café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

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第2章 カフェから巡る四季

第33話 オーナーとほしがりさん 2

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「あ~、連藤さんだぁ!」

 ウワサをすれば、というやつだろうか。

「いらっしゃい、ミサキさん」

 莉子の声は無視し、すばやく連藤のとなりへと腰をおろした。
 手慣れた動きに莉子の目は釘付けだ。
 するりと連藤の腕をからめると、

「運命感じちゃいますぅ。今、三井さん待ってるんですよぅ」

 猫なで声で連藤に言うが、連藤はほぼ表情を変えずに腕を抜き取り、椅子ごと距離を取る。
 連藤は、莉子がいるほうへと視線をなげる。
 明らかに視線は『助けて!』なのだが、莉子としてもどうすればいいのか……

 お客として対応するべきなのはわかっているけど!
 私情も9割以上入りそうで、言うに言えない……!

 スマホをにぎりしめながら、なんとか莉子は声をだす。

「あ、あの、ミサキさん、何か飲みますか?」

「あ~……じゃぁ、連藤さんと同じのください」

「わかりました」

「私、結構、ワイン得意なんですよ~」

 莉子はそうなのかと納得し、彼女の前にグラスを置くと、ワインを注いでいく。

「今日はアスパラに合わせた白ワインなんです。なので、アスパラ、お通しでどうぞ」

 長い爪はきれいに手入れがされている。
 ジェルネイルが施された指先は夏仕様なのか、レモン色が映えている。
 その指先でグラスをつまむと、口をつけた。
 匂いをかぐことも、スワリングすることもなく、ただ、飲み込んだ。

 こういう飲み方をする人もいるか、と、莉子は自身のグラスをぐるりと回し、ワインを口へと運ぶ。
 温度があがり、香りに奥行きがでてきた。
 莉子は満足そうにうなずいて飲み込んだとき、美咲の目がするどく莉子を睨む。



「あのぅ、このワイン、まだ開いてないんじゃないんですか?」


 ワインの専門用語だ。
 莉子は驚くが、開いてないと言われ、小さく首をかしげてしまう。
 白ワインの場合、温度帯が変わってから味の変化を楽しむことが多いものも多く、また、喉越しの飲み物でもある白ワインは、「閉じてる・開いている」というよりは、「温度があっている・あっていない」のほうが言葉としてよく使われる。

 だが、開いてない、と言われた───

 お客に対して反論をすべきかどうか悩んでいると、連藤が思わず口を開く。

「いや、このワインは」

 だがそれをさえぎったのは美咲だ。

「連藤さんは黙ってて大丈夫です。目が見えないから、騙されてるんですよ!」

 彼女はいきなり立ち上がり、莉子を指差し言い放った。

「こんな不味いワイン、初めて飲みました! それでも料理人ですか? ホント有り得ない……美味しい飲み頃になったときに出すものでしょう? 温度だってすごく冷えてないし。常識ないんじゃないですか?」

「……はぁ」

 莉子は返事をするので精一杯だ。
 力一杯バカにされたのはわかっているが、料理をバカにされても、ワインはバカにされたくないっ!
 言い返そうにも、この勢いだと、おそらく説明しても、納得も理解もできないのは明白。
 言葉を選びきれない……

 莉子はしょっぱい顔をしながら、どう言えばいいのだろうと思案していると、美咲は連藤の腕をとった。

「連藤さん、こんなとこやめて、別なお店に行きましょ? 私、もっと素敵なお店、知ってますから。ワインもすごく美味しいんですよっ」

 うきうき顔でいう美咲に、戸惑う連藤。
 これがナチュラル誘拐か!? 
 莉子が焦っていると、美咲の後ろに壁ができている。



「美咲、お前、俺とここで待ち合わせしてるって……?」



 いつの間にか到着していた三井がいた。
 音もなく入ってきた彼はずっと一部始終聞いていたようだ。
 美咲の到着と同時に莉子が三井へ連絡を入れたのが功をそうした。

 しかしながら、三井のオーラは真っ黒だ。
 寒気がするほど。
 それは多分2m近い男の凄みによるのだろう。
 視線がずぶりと突き刺さってくる。
 美咲はしどろもどろに返事を返すが、

