café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~

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第1章 café R 〜ふたりの出会い、みんなの出会い〜

第8話:夜のcafé Rへ

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 食後のコーヒーすすりながら、三井は少し考えて口を開いた。

「連藤、お前ここでディナーか?」
「そうだが」
「俺の合コン、どうするのよ」
「予定が入ったのでキャンセルだな」

 そのやりとりに驚いたのは瑞樹だ。コーヒーがこぼれそうなほどテーブルが揺れる。

「え、連藤さん、合コンなんか行くのっ?!」
「三井の飲みに誘われていくと、5回に4回は合コンだ。お前らも気をつけろ」
「いや、オレたち誘われたことねぇな、な、瑞樹」
「ないね」
「たりまえだろ。お子ちゃまなんか連れて行けっかよ。それより、今日は来てくれよ、連藤」
「前々から断っていただろ。俺は合コンは嫌いだ。俺は目が見えない。それだけに気を遣うのは異常に疲れる」
「フォローするって言ってんじゃん」
「俺をダシにして女を引っ掛けるのがか?」
「うわぁ、三井さん、それサイテー」
「うるせぇぞ、瑞樹。いいんだよ。いい女を選ぶためには手段は選べない」
「それ、ダサくね、逆に」
「巧、これほど必死に女に生きてる男はいねぇよ。いや、マジ連藤、今日、お前目当ての子がいるんだよ。顔だけでも出してくれよ。俺の顔が潰れる」
「知らん。俺は自分のことは自分でできる。介護の人間はいらんと言ってるだろ」
「何言ってんだよ。お前の世話がしたい女子選び放題じゃねぇか。顔見えねぇんだから声で選べばいいだろ。あとは抱き心地とか」
「俺は三井じゃない」

 店員にとってそれぐらいのやりとりは日常茶飯事。
 なくなりかけた水を入れにきた莉子に、三井が思いついた顔をした。

「なぁ、オーナー、今日4人席って作れる?」



 三井のゴリ押しで決まったカフェでの合コンに、連藤は胃が痛む。
 せっかくオーナーのビーフシチューで赤ワインをのんびり嗜もうと考えていたのに、その場所で合コンとは。
 決まった手前、行かざるを得ず、逃げることもできず、どうにかやり過ごす方法を考えるしかない。

「……が、どうやり過ごすんだよ」

 つい声に出た連藤の横に三井がいる。

「声、出てんぞ」
「本当に憂鬱なんだ」
「大丈夫、大丈夫! ワイン飲んで、気晴らししよーぜ」

 半ば連行されるように三井の車に押し込まれ、駅まで今日の相手を迎えに行くことに。
 これも高級車に乗っているというアピールのためだけの、愚かで、安直な行為だ。
 だが、ブランド物に目がない女には大きな効果が期待できる。
 現に出迎えた途端、黄色い声が鳴り止まない。

 ちなみに、本日このカフェの駐車場で車を一泊させてもらい、明日、ランチを食べたあと回収予定だ。
 『飲んだら乗るな!』は基本です。

「三井くん、ほんと、すごぉい」

 彼女らが騒ぐたびに香水の匂いが鼻につく。
 連藤にとっては見た目がわからないため、言葉遣いや香りで人間を判断する傾向がある。

 今回もお眼鏡には叶わなかったようだ。
 助手席の連藤からはすでに無い表情が消え、むしろ険しくなっている。

 三井は気づいているが、気づかないふりを決めたようで、彼女たちとの会話の盛り上げに必死である。

「連藤さんわぁ、お仕事は?」

 瞑想というより音を遮断していたに近い。
 連藤は名前を呼ばれ覚醒するも、どんな話をしていたのかわからない。

「仕事内容だろうか? 君らに言っても理解できないだろうから、おおよそ事務とだけ」

 車内が無言になったのは言うまでもない。



 ありがたいことにカフェへの到着はすぐだった。
 話を切り替えるように車を降り、三井が彼女たちをリードする。

「めっちゃふるーい」

 蔦の這うカフェなどなかなかあるものではない。
 モダンでオシャレなカフェに行き慣れている彼女たちなら、古すぎるのかもしれない。
 ドア付近での話し声は店内にも丸聞こえだ。
 莉子は古いですよー。と口の中で返事をし、ドアベルが鳴る前に扉を開けた。

