うと、巧と瑞樹も大きく頷いた。

「マジ、飲めちゃうな、瑞樹」

「すいすい飲めちゃうね~!」

 となりの連藤はアスパラを頬張り、目を輝かせている。

「莉子さん、焼いても揚げても、このアスパラは甘みがあっていい。赤ワインにも似合っていい」

「ありがとうございます。それならよかった!」

 すぐに空になるグラスにワインを注ぎながら、

「最後に筍の炊き込みご飯のおにぎりとお吸い物となりますので、お食事のタイミングとなったら教えてください」

「ありがとう」
  
 そう返したのは巧の父だ。
 彼の顔は、父親の顔。
 父親が息子の友人に会い、息子の気に入った店に来て満足している、そんな顔だ。
 料理に満足、ではなく、その空気に満足している。
 莉子もその笑顔に心が満たされる。


 これぞ、カフェの醍醐味!


 莉子はにっこり笑い返し、ご飯の準備を。
 会話の隙間から、食事の催促があったので、お膳で準備し、お届け。
 さらに水菓子を出しおえたあと、さらに赤ワインの追加があったので、簡単なおつまみも追加した。

 ゆっくりすぎる時間だが、笑顔が絶えず、話も尽きない。
 実に軽やかな会話が続いていく………



 それを莉子は店内のカウンターから聞いていた。



 なんだか羨ましい。

 思ってはいけないのかもしれない。
 でも、自分にはない世界。
 家族もなく、仲間もつくってこなかった自分が悪いのだが、大きな境界線が、ここにはある────



 皿を片付け、洗うグラスに手をかけたとき、カウンターに入ってきたのは瑞稀だ。

「なにか足りないものありました? すみません、気づけず」

 手早くエプロンで手を拭く莉子の腕を瑞稀がとる。

「違うよ~。莉子さんもこっちで飲もうよっ!」

「え、いや、私はそんな……」

「いいじゃん! 料理、余ってるしっ」

 瑞樹が適当なグラスを取り上げ、巧が彼女の肩を押していく。
 さらに連藤のとなりに椅子を用意すると、莉子に腰をかけさせた。

「莉子さんも、もう、うちのメンバーだかんねー」

 瑞樹が言うと、巧も大きく頷いてみせる。

「オレたちにとっては、このカフェ、うちみたいなもんだし」


 莉子はグラスに注がれたワインを飲みながら、瑞樹と巧の言葉を繰り返す。



 帰って来たくなる場所、そうなるように───



「莉子さん、」

 連藤に手が握られる。

「そんなに肩肘はらないで。俺たちはここが気に入ってるから、帰ってくる。それだけなんだから」

 莉子は連藤の言葉に微笑んだ。

「ならみなさんは、ここにくる時、ただいまって言ってくださいね」


 賑やかな夜はふけていく。
 じっとりとかいた汗も、炭の匂いも、ワインの香りも、全部思い出に織り込まれていく───
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