「美咲さ、ワインなんて全然知らないってこの前言ってたよな?」

 がちりと肩を掴むと、

「で、連藤とワイン飲みに行くの?」

 声が荒立つが、

「三井さんなんて、何人も彼女いるじゃない!」


 それもそうだけど、でもここでそれがでるんだ……


 莉子はふたりのやりとりに、目が離せない。
 どちらを応援すべきか迷ってしまうが、ここで泥試合はして欲しくないと思う。
 無表情に近い顔で、三井を見て、美咲を見て、莉子はそっと玄関にクローズを出しに行った。
 その間、連藤はいつもの集中力を発揮し、外野の音をかき消すと、ワインに舌鼓を打っていた。


「俺はひとの女には手を出さねぇよ。だいたい他に女がいること伝えて、付き合ってるだろ」


 潔い。爽快なぐらい潔い。
 彼のルールが、ポリシーが垣間見える一言だ。

 莉子は三井の漢らしさを感じながら、ワインをひと口流しこむ。
 美咲は、わなわなと震えていたかと思うと、急に声を荒げた。


「だって、こんな女、連藤さんにふさわしくない!」
「化粧っ気のない、ブサイク!」
「私の方が似合ってるっ!」
「店員がお客と付き合うってことじたい、気持ち悪いっ」


 つづけざまの発言に、連藤の顔が能面と化した。
 いや、般若といってもいい。
 莉子は連藤の手を取り、なだめると、一度深呼吸をしてから、美咲を見る。

「……美咲さん」

「なによ、ブサイク」

「ミサキさんは美人です。しぐさもかわいらしいです」

 莉子の言葉に面食らったのか、ふんと鼻を美咲はならす。

「……あたりまえでしょっ」

「ですが、なんでも欲しがるのはいけません。あなたが持っているもの、全て男の人に貢がせたものでしょ?」

 その言葉に、美咲の表情が険しくなる。

「みんなが貢いでくれるんだから、いいでしょ、そんなの。あんたに関係ないし!」

「あなたは着飾ってるつもりでしょうが、ちぐはぐなブランド物をぶら下げても魅力は半減するだけですよ? それに、三井さん含めて、彼氏3人はいるでしょ? そこに連藤さんもだなんて、ほんと欲しがりですね」

「……うるっさいっ! あんたに関係ないでしょ!?」

 肯定ともとれる発言に驚いているのは三井だ。

「……ちょっとまて、美咲。俺は他の男のもんに手を出す趣味はねぇし、相手に公認でもねぇならなおさら。浮気相手だなんて、やめてくれ。もう二度と俺に近づくな。出て行けっ!」

 三井のポリシーに外れた彼女の言葉は、どんなに優しくても魅力的でも響かない。
 騒ぎ続ける美咲を腕力でねじ伏せ、扉の外へと引きずっていく。
 静かになった店内で連藤はグラスをかざした。