「いらっしゃいませ。お待ちしてました」
「オーナー、今日はよろしく」

 三井の脇を通って女の子達が入ってくる。

「おじゃましまーす」
「どーもー」

 丈の長いスカートに、高いヒール。
 どれも莉子には縁のない服だ。
 小さく会釈をして奥のテーブルに手をかざすと女の子たちについて、三井も歩いていく。

「オーナー、こんばんは」

 お昼と同じだ。
 綺麗な笑顔の連藤がドア前にいる。
 そして───

「オーナー、申し訳ないが席まで案内頼めるかな」
「え、あ、はいっ……えっと、手を借りますね」

 莉子はそっと連藤の手を掴み、自分の左肩に乗せると、その手をぽんぽんと叩く。

「歩きますよ」

 ゆっくりと歩き出した莉子の足取りは、昼間よりもずっと力強い。
 少しなれたのかもしれない。
 それでも優しく、周りに気をつけながら歩いているのがわかる慎重な歩みだ。

「オーナー、昼間よりも上手になりましたね」
「あ、本当ですか? それならよかった」

 椅子の背もたれに連藤の手を乗せると、するりと椅子にこしかける。
 それを確認して、三井が小さく手を挙げた。

「じゃ、オーナー、頼んでた感じでお願いしてもいいかな?」

 それに返事をすると、まずはお手軽なスパークリングワインだ。
 乾杯を促したあと、すぐにカプレーゼの盛り合わせ。さらにチーズとクラッカーをワンプレートでだす。

 そう、個別で出すのではなく、大皿で取り分けるような料理を希望されたのだ。

『女子はみんな男の前で取り分けたいもんだからさ』

 そう言っていた三井の思惑通り、胸元が強調されたニットを着込んだ女の子がそっせんして取り分けをしている。
 追加の皿をだしながら、ワインクーラーに差し込んだ白ワインをテーブルへと運んだ。

「こちらの白ワインはドイツになります。甘めの白ワインなので女性でも口当たりが優しいかと。
 あと赤ワインの準備もできてますので、必要になったら声をかけください。
 次の料理はシーフードとマッシュルームのアヒージョ、あとペペロンチーノもひと皿ご準備しております」

 そう言って席を離れようとした莉子に、三井の向かいに座った女の子から声がかかる。

「あのぉ、カクテルとかってないんですかぁ?」
「カクテル……そうですね、ワインベースならできますが……」
「カルアとかないんですかぁ?」
「申し訳ありません。そちらはご準備しておりません」
「じゃ、いいです」

 不機嫌になった女の子を見下ろし、なんとなく三井の顔を見つめてみるが、三井は任せろと言わんばかりの顔つきで優しく声をかける。

「ミモザ、もらったらどう?」
「えぇ、ミモザってなぁに?」
「スパークリングワインをオレンジジュースで割ったのなんだけど、今日君の着てるジャケットみたいな夏色のカクテルだよ」
「じゃ、それにする」
「あたしも、同じのください」

 莉子は笑顔で受けつつも、心の中で『めんどくさいのきたー!!!』と叫ばずにはいられなかった。

 間違いなく、これは厄介な女どもだ。
 男の前でワガママを言ってどれだけ融通できるかを見て、男の価値を決めるのである。

 このカフェにだって、そんな女子()は山ほど来ている。
 そんな女子()トークも山ほど見てきた。
 特段珍しいものではないが、接客となると面倒だというのが本音のところ。

 ドリンクを運びおえて、アヒージョを準備するが、連藤以外は楽しそうな飲み会に側からは見える。
 他のお客の相手もしつつ、アヒージョが出来上がったので、トーストしたバケットと一緒に運んでいくと、ちょうど、女の子のアピールタイムとなっていた。

「えー、あたしたち、料理できますってぇ」

 ──そんな豪華な爪でですか?

「ちゃんとした料理つくりますよぉ。それこそ、ビーフシチューとかぁ」

 ──それ、レトルトじゃないんですか?

