café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

yolu

文字の大きさ
上 下
19 / 153
第1章 café R 〜ふたりの出会い、みんなの出会い〜

第19話:白い天井

しおりを挟む
 莉子は目を開けた────

 だが、ここがどこかを理解するまでに時間がかかる。

 なぜなら知らない天井に、薬品臭い空気、真っ白なベッド。
 どれも見慣れないものばかり。
 さらに体を動かそうとすると、全身がきしみ、寝返りすらできない。

「……なん…」

 右腕を見ると大きなギプスがはめられている。
 その事実が、あの夜の出来事が現実だったのだと思い知らされる。

「…れ…どうさ……」

 つぶやいたつもりだったが、声がうまくださなかった。
 ただ連藤の存在がまぶたの裏に浮かびあがる。


 崩れた髪、切れた口、怒りの目、流れる涙────


「……だいじょ……かな」

 声のかれ方が異常だ。
 これは相当寝ていたのだと理解する。
 そう思うと口の中がカラカラで、喉が乾いてくる。
 左手には何本もの点滴がぶら下がり、莉子の体調を管理しているのはわかるが、実際に口に入れないといくら水分が足りていても、足りないと感じてしまうのは仕方がない。

「……はぁ……」

 一度息をつき、莉子は首だけで部屋を見回してみた。
 痛む体に舌打ちするが、どう見ても個室だ。
 ありがたいやら、よくわからないやら……。

 ナースコールをしようと、左手側に置かれたボタンに指をかけたとき、ドアがノックされた。
 はい、と言いたかったが声はでない。
 誰が来るかと、じっとドアを見つめていると、こそこそしゃべる声が聞こえる。

「オーナー大丈夫かな……」
「まだ寝てるかも」

 その声に莉子は聞き覚えがあった。

 瑞樹と巧だ──

 莉子は入ってきたふたりに、ベッドから少し体を起こして、左手をあげて見せた。
 見る間にふたりの顔が明るくなるが、莉子が痛みに顔を歪めてベッドに体を戻すと、すかさず瑞樹が駆け寄ってくる。

「オーナー、無理しちゃダメだよ」

 瑞樹はボタンでベッドを動かし、上半身を起き上がらせてくれた。
 これで少しは少し楽になると、莉子はほっと一息つく。
 巧はとなりで花瓶に花をさし、満足そうにうなずいている。上手に花瓶にさせたようだ。

「……ありがと、瑞樹くん、巧くん」

 巧と瑞樹は莉子の言葉ににっこり微笑み、そして首を横に振った。

「結構寝てたよ、オーナー。オレ、マジ心配したんだから」
「怪我も深くて、僕もすごく心配で……」

 その会話の後ろから、のっそり現れたのは三井だ。
 手際よく差し出してきたのはペットボトルの水である。
 ペットボトルにはストローがさしこまれ、すぐに飲めるように準備済み。
 三井は恥ずかしがることもなく、莉子にストローの先をくわえろと腕を伸ばす。

 莉子は体の痛みもあり、その丁寧さを甘んじて受けることに決め、恥ずかしがりながらも、首を前につき出した。
 三井は莉子の動きに合わせ、ストローを口へと運んでくれる。


 その吸い上げた水の美味しさといったら…………!


 ただの水だが、これほど美味しく感じたことはない!
 莉子は何度も息を吸い、水を飲み込んでいく。

「……はぁ…生き返りました」

 ペットボトルの中身はすでに半分を下回っている。
 まだ飲めるかも、と思うものの、少し休もうと莉子はベッドに体を預けた。

「オーナー、熱も出してたからな。いくら点滴してても、喉乾くよな」

 三井は言いながら、ニカッと笑う。

「ま、今んとこ、元気そうだな」

 その声に莉子は首をかしげる。

「今、まだ鎮痛剤効いてるからな。あとから来るぞ」

 三井の笑顔に莉子は引きつりながらも、後からくる痛みを今から想像しないように目を細めた。

「にしても、オーナー、寝すぎ」

 その巧の言葉に莉子は尋ねた。

「どれくらい寝てました?」
「オーナー、今日で入院、2日目だよ?」

 瑞樹の笑顔が憎らしい。

 だがここで嘘をつくわけもなく、莉子はその現実を受け止めようと頑張ってみる。
 頑張ってみるが、いろいろなことがありすぎて、整理できない。
 実際、2日も店を開けている事実に、莉子は言葉を失った。

「……2日目ってことは、お店、…え、あ、2日目……え……」

 あまりの動揺具合に三井は笑うが、瑞樹と巧は「大丈夫」を必死に繰り返す。
 だが当人の莉子が大丈夫ではない。
 何をもって大丈夫なのか、まず何から質問すればいいのかすらまとまらない。

「でも、いや……え、あの、……あ」

「焦んなよ、オーナー。いろんなことは、連藤から聞いたらいいぞ」

 三井は莉子に言うと、巧と瑞樹の襟首をつかんだ。
 まだ喋りたそうなふたりを引っ張りながら部屋を出て行くと、入れ違いに連藤が来た。
 連藤の顔は痛々しく、それでも微笑む連藤に、莉子の喉が一気に詰まる。

「オーナー、大丈夫ですか……?」

 連藤は白杖で椅子を探ると、ゆっくりと腰を下ろした。
 微笑んだままの連藤に、莉子はどの言葉をかければいいのかわからない。

 沈黙が部屋に広がっていく────
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~

白い黒猫
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある希望が丘駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】。 国会議員の重光幸太郎先生の膝元であるこの土地にある商店街は、パワフルで個性的な人が多く明るく元気な街。就職浪人になりJazzBarを経営する伯父の元で就職活動をしながら働く事になった東明(とうめい)透(ゆき)は、商店街のある仕事を担当する事になり……。 ※ 鏡野ゆうさんの『政治家の嫁は秘書様』に出てくる商店街が物語を飛び出し、仲良し作家さんの活動スポットとなってしまいました。その為に同じ商店街に住む他の作家さんのキャラクターが数多く物語の中で登場して活躍しています。鏡野ゆうさん及び、登場する作家さんの許可を得て創作させて頂いております。  コラボ作品はコチラとなっています。 【政治家の嫁は秘書様】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339 【日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 【希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~】  https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ 【希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376  【Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 【希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 【希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~】  https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

処理中です...