「あ、ワイン、今入れますね」

 そそぎおえた莉子の手を、連藤が触れる。

「莉子さん、」

「どうしました……?」

 連藤は莉子の手から腕をつたい、肩を掴むと、ぐっと引き寄せる。
 さらにそのまま、そっと莉子の顔を優しくなでた。

「ちょ、連藤さん……?」

 連藤は莉子の頬を手で挟んだまま、小さく傾げた。

「莉子さんは鼻筋は通っているし、顔も小顔だ。どこがブサイクなんだろう……?」

 本気の顔で首をかしげるので、莉子は連藤の手に重ねて笑顔をつくった。

「そういってくれるのは連藤さんだけです。ありがとうございます」

「俺に手を重ねて笑いかけるだなんて、莉子さん、誘ってるのかな……?」

「誘うって……?」

 連藤の手が莉子の顎をつかみ、もう片方の手が彼女の頭を支える。
 ずずっと連藤の美麗な顔が、薄い唇が近づいたとき、再びドアベルが鳴った。

「……お、俺戻ってくるの、ちょっと早かったか」

「三井、もっと空気を読めよ……っ」

 連藤は三井を睨むが、莉子は顔を真っ赤にしながら連藤の手をよける。

「か、からかうのやめてください……」

「いや、本気だが……?」

「……なおさら、やめてくださいっ!」





 落ち着きをとりもどした店内だが、お通夜状態の人が一人。

「……こういうことだったのかぁ……」

 連藤はかける言葉が見つからないのか、淡々とワインを口に運んでいる。

「莉子、俺もワイン」

「はい、今準備しますね」

 三井は慣れた手つきでグラスをまわし、ワインの匂いを嗅ぐ。
 ミネラル感が強く、フレッシュなフレーバーも強く感じられる。

「いい香りだな。……なぁ、莉子、いつから気付いてた?」

「昨日です。たまたまカバンの口が開いてて、キーケースが見えて。本当に偶然ですけど、家の鍵が3つ見えて……。持ってるブランド物がちぐはぐだったので、あー、彼氏が他にもいるんだって確信に変わった感じです」

「さすがとしかいいよがねぇ……」

「でもあんなにハマってた三井さんも初めて見ました」

「いや、マジ、今までにいないタイプで、本当に良かったのよ、色々と相性が!!!!」

「それ以上はいいです」

 莉子はぴしゃりというと、アスパラのサラダがテーブルに乗せられた。

「このワイン、アスパラに合うので、ぜひ。今回は茹でアスパラにホタテと海老のソテーを添えて、グレープフルーツの果肉を入れたオリーブオイルメインのドレッシングにしてみました」

 莉子はふたりにだしたあと、自分の分のアスパラを頬張り、おいしいうなり声をあげた。
 まさしく酸味と苦味がうまくマッチしている。

 連藤も先ほどとは違う食感、味に驚いているようだ。
 ワインとの相性もまた違った雰囲気で楽しめる。
 海鮮の甘みはワインの奥行きが変わる。
 野菜の甘みと違い、ぐっと酸味がひきたってくる。

 一方の三井は、居酒屋のお通しのようにアスパラを食べ、水のようにワインを飲んでいる。

「三井さん、チーズと、パスタも出せるけど食べますか?」

「頼む」

 妙に決意を込めた声が聞こえる。
 自分の女セレクトの落ち度に、かなり参っているようだ。
 やけ酒する気だろう。
 このワインが終わったら、安いワインに切り替えようと莉子はさっそくとセラーへ足を運んだ。

 厨房へと莉子が消えたので、連藤が三井にむきなおる。

「なぁ、三井、」

「な、なんだ? 悪かったよ、巻き込んで」

「それはどうでもいい。莉子さんは、お前からみて、どうなんだ? ブサイクなのか?」

 いたく真面目な顔つきだ。

「連藤はどう思ってんだよ?」

「俺は可愛らしいと思ってる。見た目も。……見えてはいないが」

 三井が一つ息を吐き出した。
 ため息ではない。
 何か切り替える息遣いだ。

「俺は、お前と莉子は似てると思ってる」

「顔が?」

「いや、顔以上に、雰囲気だろうな。笑顔の作り方とか。美人とか可愛いとか関係なしに、似てるって感じかなぁ」

「似てるって、いいな。イメージしやすい」

 莉子がチーズの盛り合わせを先に持ってくる。
 今日はゆっくりとした夜になりそうだ。
 莉子はぬるくなった白ワインに氷をひとつ落とし、飲み込む。

「莉子さん、白ワイン、ロックにしたのか?」

「よく聞いてますね」

「もちろんだ。俺のもそうしてくれ」

「じゃ、俺のも」

「はいはい」


 他人の芝は青く見えるもの。
 莉子だってそういう気持ちがある。

 今の関係を大事に、大切にしようと、莉子は思うのだった。
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