「食材にもこだわるしぃ」

 ──高い材料だからって、料理が美味しくなるわけじゃないですよー?

「それに、女子だって捨ててませんよ?」

 ──ちらりと目が合けど、こんな寂れたカフェの店員と比べても、意味はないね

 遠回しにディスられてるのを感じるが、それにどうこう言える立場でもないので、莉子は追加のカクテルと赤ワインを運び、使い終えた皿に手を伸ばす。狭いテーブルを少しでも広くするためだ。
 最後に連藤の前の皿に手をかけたとき、それは起こった。

 連藤が唐突に手を掴んだのだ!

「……いぃっ!」

 なぜ見えていないはずなのに、的確に手を掴めるのか、疑問のところがあるが、そこを今考えるべきではない。
 ちょっと手を引いてみるが、動かない。
 離すつもりがないようだ。

「ちょ……連藤、さん?」
「オーナー、辛口の白はあるのかな?」
「あ、え、ええ、ございます。シャブリとか、リースリングもございます、よ……?」
「わかった。カウンターへ移動したい。案内を頼むよ」
「え?」

 がたりと立ち上がった連藤に、莉子は戸惑い、三井は呆れ顔だ。
 ひとりの女の子は莉子を睨む始末。
 まさしく彼女が連藤本命で狙っていた女の子なのだろう。
 彼女も素早く立ち上がると、

「連藤さんカウンターに行くなら、あたしも行きます」

 足首スカートのシワを伸ばしながら、彼女は椅子を鳴らして立ち上がる。
 小柄な女の子だ。目鼻立ちもしっかりとした愛らしい顔立ち。
 連藤の隣で歩いても、間違いなく釣り合う、可愛らしい女の子である。

 莉子は真逆の世界の女子を見ながら、まるで異次元の会話を聞いている気分だ。


 自分には歩めなかった過去が、今、目の前にある───



「君、手を貸して」

 この言葉に、全員が驚いたのはいうまでもない。
 三井も、なんだよ言わんばかりの安心した顔だ。
 女の子も、となりに一緒にいれるのだと、嬉しさと安堵で笑顔がにじむ。

 女の子は恥ずかしがりながらも、連藤の言葉通り、優しく彼の手を握った。
 だが連藤はそこから歩くわけでもなく、ただ片手で彼女の小さな手の感触を確かめている。
 それは女の子を知ろうとするような優しい気持ちのものではなく、何かの鑑定をしているような、品定めの雰囲気だ。

 何秒だろう。
 そう長くは掴んでいなかった。
 パッと手を離した連藤は、女の子に鼻で笑う。

「君、毎日料理してるんだよね? お弁当も手作りだとか。その手で作れるのはカップ麺ぐらいじゃないのか?」

 連藤の言葉に、女の子は半泣きだ。

「ヒドい! そんな言い方ないと思いますっ!」

 だが連藤の顔色は全く変わらない。

「俺のことをどう思っても構わないが、俺は、オーナーの冷たいカサついた手の方が好きだ。
 そんな爪がやたらと長くて、クリームたっぷりの手で料理をしてるんだと思うと、気分が悪い」

 言い切ると、ふらふらとさまよう彼の手がある。
 莉子がそれに気づき、そっと掴んでみる。
 連藤は腕をたどり肩を掴むと、行ってくれと言わんばかりに前に莉子を押しだした。
 莉子は確認するように振り返るが、優しく微笑んでいるだけだ。

 莉子は「ま、こんなお客もいるよね」と、ひとり納得をして歩幅を広げたとき、ふと耳元に存在を感じる。

「オーナー、ありがとう」

 優しい声が頬にかかった。


 ──この人は敵を作りながら生きているのだろうか……?


 ぴったりと身を寄せる連藤の存在をかき消すように、莉子は必死に連藤の行動の意味を考えてみる。

 が、そんなことは本人にしか分かり得ないことで、どうしても彼の存在が、イケメンの存在が強すぎて、莉子は頬以上に耳も赤く染めながら、なんとか連藤をカウンター席に座らせたのだった。
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